日本には、「国土の均衡ある発展」という戦後以来の理念がありました。その理念を実現するために、多くのインフラが国内につくられました。たとえば交通網に関しては、狭い国土にもかかわらず、空路も陸路も縦横に張り巡らせてきたのです。現在ジェット機が離着陸できる2000mを超える滑走路を持つ空港は、全国で66カ所になります。一つの県が、一つ以上の空港を持つ計算になります。ジェット機が離着陸できる2000mを超える滑走路は、バブル崩壊前の1988年の2倍に増えています。バブル以降は、日本の経済は低迷しています。それにも関わらず、空港の拡張が続いてきた経過があります。私の住んでいる福島県は、1993年に福島空港を開設し、県がその管理をしています。ピークの1999年度は9路線が就航し、75万7千人の人々が使用しました。でも今現在、使用している路線は札幌と大阪の2路線だけで、その利用者は、22万9千人まで落ち込んでいます。この福島空港は、1998年に滑走路を大型ジェト機に対応できる2500mに延ばしました。これからの利用者の増加を想定していたのです。一方、福島県は1997年時点で、福島県の人口が2000年代後半には減少に転じるとの推計を公表していました。人口が減るにもかかわらず、利用者が増えると想定していたわけです。今現在、大型ジェト機に対応できる2500mに延ばし滑走路を利用している飛行機は、70席規模の小型機ばかりになっています。余談ですが、先日、山形県の山形駅からでタクシーに乗ったとき、道路が非常に良くなっていることに気がつきました。道路工事は、まだ続いているようでした。運転手さんは、「この道路の工事は明治時代に計画されたもので、現在も継続して行われているんですよ」と話していました。日本の行政は、一度決めたことは几帳面に行う愚直さがあります。でも、昔決めたことよりも、現在早急に行うこともあるのではないかなどと、思いながら帰路についたことを思い出しました。
このような無駄を伴うインフラ計画は、鉄道にも見られます。鉄道も拡大が続き、北海道新幹線は新函館北斗と札幌間の延伸を計画しています。費用は資材の高騰などで、4割増の2.3兆円に膨らみ、もはや支出する費用が事業効果を上回るとまで言われるようになりました。東北新幹線が利益を出している区間は、東京と仙台までで、それを超えると、岩手や秋田、青森は赤字ということになります。もちろん、北海道新幹線もそのリスクを背負っているわけです。でも、2030年度末の開業は工事の遅れで断念しつつ、整備計画自体は諦めていないのです。誰にとっても、交通網が整っていることは良いことです。問題は、持続可能性になります。一度つくったインフラには、保守点検や更新の負担がのしかかってきます。この負担は、高速道路にものしかかってきています。高速道路は、1キロあたりの利用台数は1990年代に頭打ちになっていました。高速道路を延伸しても、利益が出ない構図になっていたのです。にもかかわらず、2022年度の総延長は1万400キロと1987年度の2倍になりました。高速道路は、人口がピークを越えた2009年以降でも1割あまり延びているのです。
「国土の均衡ある発展」という理念を実現するために、日本の高度成長を支えた首都高速道路、名神高速道路、東海道新幹線が建設されました。これらのインフラが、いずれも建設後50年を過ぎるようになりました。50年を超えたころから、施設の劣化が著しく進行する事例も増えています。日本全体では2033年に、道路橋では63%、河川管理施設では62%が、建設後50年を超えます。経済の発展や生活の質向上に大きく貢献する社会インフラは、老朽化が顕在化することで社会問題を引き起こすことになります。道路の橋梁に限っても、老巧化したインフラは70万ヵ所を超え、その点検を行わなければならないのです。行政はこれらのインフラを維持したり、更新したりする費用を予算化しなければなりません。行政もこれらのインフラを維持したり更新したりする費用は、道路分野だけでも毎年2.5兆円程度が必要となると試算しています。日本の道路や道路橋、そしてトンネルなどの保守管理は、今後半永久的に続くわけです。これを新設という手法で乗り切るとは、現在の日本の国力ではできません。多くが補修という形で、延命を図ることになります。延命の良いアイデアが、求められるわけです。今回は、高度成長時代以前からに計画された「国土の均衡ある発展」という理念を少し見直して、現在存在するインフラの効率的延命の仕組みを考えてみました。
