衰退するインフラの中に豊かさを作り出す知恵を磨く アイデア広場 その1448

はじめに

 日本の自動車産業を側面から支えてきたガソリンスタンドが、急激に減少しています。資源エネルギー庁によると、2023年度末のガソリンスタンド数は2万7414カ所になります。この数字は、6万ヵ所以上あったピーク時の1994年度から比べると半数以下なのです。国内のガソリンスタンド数は、この10年で約7200カ所減少しました。国内のガソリンスタンド数は、特に都市部では急速に数を減らしています。ガソリンスタンド減少の背景には、ハイブリット車などの低燃費車の浸透によるものです。都市部では、カーシェアの普及なども進んでおり、ガソリンスタンドの減少が加速しています。さらに今後、EVの普及により、減少の加速がさらに進むことが予想されます。各企業は、生き残りのために各社は変身を急いでいます。実は、ガソリンスタンドには変身の強みがあるのです。ガソリンスタンドの強みは、立地の良さなのです。今回は、減少していく産業に、負け癖だけでなく、勝ち筋を獲得する手法を考えてみました。

1,ガソリンスタンドの積極策

 ガソリンスタンドは、利便性の高い場所にあることが多いのです。トラックなどの車両の出入りもしやすく、人々の流動性を生かすことができる立地にあるのです。ENEOSは、こうしたガソリンスタンドの強みを生かし、配送網の「一時保管場所」として活用する実証実験は行っています。預かるのは、GSから半径2キロメートルほどの住民に届ける荷物になります。東京都足立区でENEOSの看板を掲げる「Dr. Driveセブ保木間店」が、そのモデルの一つになります。保木間店には、1メートル四方で高さ2メートル弱の荷物保管ラックがあります。ラックには、段ボールが配置されています。この段ボールの中身は、大手通販のサイトの商品です。ギグワーカーが、荷物保管ラックから段ボールを取り出し、自転車や徒歩で宅配に向かいます。この方式を使うと、物流会社は、配送にかかる距離と時間を3~4割減らせるのです。ラストワンマイルの解決に、有効な手法になっています。ENEOS側は物流会社から配送料を受け取り、特約店やギグワーカーに分配する仕組みです。この一時保管場所として活用する実証を、2023年から首都圏の約70カ所で始めたのです。

 地方では、地下鉄や市バスなどの公共交通機関が脆弱で自家用車が重要な「足」になっています。地方では、地方の悩みがあります。もちろん、悩みを解決する取り組みをしています。そんな企業に、ヤブサキ産業(千葉県市川)があります。ヤブサキ産業は、千葉県で出光興産のガソリンスタンドを17カ所運営しています。ヤブサキ産業が2022年、地域の高齢者の生活を支援するサービスを始めました。ヤブサキ産業のサービスは、車を持たない70~90代の高齢者を中心に400人が利用しています。高齢者が、「新しく買ったスマホの設定を手伝ってほしい」と要望すれば、それに対応する社員を派遣し解決します。「足に不安があるので孫の結婚式に付き添って」との要望があれば、車を出して式場内までの雑用を引き受けるものです。ヤブサキ産業は、専門スタッフ16人が本社から3~4キロメートル圏内の依頼に対応しています。このサービスは、料金は1時間あたり3000円からになるようです。また、コスモも、新しいサービスを始めています。2021年から、自治体向けに、再生エネと太陽光パネルそして、EVを一体で売り込むサービスを始めたのです。コスモで手掛ける風力発電を生かし、自治体に脱炭素を提案しています。EVなどの車内清掃や整備は、コスモのガソリンスタンドの職員が行っています。面白いサービスは、自治体の職員が車を使わない土曜日や日曜日には、その車を地域住民に貸し出すサービスのお手伝いまでしています。蛇足ですが、私が住んでいる福島市でも、土曜日や日曜日には、使われていない車が100台単位であるように見えます。さらに、平日でも使われていない車も、数多くあります。この余った車や使われていない車を、マッチンアプリを使って、使いたい市民や観光客に貸し出すサービスも面白いかもしれません。もちろん、収益の一部は自治体に還元することになります。

