今まで、政治家も行政も力を入れていたことに、待機児童の問題がありました。特に、都市部では待機児童を減らそうと、保育所の設立が急ピッチで進めました。その結果、一昔前、保育園に入りたくとも、入ることができない乳幼児がたくさんいましたが、急速に改善されています。むしろ、改善され過ぎたともいえる状況になりました。2023年のこども園を含む保育所などの数は、2022年に比べて、345カ所も増えて、3万9589カ所になりました。2023年4月の待機児童の数は、2680人になりました。この数は、2017年の2万6081人をピークに9割ほど減少したことになります。保育の受け皿の拡大と就学前の子どもの数の減少で、「待機児童」が減少しているのです。定員に対する充足率は、89%になります。この充足率89%の数字は、「定員割れ」の保育園が多数あることを意味しているのです。地域によっては、保育園が入園希望者を取り合う構図も出てきています。以前は、保育園が児童や保護者を選んでいました。でも現在は、待機児童の減少を受けて、保護者が保育所を選ぶ時代になっているのです。保育園では、児童や保護者に選ばれるために、より良いサービスを準備するようになってきています。今回は、保護者に選ばれる保育園、子どもの成長を上手に支援する保育園のモデルを考えてみました。
政府は、待機児童ゼロを目指して行政を総動員して対策を立てました。その目玉が、企業主導型保育所だったのです。企業主導型保育所は運営において、認可保育所並みの助成金を受けられる恩典があります。2017年度の募集では、2万人分の枠に5万人分の開設希望がでて企業には人気がある保育所政策になりました。政府は、2018年度の整備を1万人分上積みし、3万人分になりました。企業主導型保育所は、一定の基準を満たせば、開設費用の4分の3の助成を受けられます。この保育所は、定員20人のモデル例では開設工事だけで1億円の助成金が支給されたのです。現在、この鳴り物入りで作られた企業主導型保育所の多くが、定員割れを起こしているのです。この定員割れは、以前から地方自治体の保育園関係者からは予測されていたことでした。なぜ、企業主導型保育所の定員割れが顕著なのでしょうか。この不条理が起きている理由は、手厚い助成金が得られるため、待機児童のいない地方でも乱立した点にあります。大都市はともかくとして、2017年頃から、地方で企業主導型をつくるのはもはや辞めた方が良いという意見が多くなっていたのです。でも、政府が一度決めたことは、官僚の方が粛々と行ういつものパターンが保育園行政でも踏襲されたわけです。待機児童ゼロの政策は、大都市を中心に行うべきものでした。でも、企業は利益を求め、政府は数字の達成を求めます。この両者の利害が一致した政策が、平等(だれも反対できない理想)を重視した非効率なものに変質したわけです。
アメリカ保健福祉省の下に、全アメリカ保育質保証センターが主導する保育の質評価向上システムがあります。この保育の質評価向上システムは、幼児教育の質を評価し、保護者に情報を開示するものです。この評価向上システムは、評価結果に基づく指導・助言・技術支援や財政的支援を行うことになっています。先進国の流れを見ると、教育の「質」を高める投資に重点が置かれるようになっています。日本においても、子ども達の成長発達を高めることに優れている保育園は、競争率が激しくなります。企業主導型保育所は、この競争に敗れているのです。競争率の高い保育園を希望する方には、ハードルが高くなってきました。ハードルの高い保育園の保育内容を、さらによりよくすることができれば楽しいことになります。保育園のスタッフの方のアイデアや工夫が、子ども達の未来を明るくします。
子どもの周りから危険なものを遠ざけることによって、事故を防ぐという考え方があります。子どもが怪我をしないように、公園から箱ブランコ、回転塔、遊動木などが次々と撤去される光景があります。でも、行き過ぎた対策は、コスト的負担が増し、危険を回避する能力の低下を招くという懸念も出てきています。公園から遊具が無くなったために、遊びの能力が衰えて、日常生活のつまらないことで大けがをする子どもが出てきています。事故を減らすことだけ考えて、肝心の成長発達の目標を忘れては何にもらないという声も無視できないようです。子どもは様々な遊びを通して、数多くの巧みな動作を脳に格納し、適時引き出することができるようになります。もちろん、率先して取り組むような遊びや運動を行う環境整備も大切になります。体や頭を動かしながら課題に取り組むことで、子どもたちの集中力が増していきます。子どもが自ら進んで行動し、失敗を繰り返す機会を増やすことができれば、成長や発達の糧になります。大人の物差しで、むやみやたらに指示し、手取り足取り教えることはあまり望ましいことではないようです。未熟ながらも必死に挑戦して生きる姿を、温かく見守ってあげることも子どもの成長には必要です。自分ができることをやることは、自分が肯定され、子ども達の欲求充足がされることになります。困難を乗り越えた結果としての欲求充足は、貴重な体験になります。多くの体験をし、基礎的身体技能を身につけた子どもほど、多様性を受け入れることができるようになります。運動か勉強かではなく、運動も勉強も、人間として生きるために必要なものになります。このような必要なものの基盤は、幼児教育に求められます。子どもの遊びを上手に支援できる保育士は、非常に大切な存在です。
