小泉郵政民営化改革は、失敗でした。国鉄民営化や電電公社の民営化に比較すれば、その低い業績は明らかです。でも、失敗は誰にでも起きるものです。失敗を糧に、少しでも良い方向にもっていく知恵も必要です。今回は、ほんの少し失敗を良い方向に利用する工夫を考えてみました。民営化法は第1条で「民間に委ねることが可能なものはできる限りこれに委ね、より自由で活力ある経済社会の実現に資する」とうたっています。小泉郵政民営化改革は、この主旨にそって行われて来ました。稼ぎ頭のゆうちょ銀行とかんぽ生命保険は、売却を前提に改革は進められてきました。でも、この株式の売却義務は、2012年の法改正で明確な期限のない努力規定に変わりました。さらに、2019年度からは、両社が郵便局の維持を支援する新制度が始まりました。改革以後、稼ぎ頭の金融2社を、郵政グループに縛りつける揺り戻しが進んだのです。商品販売を担う郵便局には、企業間の契約で払っていた手数料があります。この手数料と、あわせて年3000億円程度が独立行政法人を介する法的な交付金になりました。さらに、政府が保有する郵政株の配当金から年650億円を拠出して、郵便局綱の維持する政策が推し進められています。民営化法の理念と現実のズレは、どんどん大きくなってきています。
2025年10月で、郵政民営化法の公布から20年となります。郵便配達という祖業の郵便事業は、急速に低下しています。手紙などの配達数は、過去20年でほぼ半分の125億通まで減少しています。これとは反対に、荷物の宅配(ゆうパック)はインターネット通販の普及などで、大きく伸びた分野でした。でも、ここにも問題が起きました。完全子会社の日本郵便が運転手への点呼の不備で、運送許可の取り消しの行政処分を受けたのです。サービスを続けるには、外部の手に頼らざるを得なくなりました。結果として、日本郵便は2025年3月期に42億円の最終赤字を計上するまでになりました。公費による支えがなければ、郵便事業の維持さえ難しくなりつつあるのです。自民、公明、国民民主などは、年約650億円を拠出する民営化改正法案を2025年の通常国会に提出しました。これは、郵便局網の維持に国が関与する姿勢を示したものです。日本郵政の目的は、サービスの向上や経済の活性化でした。でも、一連のながれは、時代と逆行する流れに戻ってきたようです。
日本郵政の稼ぎの大半は、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の金融子会社2社に依存しています。国内の事業では、金融2社以外、他にめぼしいもうけがない状況にあります。民営化法は、当初、両社の全株売却を義務づけていました。民営化以前は、ゆうちょや簡易保険のお金を国が道路整備などの公的資金に充てる仕組みがありました。これをやめて、このお金を民間に流す目的でした。郵政グループは、新たな収益を開拓し、自立することになっていました。ところが、新しい収益源を見つけることができなかったのです。成長の種を探す投資が、失敗を続けたのです。その失敗の1つは、国際物流でした。2015年に傘下に収めた豪トール・ホールディングスは、4000億円の巨額の減損処理に終わりました。また、期待の高かった不動産は一時浮上した野村不動産ホールディングスの買収が破談に終わっています。大型案件で唯一の例外は、2018年の米アフラック・インコーポレーテッドへの出資になります。ある意味、収益が海外投資のリターン頼みという状況になっています。人口減で停滞する日本経済の中では、まだ収益を上げる状況には至っていないようです。
外国の事情を見ると、日本とは違う方向に動いています。デンマークは、この四半世紀で手紙の取扱量が9割以上減りました。デンマークはポストではなく、スーパーなどに設置したボックスに手紙を出すのが主流になっています。この国の首都コペンハーゲンでは、公的書類も含めて郵便を利用する機会がほとんどありません。この街中からは、赤いポスト次々に姿を消しているのです。デンマークは2024年1月返法を改正し、「ユニバーサルサービス」の義務を廃止しました。この法改正により、赤いポストが次々に姿を消していることに、住民の間には驚きや抵抗はありませんでした。使用しないものが無くなっても、問題はないと受け取っています。ドイツは、2024年の法改正で配達日数を緩和するなどサービスの水準を引き下げました。ドイツは1995年に民営化した郵便会社が、年内に8000人の人員を削減する計画です。オランダや英国、スイス、フィンランドなどでも、配達基準を引き下げる動きが相次いでいます。デジタル化による郵便需要の減少は、先進各国に共通します。郵便需要の減少に伴い、その対策を各国が合理的に行っている姿が垣間見えます。
