選手のセカンドライフの充実は大切です  アイデア広場 その1687

 選手の第二の人生(セカンドライフ)がしっかりしていれば、プロスポーツであれ企業スポーツであれ、この世界に挑戦する選手(アスリート)が増えます。第二の人生を支援する基盤づくりできていれば、日本スポーツのレベルの底上げをすることができます。プロへの挑戦に失敗した場合でも、セカンドライフが安心してできる基盤を作っておくことが求められます。これらの要望に対して、各スポーツ組織では徐々に取り組み始めています。スポーツの世界もオープンになり、情報がすぐに手に入るようになってきました。外国のスポーツ情報も入るようになりました。アメリカの大学スポーツは、単なる勝ち負けではなく学業を優先した上での取り組みを行っていることを知ります。もちろん、アメリカの大学におけるクラブの様子も分かるようになりつつあります。スポーツ選手のお金への意識も、変わりつつあります。ある大学サッカー部では、資産運用講座を開くケースも出てきています。現役中は競技に集中し、お金のことを考えるのは引退前後からという選手も多い状況がありました。でも今は、NISAの普及などを機に早くから資産運用を始める選手も増えています。今回は、選手の安心できるセカンドライフを考えてみました。

 大谷選手や八村塁選手の活躍は華々しいのですが、巨額年俸を手にできるのは一握りの選手になります。プロや企業で活躍する選手でも、その9割がお金に不安を抱えるという調査もあります。資産管理ができていると答えたのは、4割ほどにとどまっています。不安があれば、それを解消する企業が優位に選手を集めることができます。ラグビーチームの浦安D-Rocksは、そんな企業の1つになります。浦安D-Rocksは、現役の社員選手とOBを対象にしたセカンドキャリア教育を始めたのです。現役社員選手への教育は、オフシーズンの6~7月に行われます。今シーズン引退する選手には、現役選手の後の7~12月まで継続して支援する流れです。キャリアコンサルタントによる面談などを通じて、理想の将来像を考えて準備を進めます。教える側は、選手の潜在力を高く評価しているようです。厳しい競争のなかで課題に向き合って、課題を解決してきたという選手の潜在能力の高さを評価しているわけです。課題解決で培ってきたスポーツスキルは、ビジネスの場でも生かせると考えているようです。最も、社員選手が企業人としても活躍できることを対外的に示すモデルにしたいという狙いもあるようです。狙いは狙いとして、活躍できることを示すことができれば、有力な選手の採用につながる可能性が高くなります。

 2024年度(令和5年度)の高校野球の部員数は約13万人になります。ほぼ各学年4万人が活動しています。そこで甲子園に出て、プロに入る選手は毎年100人程度です。プロ野球選手の平均引退年齢は29歳です。ちなみに、Jリーガーは、もっと短く25歳といわれています。これらのプロの頂点に挑戦する卵達は、中学や高校の部活動を行う中で切磋琢磨しているわけです。でも、13万人いる野球部員が、すべてプロに進めるわけではありません。進めない部員は、大学や企業に進んで、新しい進路を開拓することになります。問題は、新しい進路に適応できない優秀な選手が出てきていることなのです。この対策を比較的上手にやっている国が、アメリカになります。アメリカで人気のあるアメリカンフットボールの選手は、高校で100万人、大学では5万6千人、さらにプロではわずかに250人になります。でも、この250人だけがアメリカ社会における勝者ではないのです。アメリカの大学スポーツでは、文武両道を義務づけられており、いかなる分野においても活躍できる人材を育成しています。試験で一定の点数を取らなければ、部活動を行うことができないルールが守られています。練習時間も決められています。これは、大学スポーツはすべて公平な練習時間の中で闘うことを目指しているからです。100万人の選手が、最終的には全員が成功者になるように、大学やクラブの指導者が支援していることになります。日本は、この面で少し遅れを取っていました。でも、少しずつ遅れを取り戻す仕組みができつつあるようです。

 遅れを取り戻す努力が、企業と選手の両方から出てきています。その一つが、放送権からの収益を目指す動きです。NBAは全米バスケットボール協会で、MLBはメジャーリーグベースボールになり、NCAAは全米大学体育協会になります。このNCAAの1部校は、良いスタッフ、専用のスタジアムやアリーナなど充実していいます。米国では、学生スポーツは人気があります。大学フットボールやバスケットボールのテレビ放映権は、日本では考えられないような金額になっています。NCAA(全米大学体育協会)とトップアスリートを擁する大学は、プロに匹敵する稼ぎを生み出しているのです。たとえば、2019年のMLBの総収益は107億ドル(約1兆5700億円)でした。その2019年のNCAAの総収益は、MLB を上回る158億ドル(約2兆3200億円)でした。一方、選手側には不満がありました。選手達は、莫大な利益を上げています。でも、その利益が選手たちに還元されていないのです。NCAAはアマチュアリズムを盾として、選手への利益の分配を拒否してきました。でも、時代はアマチュアリズムを変えつつあります。2000年代の後半から、かつてのアスリートらが訴えを起こすと、立て続けにNCAAが敗訴する事態になりました。肖像の利用によって、利益を得ることを阻止してはならないという法律が成立しました。学生アスリートが、肖像などを活用して利益を得ることが認められていることになったわけです。選手個人の能力により、競技力が正当に評価される時代が開けてきたわけです。

