桜の季節も終わり、花粉症も何事もなかったかのうに過ぎ去っていったようです。世界には、3つの有名な花粉症があります。イギリスの牧草花粉症、アメリカのブタクサ花粉症、そして日本のスギ花粉症とあわせ、世界の三大花粉症といわれているのです。花粉症は、ヴィクトリア時代の1819年、「夏カタル」という名のもとに、産声を上げました。イギリスでは、干し草を作る時期に「夏カタル」の発作が始まりました。面白いことに、この発作は、産業革命とともに出現し、とくに清潔を旨とする牧師と医者に多く見られるようになりました。この「夏カタル」は、干し草まみれになっている農民におきなかったのです。アメリカでは、夏よりも秋に発症するため、「秋カタル」という病名が提唱されました。この花粉症は、アメリカから1世紀遅れで急成長した日本において、スギ花粉症として日光を中心に現れることになります。この現れる時期が、寄生虫が日本人から排除された時期と重なるのです。私たち日本人は、太古の昔から寄生虫を飼ってきたという歴史をもちっていました。30年ほど前まで、日本人は寄生虫感染率が60%以上ありました。衛生上、この寄生虫を悪者として排除したのです。日本人の寄生虫感染率は60%以上あったが、現在は0.01 ~0.02 %にまで低下しました。寄生虫の感染率が低下したころから、花粉症やアトピー性皮膚炎などの様々なアレルギーが急増していきたのです。日本人の5000万人ほどの人が、このアレルギーに罹っています。もし、花粉症に罹らない予防方法が開発されれば、ビッグビジネスになるかもしれません。今回は、この課題に挑戦してみました。
近年は、現代人の清潔志向による免疫低下が、一つの問題になっているようです。たとえば、O157は汚い場所では発生できず、清潔志向が行き過ぎたところでのみ発生しています。清潔が過ぎた国で発生し、発生したから除菌を本格化するという皮肉なサイクルも起きています。清潔な国での問題の一つが、アトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー疾患の増加です。無菌環境にいると、免疫力が低下して菌に対して弱くなります。多様性のある免疫を持つ人びとは、生き延びる強さを持ちます。一方、無菌状態の人びとは環境に対してひ弱になっていくようです。さらに、無菌状態を問題視する専門家も出てきました。入浴は、毎日でない方がいいと勧める皮膚科の専門医もいるのです。湯が肌の潤いを奪って乾燥させ、酸性の天然皮膜を壊して抵抗力を弱めます。さらに、体を洗いすぎると必要な常在菌までなくなり、悪玉菌が繁殖しやすい環境になると言うのです。無菌状態は、人びとの健康にとって必ずしもよいとは限らないようです。行き過ぎた清潔は、かえって様々な体調不良を引き起こす原因にもなるわけです。この清潔志向が、花粉症をイギリスの牧師や医者、そしてアメリカの有閑階級にもたらした理油の一端なのかもしれません。日本の場合、核家族化や家庭環境が清潔になったことにより、感染症になる機会が少なくなりました。感染症になる機会がなくなったことよって、免疫の働きが低下したのかもしれません。この間隙を塗って、花粉症が蔓延したとも考えられるようです。
花粉症は、花粉に対するアレルギー反応によって起こります。花粉に対してIgEという抗体が作られ、免疫細胞の一つである「肥満細胞」の表面に結合します。肥満細胞には,アレルギー症状を引き起こす原因となるヒスタミンが含まれています。この肥満細胞が破れると、ヒスタミンが外に飛び出し周辺の組織を傷つけます。これが、くしゃみやかゆみなどのアレルギー症状を引き起こすことになります。ちなみに、IgEは免疫グロブリンの一種になります。これは、 身体のなかに入ってきたアレルギーの原因物質(アレルゲン)に対して働きかけ、身体を守る機能を持つ抗体になります。 IgE抗体は、普通は血液中にとても少ない状態にあります。でも、アレルギー体質の場合は血液中に大量のIgE抗体が存在するといわれています。人間の体は、同じ種類の花粉が再び体内に入ると、IgE抗体と「抗原抗体反応」を起こします。IgE抗体と抗原抗体反応を起こし、肥満細胞が破れヒスタミンなどの化学物質が出されるわけです。
それでは、なぜ寄生虫に感染している人達は、花粉症にならないのでしょうか。スギ花粉症の場合,スギ花粉が体内に入ると,体がそれを異物と認識します。スギ花粉を異物と認識するとスギ花粉を攻撃するためのIgEといいう抗体を作ります。スギ花粉を攻撃するためのIgE(免疫グロブリンE)という抗体を作ります。IgE抗体は次々と肥満細胞の表面にくっついていきます。でも、肥満細胞は、1つのIgE抗体だけがくっついた状態では何も変化しません。症状が出るのは,次に同じスギ花粉が体内にやってきたときです。2つ目のスギ花粉をキャッチした抗体が、肥満細胞の表面にくっついて初めて肥満細胞が破れ、ヒスタミンなどが外に飛び周辺の組織を傷つける症状が出るわけです。寄生虫は、この2つ目のスギ花粉が肥満細胞に接触しないようにする働きを担っているのです。
