先日、国立成育医療研究センターチームは、2015~22年度に中学を卒業した子ども約40万人分の健診データの分析結果を公表しました。その中には、「肥満」「やせ」「視力低下」などの項目を、2019年と流行後の20~22年を比較したものがありました。その比較の結果からは、心配するケースと安心するケースが出てきています。心配するケースには、肥満の増加と視力の低下になります。肥満の割合が、男女ともに増えているのです。2020年からの3年間(コロナ禍)による環境の変化が、子どもの肥満の割合増やす要因になったとしています。2020~22年に男子で0.31~0.88ポイント、女子で0.20~0.36ポイント増加しています。2020年からの3年間は、休校や外出自粛で運動の機会が減ったが要因です。視力低下は2020、2021年に男子で最大2.17ポイント、女子で1.43ポイント増加しています。
男子の場合、2022年も1.80ポイント増えていることが目につきます。視力低下は、自宅でスマートフォンやパソコンで遊ぶ時間が増えたことが要因のようです。良いケースは、未治療の虫歯の割合が改善されたことです。未治療の虫歯の割合は、2022年に男子で1.13ポイント、女子で1.83ポイント減少しています。今回は、肥満の増加に焦点を当てて、今後の対策を考えてみました。
近年、肥満は万病の元と言われるようになりました。肥満が、風邪を上回る悪役になっているようです。肥満が進むと、糖尿病になります。糖尿病患者が世界では、4億2500万人になったと言われています。日本でも、1000万人の糖尿病患者がいると推定されます。厄介なことに、糖尿病になるとがんの発症確率が高いという説もあります。糖尿病とがんの両方にとって、肥満の放置は危険だと言えます。最近の学説では、糖尿病などを悪化させる慢性炎症が注目を集めています。欧米では、この慢性炎症が、サイレントキラーとよばれています。脂肪組織が大きくなるときには、脂肪組織で軽い炎症が起こっています。肥満の度が進むとともに、炎症も次第に進んでいきます。肥満の炎症の結果、作られた炎症性サイトカインが、他の細胞に働いていくことになるのです。サイトカインは、生理活性蛋白質とも呼ばれ、細胞間相互作用に関与し周囲の細胞に影響を与える物質です。肥満の脂肪組織に炎症性サイトカインが放出されると、細胞へのインスリンの効き方を低下します。インスリンの効き方が悪くなるということは、血糖値が高くなるということになります。肥満の炎症はインスリン抵抗性を誘導し、血糖値が上がり、糖尿病のきっかけを作るわけです。
肥満を防ぐ対策には、まず運動が挙げられるようです。コロナ禍の時期は、外出などが制限され、運動不足になる人々が増えました。その延長線上に、子ども達の体力の低下という現象が現れました。この望ましくない現象は、スポーツ庁の報告からも明らかになっています。スポーツ庁は、2008年度から全国の小学5年生と中学2年生を対象に、「全国体力・運動能力、運動習慣等調査(全国体力テスト)」を実施しています。残念なことですが、全国体力テストの総合点は、新型コロナウイルス禍前の水準には戻っていません。この総合点は、50メートル走やボール投、反復横とびなど8種目で男女別に合計点(80点満点)として算出しています。小中学生の全国体力テストの平均点は、2022年度に過去最低になりました。全国の市町村と教育委員会は、子どもの体力向上に知恵を絞っています。その中では、大分県の試みが参考になるようです。大分県は2008年に、都道府県ランキングの40位に安住していたのですが、今回は2位に躍進したのです。今回は小中学校、男女の計4種類を合算して320点満点で評価しました。その結果、2位の大分県は、テストが始まった2008年度に比べて15.36も上昇したのです。
スポーツ庁が発表した体力・運動能力調査では、中高年の運動不足に注意を促しています。子どもも大人も、運動不足が指摘されるようになったわけです。運動を継続的に行っている方は、このコロナ過でも健康を維持していることが明らかになってきました。運動の継続が、ある面で日本の課題になっているようです。スポーツ医学の専門家によると、筋肉量は40代から年1%ずつ減少するそうです。70代になると、20代と比べて筋肉量が半分程度まで減ることになります。この半分程度まで減ることを抑止する対策として、筋力トレーニングと有酸素運動があります。筋肉トレーニングによる骨格筋の増加そのものが、生活習慣病の予防や改善に効果があります。筋肉が増えれば、エネルギー代謝が増え、脂肪の燃焼効率を高めます。肥満を防ぎ、生活習慣病を予防することになります。ウオーキングは、軽い有酸素運動になります。このウオーキングは、末梢で循環する血液の量が増加し、疾患予防の効果があります。確かに、血液には、各器官に酸素や各種栄養素を運び供給する働きがあります。1日8千歩程度の運動ウオーキングでする中で、その運動の中に中強度の運動5分程度入れるとより効果があがります。中程度の運動とは、歩きながら仲間と話がちょっときついかなという程度の運動になります。そして、65歳以上はどんな動きでも良いので、身体連動を毎日40分程度すれば良いという意見に落ち着くようです。