高度経済成長期に多数のインフラが整備され、その施設の劣化が急速に進んでいます。新しく道路や橋を作る予算がなくなっている現実もあります。現状では、既存のインフラをいかに使い続けるかという現実論が主流になります。たとえば、道路橋やトンネルの劣化を調べる場合、病気の人を診るように一つ一つ劣化状況もその原因も、そして維持修理法も異なります。建設時には、多くの場合一律な技術や工法で行われます。でも、維持修理となると、細かい配慮が必要になります。例えば、同じ道路橋でも、海岸沿いの橋と高原の橋では違います。海の近くは塩害により、劣化が早くなります。そのために、維持修理は、高原と違う処方になるわけです。現在の劣化の状態を判断するには、時間軸での土木技術や社会状況の変遷に関する知識が必要になります。現在の状態を判断するには、その施設がどの土木技術で建てられたのか、その後の維持管理はどのように行われたかなどの情報が必要になります。これらが、系統的にわかれば、少ない労力で維持管理が可能になります。土木関係の仕事は、これからも続きます。その仕事は、常に工夫を求められるわけです。工夫のできる人材の補充が、課題になっているのです。
既存のインフラをいかに使い続けるかというヒントは、国内の石油化学プラント(石化プラント)にあります。国内には石油化学プラント(石化プラント)が、主要なものだけでも100カ所以上あります。これらの多くは、高度経済成長期に多数のインフラが整備され、その施設の劣化が急速に進んでいるのです。古いプラントは、補修や不具合で生産性が低下しやすくなります。でも、新しい施設を作るより、既存のインフラをいかに使い続けるかという現実論が主流になっています。この老朽化が進むプラントの保守管理に、IoTなどの先端技術を活用する動きが広がっているのです。プラントに設置したセンサーから、温度や振動のデータを収集し、点検記録をデジタル化する技術はすでに確立されています。ある会社は、石化プラントのバルブの詰まりなどを予測するサービスを始めています。特殊な集音器で集めた音と化学品の流量との相関を分析するソフトを開発したのです。センサーで集めた情報を、AIを使って分析し、腐食などの状況を調べるわけです。プラントの連続運転の時間を延ばし、生産性の向上につなげることが、工場長の手腕になります。連続運転時間をいかに長くできるかが、収益に直結します。この手法で、利益を上げているわけです。
老巧化が進む橋梁やトンネルをいかに使いこなすか、いつの時点で補修するかなどの課題が生じています。一度決めたことを几帳面に行う愚直さも必要ですが、「お金がない」、「人がいない」中で、インフラを維持する工夫も求められています。そんな中で、救世主になるツールがあります。5Gが、脚光をあびています。でも、便利で高速の5Gは毎日充電をする必要があります。一方、Low Power Wide Area(LPWA)と呼ばれる通信技術も、密かに注目されています。このLPWAは低い電力で、広いエリアカバーできる機能が評価されています。この特徴は低速ですが、一般的な電池で数年から数十年も持つ、省電力性が持ち味です。たとえば、今、「福島の阿武隈川のある橋梁が痛んでいるよ」とLPWAから連絡があります。連絡があれば、「それじゃ、ドローンのカメラで確認してみよう」となります。日本には、70万の橋梁を点検や補修の箇所があります。この優先順位が分かれば、点検人員の配置がやりやすくなります。橋梁に劣化を測定するセンサーを埋めておきます。LPWAで、1週間とか1ケ月に1度40km離れた建設事務所にデータを送れば、この優先順序が分かる仕組みが作れるわけです。
最後になりますが、高速道路は、人口減少局面に入った今現在も拡大を続けています。一度決めたことを、几帳面に愚直さを持って拡張を行っています。「お金がない」、「人がいない」中で拡張を行う代償も、国民にのしかかっています。2050年以降に、高速道路を無料開放することになっていました。残念なことですが、高速道路の維持管理費の膨張で事実上、高速道路の無料化は棚上げになっています。国内空港の問題も、顕在化してきています。狭い日本に、66もの空港が必要なのかという疑問です。どの空港を維持すべきか、論ずる時期にきています。そのためにも、詳細な収支や経済効果などの情報公開が重要になります。でも、ほとんどの地方管理空港は企業会計に準ずる経営データを明らかになっていない問題も明らかになりつつあります。不採算空港に、思い切って見切りをつけた自治体もあります。鹿児島県枕崎市は、1991年開業の枕崎空港を2013年に廃止しました。この枕崎空港は、いま滑走路跡はメガソーラー(大規模太陽光発電施設)になっています。道路も鉄道も、そして空港も、成長の停滞した「失われた30年」の間に積み重なった無駄のツケになっているようです。このツケを上手に解決する人材の養成も喫緊の課題になっています。不具合の早期発見などで、老朽プラントの生産性をいかに持続していくかは、日本企業が抱える課題になっています。同じように老巧化した橋梁やトンネルの災害事故にも注意を払わなければなりません。でも、日本には修理や補修の高度なスキルを持つ人材が不足しています。デジタル技術を持った専門的な人材を、定期的に養成する仕組みを作っていく時期になっています。時代にあったデジタルに明るい技術者や技能者を、養成していきたいものです。