肥満症薬に頼らない減量作戦  アイデア広場 その1491

 米国や欧州で、肥満症薬の利用が富裕層の中で広がっているようです。米国のワシントンDCに住む59歳の女性は、肥満症薬の効果に喜びの声をあげています。この女性は、毎週0.5キログラムのべースで減量でき、約16キログラムも痩せたのです。もう以前のように甘いお菓子を食べたいとは思わないと話しています。また、マサチューセッツ州に住む40代女性は、肥満症治療薬の効果を述べています。ノボノルディスクの「ウゴービ」を、2月中旬から飲んでいる女性になります。医師の処方を受け注射薬を使い始めると食欲が減退し、速いペースで20kg近く痩せたのです。「昔着ていた服が着られるようになってうれしい」と喜びをあらわにしています。テスラのイーロン・マスク氏も、ウゴービを使っていることを当時のツイッターで明かしています。研究によると、利用者の3割は体重が20%減ったとのことです。もっとも、米国での治療費は年1万ドル(約148万円)以上と高く、本格的な普及とはなっていないようです。

  この夢のような肥満症治療薬は、デンマークの製薬大手ノボノルディスクの「ウゴービ」と米国のイーイ・リリーの「ゼプバウンド」になります。ウゴービは、「GLP-1受容体作動薬」というタイプの薬になります。ゼプバウンドも、同じタイプの薬になります。この薬は、もともと糖尿病の治療薬だったものを肥満症に転用したものです。血糖値を下げる働きから、糖尿病の治療薬として開発されました。その中で、血糖値を下げる働きがあるほか、中枢神経に働きかけて食欲を抑える作用があることがわかりました。中枢神経に働きかけて食欲を揃える作用による減量効果が注目され、肥満治療に転用されたわけです。薬の効能は、食欲を抑え満腹感を感じやすくすることで体重減につなげることになりました。従来の治療薬に比べて、副作用が軽いことから急速に普及が進むという経過をたどっています。さらに、GLP-1の使用は、心臓発作や脳卒中など関連疾患のリスク低減も期待されるようになっています。

 夢のような薬ではありますが、難点もあります。このGLP-1にも副作用はあり、吐き気や嘔吐、下痢などに加え、低血糖や急性すい炎が起こりうることも指摘されています。今問題になっていることは、肥満症の治療だけでなくダイエット目的で入手する人もいることです。この肥満症薬を、美容など治療目的外での使用が後を絶たない困った状況が生まれています。この糖尿病薬として販売される薬を、自費診療で投与する医師や個人輸入で使う人もいるようです。個人輸入や美容クリニックで「痩せ薬」として不適切に使用される事例も発生しています。日本肥満学会は、ウゴービを美容やダイエットなどの目的で用いる薬剤ではないと強調しています。この薬を使用して、減量に成功したとしても問題が残るのです。減量後の体重を維持するためには、長期的に薬を服用し続ける必要があることも分かってきました。高価な薬剤ですから、長期の服用には多額のお金が必要になります。さらに、使用には運動や食事療法の継続を前提とした上での投与など適切な方法が求められるようです。日本肥満学会はウゴービを、健康障害を伴わない肥満に用いるべきではないと強調しています。

 この夢のような肥満症治療薬に反応したのは、株式市場になります。米国株式市場では「やせ薬」が関心を集めており、開発を手掛ける製薬会社の株価が上昇する現象が見られます。先行したのが、デンマークの製薬大手ノボノルディスクになります。この会社が発売したウゴービの連結純利益は、836億クローネ(約1兆8000億円)と51%も増加しました。この会社の時価総額は5000億ドル(約73兆円) を超え、欧州企業最大となりました。デンマークの製薬会社が、フォルクスワーゲンの時価総額を越えてしまったのです。また、2023年11月には米イーイ・リリーが「ゼプバウンド」をFDAから承認されました。リリーのノボノルディスクを猛追する争いが始まります。決算発表したリリーも発売間もないゼプバウンドの販売額が、1億7580万ドルとなりました。予想以上の内容に株価は急騰し、時価総額は6800億ドル(約73兆円)を超えたのです。このリリーの時価総額は、テスラを抜き米市場で7位にまでなっています。

