老巧化したインフラの維持とコスト削減  アイデア広場 その1636

 資本主義の成功例として、イギリスのサッチャー改革が有名です。サッチャー元英首相は、1982年頃から新自由主義に基づく経済政策を推し進めました。この政権では、世界に先駆けて民営化や自由化を推し進めました。この民営化を推進した後、イギリス企業は、オランダ企業などとの合併が進みました。さらに、インド企業や中国企業によるイギリス企業の買収が相次いだのです。水道事業にも、外国資本が流入しました。最大手「テムズ・ウオーター」は、2006年にオーラリアの投資銀行などの傘下に入っています。これらの民営化は、初期においてイギリスの経済を繁栄させました。でも、徐々に弊害も出始めたのです。民営化に投資した外国企業は、株主への配当優先し、インフラ投資に資金を十分に回さなくなったのです。結果として、英国では水道などのインフラ部門は投資不足でサービスが劣化しています。投資不足の下水道システムが機能不全になり、汚水を処理しきれず、雨水とともにたれ流す状況も生まれています。上水道でも、老巧化のために漏水などの問題が起きています。水道管の老朽化対策では、家庭の水道代の大幅な値上げで、民間企業は対応するようになりました。英国では、水道管の老朽化対策や下水施設に今後5年で約20兆円の投資が必要とされています。水道や鉄鋼などの重要産業の外資買収を許した歴代政権に対して、疑問の声や非難が起きているのです。今回は、日本でも問題になっている水道などの老巧化対策を含めて、インフラの健全な維持について考えてみました。

 民営化による水道の値上げについては、ドーバー海峡をはさんだフランスでも問題になっていました。パリの水道料金は1985年の民営化以降、2009年までに265%も値上がりしたのです。1985年から2009年までの間のパリの物価上昇率は、70.5%でした。物価上昇を大幅に超える値上げを、民間水道事業体は行ったわけです。そこで、2010年からパリ市の水道事業体「パリの水」が、再公営化を行いました。「パリの水」は、翌2011年の水道料金を8%下げることに成功しています。さらに、初年度から約42億円もの経費を節約したのです。この流れを受けて、EUの域内における2019年の調査では、再公営化および公営化の流れは激増しているのです。パリ市の水道事業の再公営化から、その革新的な運営手法が世界の水道関係者を魅了しています。水源を保護してきれいな水を、確保することが大切です。汚濁がひどければ、浄水コストが増えて水道料金の値上げにもつながります。「パリの水」は、有機農業への転換面積増加の目標や硝酸塩系農薬の不使用推進を進めています。その有機農業への支援も行っているのです。水道事業を、単なる水の供給という視点だけでなく、環境を守りながらきれいな水を提供する仕組みを作っているわけです。今回のパリオリンピックでは、セーヌ川での選手入場になりました。セーヌ川の水がきれいになったことのアピールもあったようです。

 実は、日本には民間活用の仕組みがあります。PFI法が1999年に成立し、8年間で300件近いPFI事業が進められています。PFIは、Private Finance Initiativeの略です。PFIは、公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う新しい手法です。一つの事例に、日本のPFIの民間企業が担当した刑務所の運営があります。ある東大の卒業生が、たまたまPFIの運営する刑務所に入った時のお話です。民間企業が食事を作る場合、食材費も人件費もできるだけ抑える傾向があると言います。もちろん、PFIは法務省のガイドラインに従って、栄養価はきちっと確保しなければならなりません。そこの食事は、安い豚肉か鶏肉かの入れ替わりが多くて、やたらと大豆ばかり出たそうです。困ったことは、味噌の量を7分の4に減らされたことです。味噌を減らされてからは、まるで白湯を飲んでいるみたいに味気なかったと言います。毎日の朝食に千数百人が必ず味噌汁を飲むので、味噌を節約すればコストダウンになります。PFIの民間企業は、利益を最大化しようとする傾向が欧米にも日本にも見られるようです。もちろん、自治体の仕事をリーズナブルな料金で引き受けて、役所と企業、そして住民の方とウインウインの事業を行っている団体も多いということです。

