ウクライナ軍は、2025年6月1日にロシア空軍基地への大規模なドローンを攻撃しました。この「クモの巣」と名付けた作戦には計117機のドローンが投入されました。「クモの巣」作戦は、ロシア国内の4カ所の軍用飛行場を同時に攻撃したのです。117機の製造費用は、計2億円程度にとどまり、ロシア側に与えた損害はその5000倍に上る1兆円との推計があります。ロシアが保有する戦略爆機の3分の1が、この作戦で失われたのです。作戦では、大型トラックの荷台に攻撃ドローンを隠し、各地の空軍基地近くに配置しました。そこからの攻撃になります。今回の攻撃の革新性は、ドローン部隊そのものをロシアの国土奥深くまで潜入させたことにあります。ロシア空軍基地への大規模なドローンを攻撃は、世界各の安全保障当局者に衝撃を与えています。このドローンを攻撃により、各国は安保戦略の練り直しを迫られているのです。世界の大半の軍事施設は、同種のドローン攻撃に脆弱なのが実態なのです。軍事施設だけではなく、原発やデータセンターなどを攻撃しようとすれば、容易に標的になることが知らされたとも言えます。
2022年から続くロシアのウクライナ侵略は、軍事技術に変化(進化)をもたらしています。ウクライナ軍がロシア軍に与えている損害の8割が、ドローン攻撃によるものだと明らかになりました。ウクライナ国防省によると、 2024年には、200以上の国内企業が計150万機を生産しました。これは、5000機前後だった2022年の300倍になります。2022年の開戦当初は、ドローンやその部品を輸入に頼っていました。戦況の進展により、急ピッチで自前の生産体制を整備していきました。その結果として、ウクライナは、戦闘機やヘリを撃墜できる海上ドローンやAI搭載型のドローンなどの開発にも成功しています。ドローン機体だけでなく、ドローンパイロットも重要な役割を担います。ウクライナ軍が前線の部隊に配置したドローンパイロトは、数万人規模になります。ドローンパイロットは、実戦経験を通じて急速に練度を上げています。これらのパイロットは、ジャミングや防空レーダーの回避など実戦経験を蓄積しています。豊富な要員が、多様な作戦に従事しています。多様な実戦を知るウクライナのドローン部隊の強さは、世界最強レベルにあります。
古来、軍隊は地上戦の戦術や戦略の作成に多くの時間をかけてきました。空中戦の戦術は、高度に専門化した人達のサークル内で行われてきたのです。この空中戦術が庶民のレベルまで降りてきたことを、最近のテロ攻撃は示しています。少数の専門家の知恵よりも、庶民から専門家までの知恵を集めた集合知が、優位になる場合があります。地上戦で使われていた地図とまるで整合性のない地図が、ドローン戦術では使用されます。新兵器は、導入、優位、対抗という3段階プロセスを経て効力の「限界点」を迎える流れになります。たとえばドローンの場合、第一段階は斬新であるため、使い方がわからず、配備される数もきわめて少ない状況にありました。第二段階では、配備数が増えてきて、実際に使われるようになります。この第二段階の間、ドローンの新しい機能は優位性を発揮されます。第三段階になると、相手もドローンの機能や戦術を削ぐための研究を進め、やがて「「普通の兵器」となっていく流れになるわけです。一般的に軍事技術は、すでにある技術に一工夫を加えながら使用されることが多いようです。ドローンは、「歴史を変える」兵器のひとつといわれています。その理由は、すでにある部品から、低コストで作ることができるからです。ある意味、117機の製造費2億円で、ロシアの虎の子(戦略爆機)の3分の1に損害を与えたことが証明になるかもしれません。
ドローンの先進国は、中国になります。その中国のドローン企業では、DJI社が有名です。DJIは中国広東省深圳にある会社で、民生用ドローンおよびその関連機器の製造会社になります。このDJI製の価格が約8万円のマビック・エアー2が、どのような部品で作られているのか調べてみた会社があります。約230種類ある部品のうち、8割が一般電化製品の部品を使っていたのです。ドローンで使われている1枚の基板には、制御や通信半導体やセンサーなど大小10個の半導体部品が高密度で実装されています。分解した機種のマビック・エアー2には、この基板に多くのアメリカ製部品が使われていました。このドローンの部品価格の原価は、14000円で、原価率は20%でした。1000円を超える高価な部品はバッテリーとカメラくらいにとどめているのです。DJIのドローンの初期は、機体も飛行制御も未熟でした。でも、3年ほどで見違える性能と操縦技術が向上しました。部品の組み合わせとソフト技術の向上で、性能を飛躍的に高めてきたわけです。ウクライナ戦争は、この中国の製品より加速度的に機体も操縦も向上しています。