 蛇足ですが、肥満の問題点と肥満の定義、そして肥満症治療薬服用基準を述べておきます。肥満とは、WHO(世界保健機関)の国際的な定義では体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割った「体格指数(BMI)」30以上を指し、25以上は過体重となります。世界の肥満人口は、増加を続けています。WHOによると、1975年から約3倍増え、現在は10億人を超えるまでになっています。BMI25以上の人は、世界で19億人以上に上ります。その中で、BMI 30以上の肥満の大人は6億5000万人以上になり、青少年や子ども3億4000万人以上になります。中でも米国では成人の4割が、BMI 30以上とされ、肥満症治療への需要は大きくなっています。肥満症治療薬服用基準について、ウゴービの利用者は、BMIが35以上という規定があります。また、利用者はBMIが27以上、かつ高血圧など2つ以上の肥満に関連する健康障害があることが使用の条件になっています。さらに「高血圧、脂質異常症、2型糖尿病のいずれかがあり、食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られない患者」が対象になります。このような条件をクリアできる患者は、かなり範囲は絞られるようです。

 「ウゴービ」や「ゼプバウンド」が、多くの人に使用されてくるといろいろなエビデンスが出てきました。その中には、リバウンドの問題もあります。ドイツ銀行は肥満症薬の効果について、米消費者600人が対象の調査結果を公表しました。調査した600人のうち、7割は薬の使用を継続、3割は調査の時点で使用をやめていました。継続的に薬を使用している人のうち、52%に人が薬の使用前に比べ食事量が大幅に減ったという回答と「多少減った」と回答をしています。薬の使用をやめた人の51%が、薬を使い始める以前より「かなり食べる量が増えた」とか「少し食べる量が増えた」と回答しています。服用を中止すると、体重が再び増加するリバウンドにつながる可能性が指摘されたのです。ノボノルディスクの広報担当者は、ウゴービのリバウンドの影響を認めています。面白いことに、この担当者は、肥満症については高血圧や高コレステロールと同様に、長期服用の必要性を強調したのです。年間、148万円の薬を長期服用すれば、リバウンドが少なくなると言うわけです。GLP-1の使用は、長く投薬を続ければ費用も高額になります。ビジネスの世界の厳しさを知った次第です。

 最後になりますが、「あまりお金のない人々は、どのように肥満を避ければよいのでしょうか」という課題解決になります。最近の知見では、肥満の方の腸内フローラでは、短鎖脂肪酸の生産力が落ちていることがわかってきました。この短鎖脂肪酸とは、腸内細菌が作る酪酸、プロピオン酸、酢酸などの有機酸のことです。短鎖脂肪酸は、他の栄養分とともに腸から吸収され、血液中に入って全身へ運ばれます。短鎖脂肪酸には、腸の細胞を刺激してインクレチンのホルモンを分泌させる力があります。インクレチンにはいすい臓に働きかけてインスリンの分泌を促す効果があります。ある意味で、血糖を調節し、糖尿病にならないということになります。脂肪細胞には、短鎖脂肪酸を感知するセンサー(受容体)がついています。脂肪細胞センサーが短鎖脂肪酸を感知すると、細胞は栄養分の取り込みをやめます。また、交感神経にも短鎖脂肪酸に反応するセンサーあります。交感神経が、短鎖脂肪酸を感知すると全身の代謝が活性化するのです。それは、心拍数の増加や体温の上昇などにより、あまった栄養分を燃やして消費させていくことになります。短鎖脂肪酸は脂肪の蓄積を抑え、消費を増やすという両面から、肥満を防ぐ働きをするわけです。

 この頼もしい短鎖脂肪酸は、食べ物をバクテロイデスなどの腸内細菌が分解して作られます。バクテロイデスなどの短鎖脂肪酸を作る細菌たちは、食物繊維をエサとして生きています。この細菌に好まれる食材は、海藻、キノコ、野菜、豆類、こんにゃく、雑穀、玄米などになります。バクテロイデスの菌はもともと私たちを肥満から守る働きをしているのです。ある研究グループは、12人の肥満者を対象に1年間にわたって食事療法を行う実験をしました。野菜を多めに食べれば、肥満フローラをやせフローラに変えていけることを明らかにしました。彼らは、肥満フローラが徐々にやせフローラに近づいていくことを確かめたわけです。野菜を多く摂取する迂回効果により、徐々に肥満体質を改善することが、弱者の賢い選択になるようです。

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