 一方で、まだまだ選手に不利な状況も続いています。スポーツは、勝つことが一つの目的になります。でも、勝ちのメリットにこだわりすぎると、その対極にあるマイナス面が思わぬ形で出てくることがあります。1995年に、イングランドのプロサッカー選手に実施された調査があります。70%の選手が、故障や体調不良があっても試合に出るよう指示されたと答えているのです。痛みを押して試合に出ることを続ければ、軽い故障でも重症化していく危険があります。痛みを押して試合に出るようにコーチや監督、雇用主から要求されることも少なくないのです。長い目で見た選手の健康より、今日の勝利のほうが大事という管理者の存在もあります。この風潮は、クラブの管理者だけの意向ではありません。選手が痛みと故障に耐えて試合に出ることが、当たり前のように、観客からも支持されることが多いのです。プロのアスリートは、痛みを押してプレーすることを多くの人々から公認されるわけです。ケガを押してプレーする行為で生じる健康リスクが、排除される流れがあります。ある意味で、ケガを押してプレーすることが正当化されるスポーツクラブもあるわけです。スポーツ医学が選手の健康を守り、能力を最大限に発揮できるように努力している一方で、スポーツの職場では、医療拒否という場面も生じていることになります。これを別の視点から見ると、クラブや企業スポーツが、勝ちにこだわるあまり、選手の健康や生活をないがしろにしていると見られかねません。このようなクラブや企業は、現在では非難の対象になっています。MLBでは、ダルビッシュ選手や佐々木投手などのケガに対して、十分なケアの姿勢を示しています。これは、ある面で選手の活躍を引き出し、ファンの好意を獲得しているようです。

 余談ですが、日本の企業には、3年間一つのことをやってきた実績を評価する姿勢がありました。部活動を行ってきた生徒は、コミュニケーション能力や人柄が良いと評価されます。もちろん、上下関係や礼儀作法も心得ています。部活動を行ってきた生徒は、会社で教育すれば、ものになるという考えがあったのです。監督は部員の進学や就職を心配することなく、部員の競技能力を高めることに専心できる環境が内外に整備されていたわけです。良い監督の下には、良い選手が集まり、良い成績を上げていくシステムができていました。以前の部活動は、監督と企業の利害が一致していたともいえます。もちろん、大学スポーツとのコネクションもできていました。このシステムが、少しずつ変化してきているのです。3年間部活動に打ち込んできた生徒は、困難に打ち勝つと見なされていました。企業で教育すれば、成長するとみていました。事実、その方式は日本の産業を栄えさせていったわけです。でも、以前の企業戦士では、世界のビジネスに立ち向かうことができない状況が生まれつつあります。そして、最近では会社で新入社員を初歩から教える余裕もなくなってきているのです。企業文化の変化は、選手のセカンドライフにも変調をもたらしてきたのです。

  最後になりますが、日本のスポーツ産業は、成長を続けています。6兆円から8兆円産業になり、さらに15兆円産業をめざそうとしています。優れた選手達が、この成長を牽引していくことは間違いないでしょう。高く華麗な技術は、観客を満足させます。観客の満足は、テレビの視聴率を上げ、競技場への来場者を増加させます。視聴率が上がれば、スポンサー収入が増えます。放映権も高めに設定できます。入場者が増えれば、入場料は増え、オリジナルグッズの販売収入も増えます。観客の増加は、企業のスポーツ経営を安定したものするわけです。この安定や繁栄の牽引者である選手が現役を引退したときに、第二の人生がどうなるかが課題になっています。アスリートに対し、チームや所属会社が、セカンドライフの学習の場を提供することも課題解決の1つの支援になります。ある資産コンサルティング会社は、引退後にお金で困らないように資産管理を代行しています。この会社は、プロ野球選手は2500万円の契約金の30%を運用に回し、3年間で約200万円の利益を上げたそうです。選手のセカンドライフを充実する支援を、選手を抱える企業は充実していくことが望まれます。

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