2,酪農における逆転の発想

 ガソリンスタンドの減少が、面白いビジネスを生み出しています。それでは、耕作地の減少は、どんな利用法があるのでしょうか。この事例は、岩手県の酪農に見られます。実は、所有者不明の土地が、全国で410万㌶になっています。その広さは、九州の面積を上回るのです。持ち主がはっきりしない農地も、全国で約94万㌶あります。その面積は、東京都の4倍です。動物福祉に関する流れは、2000年頃から顕著になってきました。米国では2000年代以降、鶏や豚など家畜を狭い檻に入れることを禁止する法律を制定する州が相次ぎました。この流れを受けて、国際原則として「5つの自由が提唱されるようになりました。これは、飢えや渇きからの自由、恐怖や苦悩からの自由、不快からの自由、苦痛からの自由、通常の行動をとる自由とされています。この「5つの自由」は、ペットや家畜、実験動物など幅広く対象となります。この流れは、初期において企業側にそれほど受け入れられませんでした。でも今後、日本でもESG投資の流れの中で、企業も動物福祉の対応を迫られる可能性が出てきています。

 放棄された農地を使えるようになれば、自然放牧や自然交配の牧歌的酪農ができるようになります。広い牧草地を利用して、利益を上げている畜産農家があります。岩手県には、牛乳1㍑を400円で売る牧場があります。明治の「美味しい牛乳」の約2倍の値段です。でも、売れているのです。この牧場は、放牧地0.5ヘクタールに牛1頭の割合で放牧しています。牧草地には薬剤は使わず、配合飼料は小麦のくずまでと使用を限定しています。外国の飼料を使うことはありません。牛にできることは、牛に任せて育てることを原則にしています。食の安全安心を求める消費者から、自然放牧や自然交配の酪農が支持を得ているのです。日本の酪農は、効率性のみ追求されてきました。近年、自然回帰が模索されてきたようです。そして、自然回帰に追い風が吹いています。その風に乗れたのは、広い牧草地を利用することができたからです。

3,百貨店の潜在力を生かす

 減るのは、ガソリンスタンドや農地ばかりではありません。今まで身近にあった百貨店も減少しています。全国の百貨店数は2024年3月時点で177店になります。この数字は、10年前から比べると65店も減っています。さらに、この5年前と比べても39店減っているのです。直近では、島根県で唯一だった一畑(いちばた)百貨店が閉店し創業65年余りの歴史に幕を下ろしました。地方の百貨店は、「地方における都会そのものだった」と感じる方も多かったです。ある意味で、地域の誇りだったものです。この消えゆく誇りが、地域を豊かにする原動力に変身することもあるのです。島根県松江市にあった唯一の「一畑百貨店」がなくなり悲しむ中にも、幸運なことが起きます。松江市の旧市街に新たな「百貨店」が開業したのです。この店頭には中元用のギフトや高級食器、高級家電などが所狭し、と並んでいます。このお店は、「ギフトサロン松江」になります。この演出者は、中国地方地盤の食品スーパー「マルイ」になります。「マルイ」が核の商業施設に、「ギフトサロン松江」が出店する形で成立しています。この「ギフトサロン松江」は、百貨店大手のー角を占める「高島屋」のブランドを冠した島根初の店になります。隣県の「JU米子高島屋」(鳥取県米子市)が、越県してきた出張所のような位置付けになります。松江市の旧市街に新たな百貨店には、一畑元外商員も所属し顧客を引き継ぐ形で営業活動を始めています。「またお会いできてうれしいです」。ギフトサロン松江では開業以降こんな会話が交わされています。配属された10人の社員中9人が、一畑の元従業員になります。県をまたぎ、小売りの業態の垣根も越えて百貨店を実質的に残した山陰のモデルということです。地元にある資源(質の高い品物を求める多くの人々のニーズ)や人的資源(販売のノウハウをもった営業の精鋭)も活用することを通して、復活をもくろむこともできるのです。