このように、健康に良い処方箋を提示されても、なかなかできないものです。人間は、我儘な動物です。良いことを良いこととして聞いても実行してくれないこともあります。良いことを押しつけられると、かえって健康を害するという事例もあるのです。フィンランドの上級公務員に、健康に良い節制を求めた事例がありました。40~45歳の公務員に定期検診の推奨、栄養学的チェック、タバコや酒の抑制を求めるものでした。もちろん、拒否できる自由はあります。そこで守ったグループと無頓着なグループの調査の結果は、驚くべきものでした。健康管理に無頓着な集団が、循環器系や高血圧の疾病、死亡、自殺のいずれも少なかったのです。良いからと言って、やらされる仕組みは効果の面で疑問があるようです。もっとも、食事にしても仕事にしても、自分の自由意志や判断が重視されるような状況があるならば、良い方向に向かうようです。もっと良い生活を希望するのであれば、食事は一定の栄養を満たし、なおかつ楽しい食事が理想になります。もちろん、運動も一定の量を確保しながら、楽しいものにしたいものです。そして、睡眠は、疲れを取ることはもちろん、成長ホルモンを多量に分泌するような睡眠にしたいものです。さらに、運動や食事の部分最適ではなく、生活の満足という全体最適を実現できれば、望外の幸せという領域に入ります。良いことを聞きながら、実行できなかった方は、この全体最適に乗り遅れた方ということかもしれません。
運動を継続しているかは、運動の良さを「わかる」「できる」「楽しい」という形で享受しているようです。運動(遊び)の中には、社会生活に必要な能力を向上せる要素が含んでいます。たとえば、子ども達のキャッチボールを見てみましょう。この運動をスムーズに行うためには、いくつかの要素が絡んできます。お互いに、相手の捕りやすい位置にバウンドさせる角度などを工夫し、コントロールを強化します。スムーズなキャッチボールをしようとするだけで、他者への配慮が自然と強化されます。遊びには、人とうまく関わる力、協調性、コミュニケーション能力、誠実さと思いやり、社交性を向上させる潜在力があります。本気で遊びに夢中になる子どもは、全力で取り組む姿勢や全力で行うことを経験します。また、失敗しても、もっとできるようになりたいと思う欲求を持つこともあります。困難を乗り越えてから得られる達成感を経験し、有能感と自尊心の体験などを獲得できる場が、遊びには多く用意されています。遊戯の競争面だけを強調する考え方は、貧しいものがあります。遊戯を楽しく行うためには、複数の要素が入っていたほうが良いケースもあります。真似をする、眩暈を覚える、偶然によって勝つなどの多面的な要素を体験する中で、遊戯は楽しくなります。大人や高齢者も、運動を継続する中で、これらの要素を享受して、生活を豊かにしているようです。
最後になりますが、最近の知見では、肥満の方の腸内フローラでは、短鎖脂肪酸の生産力が落ちていることがわかってきました。この短鎖脂肪酸とは、腸内細菌が作る、酪酸、プロピオン酸、酢酸などの有機酸のことです。短鎖脂肪酸は、他の栄養分とともに腸から吸収され、血液中に入って全身へ運ばれます。短鎖脂肪酸には、腸の細胞を刺激してインクレチンのホルモンを分泌させる力があります。インクレチンにはいすい臓に働きかけてインスリンの分泌を促す効果があります。ある意味で、血糖を調節し、糖尿病にならないということになります。脂肪細胞には、短鎖脂肪酸を感知するセンサー(受容体)がついています。脂肪細胞センサーが短鎖脂肪酸を感知すると、細胞は栄養分の取り込みをやめます。また、交感神経にも短鎖脂肪酸に反応するセンサーあります。交感神経が、短鎖脂肪酸を感知すると全身の代謝が活性化するのです。それは、心拍数の増加や体温の上昇などにより、あまった栄養分を燃やして消費させていくことになります。短鎖脂肪酸は脂肪の蓄積を抑え、消費を増やすという両面から、肥満を防ぐ働きをするわけです。
この頼もしい短鎖脂肪酸は、食べ物をバクテロイデスなどの腸内細菌が分解して作られます。バクテロイデスなどの短鎖脂肪酸を作る細菌たちは、食物繊維をエサとして生きています。この細菌に好まれる食材は、海藻、キノコ、野菜、豆類、こんにゃく、雑穀、玄米などになります。バクテロイデスの菌はもともと私たちを肥満から守る働きをしているのです。これを証明したのも、ゴードングループになります。ゴードングループは、12人の肥満者を対象に1年間にわたって食事療法を行う実験をしました。野菜を多めに食べれば、肥満フローラをやせフローラに変えていけることを明らかにしました。彼らは、肥満フローラが徐々にやせフローラに近づいていくことを確かめたわけです。肥満を防ぐには、野菜を多めの食事にして、運動をして、睡眠を十分にとることになるようです。