 英国やフランスのPFIの運営を見ていくと、いくつかの問題点が出てきます。市民の利益よりも、会社や株主の配当に重点を置いているのです。会社の役員報酬や株主配当、そして会社の利益を確保した上で、事業を行っています。事業に赤字が出れば、料金を値上げするという手法を取っています。最初の契約で、この利益確保ができるような仕組みを作っています。ここにも、契約を有利に行う法律家に多くのお金を支払う仕掛けがあります。民営事業では必要のない役員報酬や株主配当があるために、長い期間を経ると、インフラ投資が減り、維持や修理に使うお金が増えます。民営化は、値上げを行う体質になっていくようです。もちろん、英国政府も対策を行う公的機関GBRを新設しました。新設した公的機関グレート・ブリティッシュ・レールウェーGBR)が、事業を一元管理することになりました。たとえば、英国政府は一部の鉄道路線は再び国有化しました。ロンドンから南西部に延びる路線を、5月に国有に戻したのです。国有に戻すと、それまで頻発していた遅延や運休を激減させています。また、英国では、鉄鋼をはじめとする製造業は地盤沈下が続いています。特に、鉄は国家とも言われています。英国東部スカンソープの鉄鋼大手ブリティッシュ・スチールの高炉は、国の重要インフラです。この企業は、中国資本が入っていました。中国企業は、高炉を閉鎖しようとしていました。政府は4月、緊急立法で政府の管理下に置き、親会社の中国企業による閉鎖を阻止したのです。鉄鋼大手ブリティッシュ・スチールの高炉の存続のために、1億ポンドの国費を投じることになりました。英国の民営化政策は、転機を迎えているようです。民営化や自由化は当初、コスト削減などのプラス面が目立っていました。でも、短期的な利益を追求し、老朽設備を使い続けてサービスは悪化していきました。2024年6月の世論調査によると、国有化を支持する割合は水道が82%、鉄道が76%、エネルギーが71%でした。英国民は、インフラの再国有化を望むようになっています。民営化や自由化を推し進めた新自由主義の本家が、官の関与を強める経済政策にかじを切りつつあります。民間が官より効率的だというのは、フェイクニュースだったという反省も出てきているようです。

 余談ですが、ヨーロッパの水メジャーには、厳しい時代になりつつあります。厳しさから逃れ、新天地を開拓しなければ会社は衰退します。彼らが向かう新天地は、アジアになります。経済成長著しい地域は、上下水道は不可欠です。水メジャーの歴史を見ると、EUの国々や他の国家上層部と結託していく傾向がありました。独裁国家や強い政権と癒着して、権利を獲得していく姿が浮き彫りになります。他人事ではなく、日本にもその触手が伸びてきています。官民連携や民営化を推進する司令塔が、内閣府にある「PPP/PFI推進室」です。ここの部署に、水メジャーの民間企業から出向したスタッフが働いていました。水メジャーの大手ヴェオリア社日本法人の社員が、政策調査員としてこの推進室に2017年から在籍していました。彼らは、世界の水事情に精通しています。その知見は、大いに見習うことが必要です。水道や、道路やエネルギー供給施設、通信網などは縮小しない限り、維持管理負担が増えることが道理です。この道理の中で、最適化する手法を日本の各自治体に教えていただきたいものです。

 最後は、日本の水道事業になります。現在の方式を続ける限り、水道事業だけでは、経営を黒字にすることが難しいようです。水道単体の事業では黒字にならないとすれば、複数の事業を組み合わせて赤字を抑制していく手法が浮かび上がってきます。KDDIは各家庭の水道メーターに専用の発信器を併設し、検針の無人化の事業を進めています。検針の無人化が実現すれば、検針作業のコスト削減に繋がります。それ以上に、期待されることが個人情報を得ることができる点です。水道使用量の検針の無人化は、自動的に収集したデータを専用のサーバーに送る仕組みになっています。この無人検針が実現すれば、リフルタイムで水の使用量の把握できるようになります。送られたデータは、1人分の量は少なくとも、何百万人分が集まるとビッグデータになるわけです。膨大なデータを分析することで、今何が起きているのか、今後何が起こるかを予想することが可能になります。集積したデータを分析することで、「トイレ回数が増加しているので、糖尿病が疑わしい」とか、「1日に何度も入浴しているので認知症が疑わしい」などの情報が得られます。水道の利用から得られるビッグデータを活用して、健康維持の情報サービスを提供するわけです。このデータを上手に活用できれば、市町村の医療費や介護費を減少させることができます。減少した何割かを水道局に払い戻す仕組みができれば、水道の赤字が縮小することになります。水道インフラなどの維持については、アイデアの作り甲斐のある課題だと、私個人は勝手に気分が高揚しています。

備考

気分が高揚した時点で、次の原稿を書くヒントが3つほど生まれてきました。

1,ダムの嵩上げにより、水量を増やし、発電量を増やし、コストの補填

2,スマートシティにして、水道網の縮小によるコスト削減

3,水道使用量のビッグデータから健康の維持増進のデータ作成、結果として医療費減少

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