 百貨店のような質の高い商品を扱うテンポは、上流階級からの需要が多くなります。ある面で、上流階級が多くいれば、その必要性が高まると言われています。たとえば、熊本県菊陽町に進出したTSMCは、車載用チップなどを生産することになりました。2024年末には、車載用チップなどを生産する第1工場が本格稼働する予定です。TSMCの従業員が家族を含めて750人程度が、すでに台湾から熊本に移住しています。この移住者は、国内外の関係会社を含めると数千人規模に達するとの見方もでています。波及効果の一つが、この方たちの消費行動になります。熊本市の鶴屋百貨店地下1階のワイン売り場には、地方には珍しい高級品がずらりと並んでいます。これらの高級品を、外国人とおぼしき客が次々に訪れて、買っていくのです。中には、10万~20万円のワインを数十本単位で複数回購入する方もいます。10万~20万円のワインを数十本単位で複数の回購入は、九州消費市場にとっても大きな衝撃になるそうです。これらの購入者は、台湾積体電路製造(TSMC)と関係会社の幹部の方たちです。地方都市では、ありえなかった高級品のまとめ買いが、外国からの定住者の方たちによって行われているのです。もちろん、この要望に応えるように、地元の百貨店も、早急に対策を立てています。対策の一つは、半導体関連企業を担当する専属外商員の設置です。彼らは、「移住する従業員のために家電や布団などをまとめて発注するケースが増えた」と喜びの声を上げています。4人の営業担当が、熊本に進出した半導体関連の60社を連日回ります。企業誘致は、働く人々に満足を提供する環境が整っていることが一つの条件です。百貨店などの高給品を提供できる店舗の存在も無視できないものになります。

4,減少する保育園の中から宝を見出す

 企業誘致となれば、その従業員の子弟の教育環境も大切になります。幼児教育から高等教育まで、その支援が充実している地域には、安心して優れた人材がやってくるものです。今まで、政治家も行政も力を入れていたことに、待機児童の問題がありました。特に、都市部では待機児童を減らそうと、保育所の設立が急ピッチで進めました。その結果、一昔前、保育園に入りたくとも、入ることができない乳幼児がたくさんいましたが急速に改善されています。むしろ、改善され過ぎたともいえる状況になりました。2023年のこども園を含む保育所などの数は、2022年に比べて、345カ所も増えて、3万9589カ所になりました。2023年4月の待機児童の数は、2680人になりました。この数は、2017年の2万6081人をピークに9割ほど減少したことになります。保育の受け皿の拡大や就学前の子どもの数の減少で、保育園に入れない「待機児童」が減少しています。定員に対する充足率は89%になります。保育園には、人気のある所とないところがあります。この充足率89%の数字は、「定員割れ」の保育園が多数あることを意味しているのです。地域によっては、保育園が入園希望者を取り合う構図も出てきています。以前は、保育園が児童や保護者を選んでいました。でも現在は、待機児童の減少を受けて、保護者が保育所を選ぶ時代になっているのです。保育園では、児童や保護者に選ばれるより良いサービスを準備するようになってきています。

 人気のある保育園は、子ども達の成長発達を支援することに優れた面を持っています。保育園から小学校などの上級の学校に行っても、それなりの実績を上げているケースが見られます。定員割れの保育園の対策は、同じように子ども達の成長発達を支援することに加え、付加的保育の充実ということになります。付加的保育を認めていない自治体は、「保育所は福祉施設であり教育を施す場所ではない」と、保護者の求める保育内容を一蹴するところもあるようです。一方、時代流れを敏感に感じ取る自治体では、認めるところもあります。横浜市や川崎市は、認可保育所での付加的保育を認めています。ここでは、希望する保護者が直接、講師を派遣する事業者と契約する形をとっています。でも、保育料とは別にサービス料金をとる付加的保育を認めない自治体が多いようです。認可保育所と異なり、幼稚園や認可外保育所は比較的に自由に教育サービスを提供できます。これらの保育所の中には、保育料とは別に料金を徴収して様々な保育サービスを提供し始めたところもあります。現在は、サービスの質を上げなければ入園希望者を集められなくなっている実情があります。付加的保育の取り扱いは、これからの課題になるようです。でも、時代の要求を先取りした付加的保育を行っている施設には、人々が集まります。このような保育園に、ターゲットを絞ることも一つの見識になるかもしれません。

 おわりに

 高度成長期に、数多く作られたインフラが荒廃しつつあります。これを再建するには、多くの資金が必要です。これからの時代は、このような施設を再建することに主要な資金を投ずることなく、新たなニーズを満たすために最小の費用で最大の効果を上げる工夫を重ねていくことも選択肢になります。お金をかけずに、地域の人々の健康水準を高める知恵や工夫に勢力を注ぎたいものです。医療費や介護費を節約し、節約した資金を地域の活性化に使いたいのです。できれば、地域の生産力向上を計り、経済的豊かさも享受できればハッピーです。

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