保育士の方も時間に余裕があれば、子どもを観察し、ゆとりを持って保育ができます。子どもと向き合う時間を増やすことが、優秀な保育士の潜在力を活かすことになるのです。まわりが、保育士の方のやりやすい環境を整えることが求められるわけです。保育士の給料は、一般の給料より安く、労働環境は厳しいものがあります。保育士の仕事は過酷ですが、楽しい面もあります。保護者には、保育士の方が余裕を持てるような配慮が求められます。保育園に子どもをあずけっぱなしにするのではなく、余裕がある時には子どもを休ませる配慮も必要です。優秀な保育士の方は、子どもが少なくなれば、余裕ができます。ある意味、思う存分自分の能力が発揮できる状態になるわけです。そんな機会が増えれば、保育士としての能力を高める機会が増えることになります。良い保育所は、良い保育士だけで成り立つわけではありません。保護者が、子どもの保育の中心に位置し、それを支援する保育士がいるという形になります。良い料理人は、良いお客と切磁琢磨して腕を磨いていきます。同じように、子どもの成長には、親と保育士の切磋琢磨も必要になります。保育士のスキルを向上させるような仕組みが、保育園にあることが重要になります。そして、保護者がそれを支援する仕組みも大切です。親と話し合う中で、保育士の方は良いスキルを増やしていきます。お互いのコミュニケーションが、大事になります。その積み重ねも、より大切になります。子ども達が、自由に遊んだり学んだりする時間の確保が求められています。多様な子どもの行動様式を容認する姿勢を、保育士の方たちは備えています。保護者や保育士、そして職員など多くの目で子どもを見守る環境ができていれば理想です
一つの事例があります。将棋や碁は、子どもの非認知能力を高めるツールとして認知されてきました。この保育士さんは将棋が、少しできました。子ども達の相手をすると、子ども達は喜んで将棋盤を囲みます。そこで、面白いことがありました。それは、子ども同士で助言や教え合う光景です。将棋や囲碁では、助言が禁止されています。でも、最近の新しい流れからは、この教え合うことに有意義な面もあることが分かってきました。チェスの世界王者と、アマチュアでチェスに詳しい人や詳しくない人の連合チームによる対抗戦が行われたのです。24時間の間に専用のネットで、この手を指すとどういう盤面の展開になるかの予測に基づき、意見交換がなされた上で指されました。50手ぐらいまでは、両者譲らず五分五分でした。62手目でようやく王者が辛勝したのです。チェスの王者とワールドチームの対戦は、天才対集合知の試合でした。ここでの子ども達の助言や教え合いは、この集合知の萌芽の様に思えまたと、その保育士は笑顔で話していました。もう一つ、感心したことがあるそうです。彼はいろいろな将棋の遊びを知っていました。将棋はもちろん、将棋倒し(ドミノ倒し)、将棋崩しなどでした。将棋のゲームは、いろいろな駒の組み合わせを考えるために、脳を使うことになります。将棋倒しは、駒がスムーズに倒れやすくするために並べることに、頭と指先を使います。将棋崩しは、将棋の駒を山積みにして、音を立てないように取り合う指先を使うアクションゲームになります。子どもたちは、頭と指を使う遊びを行っていることが分かりました。頭と指は、密接に関係しています。文字を覚える場合、単に読むより、指を使って書いたほうが理解は深まります。その指を使う下地を、将棋などの遊びを通して身に付けているのかもしれません。保育士の彼は、子ども達の状況に合わせて、遊びを進化させていたわけです。こんな保育士の方が多い保育園は、子どもの成長を上手に支援するので、人気がでることでしょう。
最後になりますが、 人工知能(AI)が既存の職業分野に進出していく流れは、多くの専門家が認めています。その中で、幼稚園や保育園の内容は、AIがもっとも進出の困難な分野といわれています。子どもは、多様な行動を取ります。子どもの多様な行動と変化は、AIでも把握と分析が困難と言われています。乳幼児は、聞くこと、見ること、触れることを同時に行いながら多くの能力を発達させていきます。乳幼児と接する保育士の職業は、一筋縄ではいかないスキルの上に成り立っているのです。子どものやる気を起こさせる言葉の選択も、保育士のかたのスキルになります。子ども達の成長発達が優れている保育園は、競争率が激しくなります。戦後の日本は、食糧不足に悩みました。食糧不足をすぐに乗り越えて、コメを大量に作ることに成功しました。コメを大量生産の成功の次は、美味しいコメを望むようになりました。現在、人々の関心はカロリーオフの食糧に向かっています。一つの要求が克服されると、次の要求が出てくることは、世の習いです。競争率の高い保育園への希望者にとって、この保育園のハードルが高くなります。ハードルの高い保育をさらによりよくするという欲張った発想も、これからは必要になるようです。そのためには、保育園のスタッフの方が子どもを支援しやすい環境を保護者も地域も、行政も整えていくことが求められているようです。