日本は、人口の減少や都市化による人口の集中といった流れから、地方から企業が撤退する傾向があります。地域に根を張る金融機関も、店舗を減らし合理化を進めています。信用金庫や信用組合、農協といった地域に根を張る金融機関も、店舗を減らしている現状があるのです。そんな中で、郵便局は撤退をおこなっていません。これには、理由があります。郵便は、全国一律で提供する「ユニバーサルサービス」の定めがあるからです。このユニバーサルサービスは、デンマークの事例でも分かるように、不合理な制度になりつつあります。ある専門家は、これが必ずしも全国にある郵便局の維持を意味しないと言います。すでに、情報の伝達や金融サービスだけならば、スマホで十分に満たすことができます。郵便局の維持と情報の伝達や金融サービスは、分けて処理する問題だと言うわけです。政府は、全国区にある郵便局を存続させることを優先しています。現在、約400自治体が何らかの事務を郵便局に託している状況にあります。この委託から、収入が生まれます。でも、過疎地の郵便局は、業務受託による稼ぎだけで、郵便局網を保つ費用ができるのかという疑問があります。郵便局を、このまま維持するのは不可能だという声が大勢を占めています。硬直的な全国一律の「ユニバーサルサービス」の存続には、疑問が付きまといます。
余談ですが、スイスのある村役場の施設には、学校のほか企業の入るテナントや広場に面したカフェもあります。村は、村長を含めて職員がパートタイムで働いています。テナントとして入っているコンビニは、午前中のみの営業なのです。スイスのある村役場は、多くの機能を兼ねています。図書館は、週に一度オープンするだけです。多目的室では、村議会が開かれ9人の議員が集まって議論が行われます。役場で働く公務員も、基本的に4年任期の自由契約制で、賞与や昇給はないのです。彼らも、農業や観光業の副業を持ち、農道や林道の改修や除雪の作業を行うことで、世界一の収入を得ているわけです。消防などの防火対策は、消防署や州警察署の派出所、15歳までの児童生徒を含めた住民による消防団を組織して、災害に備えています。住民全体で、災害に対処する仕組みができているわけです。面白い仕組みは、バスの運用です。バスは全土で運行していますが、山村では郵便物の集配と併せ、高齢者の安否確認も行われているのです。バスの運用に関わらず、一つのことが二つに関わり、二つのことが四つに関わると言う関係ができているようです。要は、1人何役もこなす仕組みができているとも言えます。全国の適所にある郵便局が、スイスの役場のような多様性を持つようになれば、稼げる郵便局になれるかもしれません。
最後になりますが、青森県内を走る津軽線の油川駅には、JR東とJP (日本郵便 )ロゴが並んでいます。利用者の減少で無人となっていた駅舎にこの3月、隣にあった郵便局が移転開業しました。7月末、駅舎ではお中元の注文にきたという70代の女性が涼んでいました。「お金をおろしたり、荷物の配送を頼んだりするついでに手続きができる」という利便性を堪能しているようです。無人駅とは異なり,空調などの管理も行き届き地域住民の利便性は増したようです。人口減が進む地方では、公的機関も撤退が進みます。国鉄を民営化したJRも、無人駅が増えています。そんな中でのこのようなサービスは、住民の支持を得ているようです。ここから、少し発想を飛躍させます。無人駅には、利用されていない広い土地や建物があります。この利用権を郵便局長兼駅長は、給料をもらわない条件で、獲得できるようにします。ビジネス感覚のある方は、広い土地、町の一等地、確実な交通量、人々の往来という条件から、ビジネスチャンスを考え出すことでしょう。広い土地があれば、太陽光発電施設を作れます。そこから確実に、利益を上げることが可能です。自動化された植物工場を建て、野菜の販売を駅で行うことも可能です。多く作れば、貨車で大都市の運ぶこともできるでしょう。駅前に朝市を開いて、住民の方に便宜を図ることも可能です。コンビニをテナントとして入れることも可能でしょう。図書館の設置も可能でしょう。通勤電車を利用する共働きをターゲットにした保育所を開設することも可能でしょう。郵便局と無人駅を有効利用し、趣味を満足させ、ビジネスで稼ぐことができればハッピーになれます。