日本が裕福な国であるという事実が、公表されました。日銀が2025年4~6月期の資金循環統計(速報)を発表しました。そこでは、家計が保有する2025年4 月期の金融資産が前年同期比1%増の2239兆円で過去最高になったのです。この2200兆円を超える資産の6割を、60歳以上の世帯が保有しているのです。日本全体で見れば、高齢者の世帯が裕福に見えます。でも、家計の金融資産は高齢者に多くなる一方で、その高齢者世代でも格差が目立ち始めているのです。物価高と株高の影響で、高齢者世代の資産額の二極化が進んでいます。60歳代の単身世帯のうち金融資産ゼロを含む200万円未満は42%になっていました。金融資産がゼロの60歳代の単身世帯は、27.7%もあったのです。株高は嬉しいものですが、物価高は苦しいものです。その流れで、資産家は株高の恩恵を受けやすく、資産が少ない人には食品などの物価高が影響する状況が続いています。その状況の中で、企業がビジネスチャンスを見出すには、金融資産を多く持つ高齢者にターゲットを絞ることも選択肢になります。今回は、この富裕層と底辺層に焦点を当ててみました。
以前、日本酒は甘口で濃厚な昧の酒が好まれていました。農業や工場の肉体労働者の方が、清酒の顧客層であっため、濃厚で甘口な昧が好まれたようです。近年は、肉体労働から頭脳労働へと仕事の質が変化し、すっきりと飲める酒が好まれるようになりました。お酒の嗜好が、すっきりした純米酒や大吟醸などに移ってきたようです。ある面で、高い品質が求められるようになってきたわけです。値段が高くとも、自分の好みにあったお酒を飲みたいという人も増えているのです。であれば、自社が販売価格を決めて、愛好者に提供することが合理的です。すべての人に売ろうとすると、苦労が大きくなります。無理をして売らなない戦略も、選択肢になります。久保田の朝日酒造は、1%戦略を打ち出しました。100人のうち1人が、お客になれば、「良し」とする戦略です。顧客を絞る戦略は、いくつかの分野で見られます。一つが、ディズニーランドになります。ディズニーは、収入が上位40%の米国人世帯を対象に価格設定やマーケティングを行っていたと言われていました。でも実際には、上位20%に重点を置いているようです。上位20%の人々が毎年旅行に費やす金額は、下位80%の合計とほぼ同じことになります。節約する下位の80%の人達よりも、上位20%の人達を対象にしたほうが、ビジネスとしては有利という計算になります。たとえば、ディズニーは1人100ドルの入園料で100人を入れて1万ドルの収益を得ることができます。さらに進めると、1人120ドルで90人の1万800ドルを稼ぐことができます。これは、来場者数よりも収益(客単価)を優先する戦略になります。
総務省が、公表した2025年の人口推計によると、65歳以上の高齢者は3619万人でした。男性は1568万人で、女性は2051万人になります。世界を見ると、人口4千万人以上の38カ国の中では、総人口に占める65歳以上の割合は日本が1位になります。日本は、総人口に占める割合が29.4%で過去最高を更新しています。蛇足になりますが、2位のイタリア(25.1%)、3位のドイツ(23.7%)になります。高齢化先進国の地位を、維持していることになります。さらに長寿の日本は、75歳以上の割合が17.2%で、他の主要国よりも高かくなっています。他国には、75歳以上の統計がないようです。ちなみに、イタリアとドイツの65~74歳の割合は、12.1%で2国とも同率でした。いかに、日本の高齢化が進んでいるかが分かる数字です。2040年には、65歳以上の高齢者が3928万人(総人口の34.8%)になると推計されています。そのような日本の状況の中で、資産格差が広がっているのです。3000万円以上の資産を持つ世帯の割合は2024年に16.8%と0.3ポイント増える状況も出ています。
資産のない方は、働かなければなりません。総務省の労働力調査では、2024年の「労働力人口」が6957万人で過去最多になりました。高齢者の就業者数も930万人と21年連続で増加し、過去最多を更新しています。就業者全体に占める65歳以上の割合は13.7%になります。930万人から、役員や自営業を除く被雇者は563万人になります。563万人のうち8割近い433万人がパートや契約社員といった非正規雇用でした。その就業先は、「卸売業・小売業」が最も多い状況です。働く人の7人に1人が、高齢者になります。さらに、第 2次ベビーブーム期(1971~74年)に生まれた世代の高齢化が進みます。これらの高齢者に危惧されるのは、労働災害(労災)になります。労災の発生率は高齢になるほど高いとされ、この対策が急がれています。政府も、今年の5月に改正労働安全衛生法を成立させ、対応を急いでいます。高齢者の労災防止に向けた作業環境改善は、事業者の努力義務とされています。努力義務はやや緩い対策になり、今後の追加対策が求められています。高齢者が単身で暮らす人も多く、生活支援の充実や住まいの確保なども課題になります。