寄生虫がヒトに感染するとウイルスや細菌感染のときとは違うしくみで免疫反応が起こります。寄生虫感染では、どうしたわけか花粉の場合のようにIgE抗体が作られます。寄生虫のIgE抗体は,肥満細胞の表面に常にくっついているのです。IgE抗体は、寄生虫本体に対する攻撃をしません。この抗体は、寄生虫にとって何の脅威にもなりません。寄生虫は、体の表面を自分の分泌物や排池物でおおっています。IgE抗体を誘導する特殊な物質は、ESCといい寄生虫の分泌液や排池物の中に含まれています。ESC (胚性幹細胞)は、体内のほぼすべての組織に分化する能力を持つ多能性幹細胞です。寄生虫は、分泌物や排せつ物に対するIgE抗体を大量に宿主に作らせています。結果として、寄生虫のIgE抗体があるとスギ花粉のIgE抗体、2つ目の抗体がくっつく余地はないことになります。寄生虫のIgE抗体があると、スギ花粉がスギ花粉の抗体に結合しても反応も起こりません。寄生虫自身を守るためのシステムが,同時にヒトに対して過剰な免疫反応を抑える働きをしているわけです。花粉症は、鼻の粘膜下の肥満細胞が破れるためにくしゃみなどのアルギー症状が起こします。皮下の肥満細胞が破れると、アトピー性皮膚炎が起こることになります。気管支の粘膜下に存在する肥満細胞が破れると気管支端息が起こります。これらの不都合な症状は、30年前ごろから起き始めました。その期間は、寄生虫との共生が終了した時期とも重なるようです。
余談ですが、植物は害虫に攻撃を受けて被害を受けた場合、それ以上の被害を増やさないための防衛行動をとります。その防衛行動は、茎や葉に生えている毛(軟毛)の密度が高めて、害虫を避けようとします。同様に、新芽は虫の消化を悪くするタンニンやフェノールが多く分泌して防御するわけです。植物は、このような防衛行動を取りながら、害虫からの防衛を行っています。でも、常に防衛をしていると、防衛体制がパターン化するので,敵は戦略を立てやすくなるというケースもでてきます。コナガは、熱帯から寒帯までの世界中に分布し,アブラナ科を食する防除が難しい害虫です。このコナガは, 1年間に12回も孵化を繰り返すことができます。短期間で世代交代を繰り返すことで、多様な殺虫剤に対してすぐに薬剤抵抗性を獲得する厄介な害虫なのです。植物は、このような厄介な害虫に対しても、上手に防衛行動を取ってきました。もし、取れない時には、種が消滅することになってしまうわけです。約4億年前頃に、生きものたちは陸上に進出を始めます。現在地上に生息している多くの生物は、防衛行動に成功して生き残っているわけです。もっとも、これまでに地球に現れた生きものの99%が絶滅したと考えられています。ということは、現在30万種の生物が生息していますので、3000万種の生物が絶滅したことになります。人間には、この試練を乗り切る資質と科学を利用する知恵があります。
最後は、試練を乗り切る科学の利用を考えてみました。まず、花粉症やアトピー性皮膚炎などの現代病の克服になります。簡単に考えると、肥満細胞は、1つのIgE抗体だけがくっついた状態では無害です。でも、ここに新たなスギ花粉がくっつくと、肥満細胞からヒスタミンが出て、アレルギー症状が出ます。であれば、寄生虫の分泌物を肥満細胞に、事前にくっつけておけば良いわけです。このシステムで、30年前まで日本人はスギ花粉の症状がほぼ出なかったわけです。もっとも、いまさらながら寄生虫を体内に入れることを希望する人は少ないと思います。そこで、科学の登場になります。人間のタンパク質は20個のアミノ酸で構成されており、これが互いに連結して人体を形成します。私たちの人間を含む生命体は、進化の過程で様々なタンパク質を作って使用してきました。しかし、この進化過程に属さないタンパク質も人工的に作られ始めたのです。ワシントン大学のデビッド・ベイカー教授は、2024年にノーベル化学賞を受賞しました。彼は、2003年に93個のアミノ酸からなる「Top7」という人工タンパク質の合成に成功しました。彼は自然に存在しないタンパク質を作りました。この成功の後、彼は人工知能(AI)を使用して医学や他の分野で有用なタンパク質を作り始めました。この新しいタンパク質の制作は、高度なAI技術の適用も可能になります。これは、タンパク質構造を予測し、予測の精度を劇的に改善することができたのです。AIが治療候補を効率的に見つけることができれば、研究をより早く進めることができます。この設計により、アミノ酸配列のタンパク質構造を迅速に予測することができるわけです。理論的には、自然に存在しないアミノ酸配列を製造することが可能なりつつあります。未知のタンパク質を短時間で予測し、短時間で実用的な使用を実現することができるならば、寄生虫の分泌物と同等の物質を作ることも可能でしょう。もし、自由自在にこのような物質ができれば、大きなビズネスチャンスになるかもしれません。