ドローンの軍事利用は、従来の戦争の概念を大きく変えつつあります。ウクライナは、ドローンや関連部品の内製化を一気に進めました。ウクライナでは、ドローンを通じて兵器をネット通販のように調達するシステムを導入しています。ロシアも、いくつかの国と協力し、技術を導入、生産数を増加させています。ドローンの普及に対抗するため、各国はドローン防衛技術の開発を進めています。このドローン技術の開発と並行して、その脅威に対抗するための防衛戦略も進化させています。その防衛戦略には、ドローンのサプライチェーンに関することがあります。各国はドローンの製造において、仮想敵国に依存しない供給網を急いでいます。有事の際に敵国に部品供給を止められれば、戦闘の継続自体が難しくなります。台湾は中国の脅威に対抗するため、ドローンのサプライチェーン構築を推進しています。台湾は2028年までに、年間18万機の生産能力確保を目標としています。ロシアを支援する中国は、ドローンや関連部品で大きなシェアを持っています。欧米や日本では、中国からの輸入に頼らないサプライチェーン構築を加速化させているようです。
復習になりますが、2022年のウクライナ戦争開戦当初、ドローンは戦闘における補完的な存在だとみなされてきました。戦闘が激化する中で、ロシアとウクライナ双方とも偵察や攻撃面でのドローンの重要性を認識するになります。特に、ウクライナは装備面での劣勢を補おうといち早く生産基盤の整備に動いています。自爆ドローンは、砲弾よりもはるかに命中率が高く安価というメリットがありました。さらに、偵察ドローンで敵の位置報がリアルタイムで把握できれば、精度の高い効果的な砲撃が可能になったのです。ドローンは、相手の継戦能力をそぐためのインフラ攻撃にも投入されています。攻撃が進化すれば、防御も進化します。ドローンを防御する主な手段となったのが、電波妨害です。その電波妨害を回避する技術も急速に進歩していきます。電波妨害に比較的強いアナログ通信が、ドローンに付与され、活躍の場を広げていきます。それは、妨害電波の影響を受けない有線の光ファイバードローンの台頭になります。ドローンの進化だけでなく、ドローンを扱う兵士の能力も格段に向上していきます。ウクライナでは、1人の操縦士が1日に50機以上のドローンを操縦し、敵の目標を攻撃しています。ドローン操搬士は、実戦経験を通じて急速にスキルを上げています。ドローン操縦士は、1年程度で攻撃の成功率を50%以上も向上させた操縦士も少なくないようです。ウクライナとロシアの双方は、ドローンの操縦士の育成を急いでいます。ロシアは2030年までに、ドローン操縦士を100万人育成する計画を掲げています。より具体的には、日本の中学生にあたる生徒向けの教育カリキュラムに、ドローン操縦を組み込んでいるのです。
最後になりますが、ドローンの種類も多様になっています。偵察、攻撃、兵器運搬など、多岐にわたる用途で活用さています。従来の偵察機に比べて安価で、リスクも低いため、広範囲な監視活動に利用されています。ドローンはリアルタイムで敵の位置情報を把握し高精度の砲撃を支援します。AIを搭載したドローンは、自律飛行や標的の自動識別を行いより高度な作戦を支援しています。搭載カメラの画像データで自律飛行し、標的を自動識別するAIドローンの開発も実現しています。この優れたドローンの能力を、民生に生かすことがこれからの選択肢になります。戦争は、お金を失いますが、農業はお金を作ることができます。一般に、農業には、播種、施肥、農薬散布、収穫などの作業があります。ウクライナのAIドローンを少し改良すれば、自動で播種、施肥、農薬散布を行うことが可能です。1人のパイロットが50機のドローンを使って、50枚の田畑を同時に「播種、施肥、農薬散布」を行うことも可能になるかもしれません。ドローンの操縦士も数多く養成されています。ドローンの行う作業は、人手よりも格安に実現します。戦争で失ったものを、戦争で進化したドローンで少しでも取り戻す工夫もこれからの課題になります。