老後を、身体的にも、精神的にも、社会的にも、良好な状態で過ごすことはみんなの願いです。こんな願いをかなえる事例も、いくつかあります。日記に楽しそうな内容を書いた修道女たちは、ネガティブな修道女より10年近く長生きしたというお話があります。健康だから幸福なのではなく、楽しいから、幸福だから、健康という側面も人間にはあるようです。この楽しさや幸福には、決まった形やパターンがあるわけでもないようです。仕事を続けて体験できる楽しさよりも、仕事を辞めてできた余暇に楽しさを見出す人もいます。お金はあったほうが良いのですが、その上でもっと大切にすべき楽しさもあるという人もいます。甘い昧だけが良い味なのではなく、コーヒーの苦みや渋みなども、昧の楽しさや豊かさになるようです。この楽しさを上手く味わうためには、意図的であることや計画的であることで、確実に享受できるようになります。今が楽しくないのは、ずっと以前に楽しさの種を蒔かなかったことに原因があるようです。楽しさを形づくるためには、ある程度準備期間をかけて、学習とか訓練も必要だと言われるようになりました。資産ゼロの高齢者の中にも、身体的にも、精神的にも、社会的にも、良好な状態で過す方がいます。これらの高齢者の成育歴や生き方の中に、豊かさのヒントがあるかもしれません。もし、ある企業や組織がこの楽しさを自由自在に提供できるサービスがあれば、ビジネスチャンスになります。
余談ですが、近年、顔の表情や身体のしぐさから、感情を評価するシステムが開発されてきました。ポジティブとかネガティブなどの表情やしぐさから、評価していくものです。たとえば、高齢者のスプーンを口にするサッキングの様子を十分に観察し、ポジティブな状態かどうかを見極めて、ケアの改善につなげた事例などあります。また、表情だけでなく、椅子をゆらすロッキングを観察して、ケアの改善につなげる介護施設もあります。高齢者は、身体や知的に障害があっても、自分の生活や人生のあり方に主体的に取り組むことが評価される時代になっているようです。消費が美徳という時代は、終わりました。ある意味で、物質的満足より上手に生きる満足が、より価値がある時代になったようです。最近の診断技術は進歩し、個人の幸福度をかなり正確に安定して測れる自己診断の手法が確立されています。この手法を使う企業が、社員の幸福感を高めて、業績を上げるケースも増えているのです。社員が束の間の幸福感を味わうたびに、ポジティブ感情が生じて、創造性と革新性が高まり、それが業績に結びつくという好循環が生まれているわけです。企業や経営者がハッピーで上機嫌な職場をつくれば、病欠も減り医療費も減少することも分かってきました。一方、幸福度の低い社員は病欠も多く、他の社員よりも成績を上げることが少ないと評価されるようになってきています。幸福度や楽しさの溢れる家庭や職場そして地域社会で生活できれば、より幸福度の高い生き方ができるようになるかもしれません。
最後になりますが、慶応義塾大学などの研究チームは、「幸せホルモン(オキシトシン)」の減少により、動脈硬化が促進されることを発表しました。「幸せホルモン」の減少が、動脈硬化を促進させることを動物実験で分かったと発表したのです。以下は、実験の概要になります。同じ母親から生まれた兄弟マウスを単独飼いと4~5匹のグループに分け、12週間観察しました。単独飼いのマウスは、グループのマウスと比べてオキシトシンの分泌量が少ない状況になりました。この結果でしょうか、単独飼いのマウスは血中の中性脂肪や悪玉コレステロールが上昇して動脈硬化が進行したのです。肥満や糖尿病などの発症要因は、これまで詳しい仕組みは分かっていませんでした。ただ、経験則的には、孤独でスキンシップが少ない人は、オキシトシンの量も少ないという報告はあったのです。この面での研究の結果、オキシトシンの減少が、肝臓の脂質代謝異常を招いて、動脈硬化が促進されることが分かりました。オキシトシンが、肝臓の脂質代謝を制御する働きを持つことも新たに分かったというわけです。この「幸せホルモン」が、悪玉コレスフロールを腸に排出して、減少させる働きを持つことも分かったのです。このような実験や経験則から、社会的なつながりのない孤独状態は、精神疾患の他、肥満や糖尿病などの発症要因となることが次々に報告されるようになりました。人と人の優しいつながりが、富裕層でも下層の人でも重要な要素でることが分かりました。家庭でも、職場でも、地域でも、この要素を確保したいものです。