陸上養殖と天然魚の両取を狙う アイデア広場 その1604

 日本は、漁業大国でした。それを支えていたのは、三陸の漁場でした。この海域は、暖流の日本海流と寒流のリマン海流(オホーツク海流)がぶつかり潮目を作ることでも有名です。魚は、プランクトンを食べて育ちます。プランクトンのたくさん育つ海域が、魚の集まる場所になります。植物プランクトンや海藻類は、太陽光を浴びながらリンや窒素などの栄養塩を吸収して育ちます。これらの海の植物は、太陽光を浴びて光合成をする際に、鉄がないと葉緑素を十分につくれません。海藻やプランクトンの生育には、鉄分が欠かせないということです。海に流れ込む鉄(フルボ酸鉄)の源は、森林から流れ出る河川になります。森林から流れ出す地上の鉄分が、海の生物の成長に深くかかわっています。この鉄は、フルボ酸鉄となって海に運ばれます。フルボ酸鉄は河川を通して海へ運ばれ、植物プランクンに取り込まれるわけです。三陸の漁場の場合、フルボ酸鉄はロシアのアムール川からオホーツク海へ、そして海流に乗り三陸沖に運ばれてきます。このフルボ酸鉄が、三陸の豊かな漁場を作り出していました。さらに有利な点は、東北の遅い雪解け水が、豊富な栄養分を海に運び込みました。それらの栄養素が、重茂のワカメや松島のカキ貝、そして豊富な魚を育てることになりました。この豊かな漁場に、温暖化による天然魚の漁獲量の減少が現れ始めています。

 世界の天然魚と養殖魚の生産量は、2億トンとなっています。養殖魚の生産量は、1億1千万トンを超え、その存在感を増しています。海洋から捕獲する天然物が減少する中で、養殖魚の存在感が増しているわけです。世界のサーモンなどの養殖量は、350万トンと10年で約1.5倍に増えました。現時点では、自然環境に左右されやすい海面養殖が主流になっています。この海面養殖には、リスクが伴います。欧州を中心に、海面養殖の餌や排泄物による汚染が問題となっています。養殖には、海面養殖と陸上養殖があります。輸入価格の高騰を受けて、日本においては、全国各地で陸上養殖に取り組む組織や企業が増えているのです。陸上養殖は、海水を使わないので魚の病気の防疫対策がしやすいメリットがあります。海面養殖の場合、期間が長いほど自然災害や病気のリスクが高まります。陸上養殖では水温や酸素量の環境条件を一定に保てば、夏場も安定した出荷が可能なります。陸上養殖のサーモンは、通年出荷が可能になり、安定した供給ができる利点があるわけです。陸上養殖事業が軌道に乗れば、サーモンなどの高付加価値のある魚の安定供給が期待できるようになります。海洋の変化に対応できるメリットを生かして、海面養殖から陸上養殖に移行する流れはこれからも増えていくようです。

 陸上養殖は、日本近海から減る天然魚や適地が限られる沿岸養殖より安定して生産できます。このメリットに惹かれて、陸上養殖に取り組む企業が増えているのです。この養殖に取り組む企業は、2024年1月時点での参入企業は660社超になりました。陸上養殖には、「いけす」の水をろ過して循環する「閉鎖循環式」があります。その一つの東海大の方式は、一定温度の海水が通年流れる中で魚を飼育していきます。この方式は、きめ細かい砂の層を通過した海水が無酸素になります。海水が無酸素になり、細菌や寄生虫が生息できない状態になるわけです。この方式は、下水処理などで利用される技術になります。この技術が、養殖に利用できる水準までろ過することが可能になったのです。メリットがある一方で、課題もあります。陸上養殖の普及に向けた最大の課題は、コストになります。養殖コストの7割が、餌代という現実があります。さらに、海上養殖と比べると、養殖プラントの初期投資と水の循環に使う電気代など維持費がかかります。養殖の餌に使う魚を、餌魚といいます。餌魚の取れる場所と魚種は、ペルーのカタクチイワシ漁やヨーロッパのニシン漁が有名です。イワシなどを細かく砕いて、丸めた魚粉などが餌の主体になります。もう一つは、油を絞ったあとの大豆かす(大豆ミール)になります。問題は、これらの飼料が値上がりしていることなのです。餌代を抑えながら、魚を大きくし、市場の求める品質の魚を出荷することも課題になります。現在は、飼料の安定的な確保が、養殖業の生命線になっているとも言えます。

 陸上養殖のメリットには、複合生産があります。現在は、農水産物の自給率の向上が叫ばれています。そのためには肥料の確保や節約が、政策の課題になっています。この課題を、上手に解決するモデルができつつあります。岩手県の大船渡市で行われている魚養殖とレタスの水耕栽培のコラボになります。このモデルは、民間の企業3社が「アクアポニックスパークおおふなと」を共同で運営しています。ビニール温室内に設置した円形水槽を5基設置し、チョウザメ1000匹を養値しているのです。チョウザメは、4~5年後に魚肉やキャビアとして2.8トンの出荷を想定しています。チョウザメを含めた年間売上高として、4000万円から1億5000万円を見込んでいるようです。このモデルで注目すべき点は、循環型農法です。循環型農法は、水を循環させて魚の養殖と水耕栽培を同時に行う仕組みなります。チョウザメ1000匹を養殖しており、水耕栽培設備ではリーフレタスなど5品種を育てています。養殖しているチョウザメの排せつ物を処理して、水耕栽培の肥料に利用していのです。アクアポニックス施設では、水槽の魚の排せつ物をバクテリアで植物の栄養素に分解します。栄養素に分解した水を、レタスの肥料などとして利用する仕組みです。レタスを化学肥料や農薬を使わずに水耕栽培しています。水をレタスの肥料などとして利用することで、水を浄化し、再び魚の水槽に戻す循環型農法を行っているわけです。水耕栽培で生産したレタスは、日産1500株、年間42トンの生産を目指しています。化学肥料や農薬が不要になり、水も循環させるため、環境への負荷を最小限に抑えられるというものです。

 飼料価格上昇は、養殖魚の事業者にも影響を与えています。養殖の飼料となる魚粉は、7年ぶりの高値水準にあります。そこで、養殖事業者の間では、飼料価格を節約する技術開発が急がれているのです。開発の一つには、飼料の無魚粉化や大豆かすなど代替のたんぱく源の使用などがあります。もう一つの道は、飼料価格を節約するハイブリッド種の開発になります。開発された種に、「タマクエ」があります。これは、日本の高級魚クエと南洋の大型魚タマカイのハタ科同士をかけあわせた種になります。魚を1キロ増やすのに必要な飼料が、どれぐらいかを示す数値を増肉係数といいます。タマクエは、この指数が1~2になります。カンパチなどは、日本国内で盛んに育てられています。カンパチなどの魚種の増肉係数は、2~3になります。この新種は、従来の養殖魚に比べ生産効率がよいことが特徴になります。タマクエは、遺伝子などの配合バランスを調整し、両方の種から「いいとこどり」した魚に仕上げた新種になります。「タマクエ」は、クエより短い 2~3年で出荷でき、エサを節約できます。この魚は飼料を抑えられ、養殖が短期的なので、病気にかかるリスクの軽減が可能になります。親として似た魚種同士をかけあわせ、それぞれの強みを兼ね備えた魚を作る技術開発が進んでいます。生育期間を短くできた他の事例には、近畿大学の「ブリヒラ」なども次々開発されているようです。陸上養殖にはいくつかのメリットがあり、それを伸ばしていくことも選択肢になります。

 見方は変わりますが、海上での天然魚を捕獲する仕組みを作ることも可能のようです。オランダでは、植物工場が規制もなく自由に農作物を作り出しています。あの小さなオランダが、世界第2位の農産物輸出国になります。農業輸出大国と言われるブラジルやロシアよりもその輸出額は多いのです。その立役者は、植物工場です。オランダの植物工場は、徹底した合理化を行っています。この植物工場は、耕作、追肥、種まき、収穫作業において完全自動化を行っているのです。ヨーロッパのドーバー海峡では、太ったアジが漁獲されています。アジに限らず、魚の生育が良い漁場として知られています。その原因は、オランダの肥料になります。肥料が、ドーバー海峡の魚の繁殖を促し、大きく成長させる要因になっているのです。機械化された生産システムには、多くの肥料を使用します。この肥料の残存成分である窒素やリンが、農地から運河を伝わって、ドーバー海峡に流れ込んでくるのです。これが、この海域の植物プランクトンや動物プランクトンの繁殖を促すわけです。これを、アジなどの餌魚が食べるという食物連鎖ができています。この海域全体が、養殖場となっているようです。

 最後になりますが、瀬戸内海の海がきれいになって、久しくなります。でも、兵庫県の養殖ノリが、日本一の座を佐賀県に譲り渡してかなりの年数が過ぎています。海水中の窒素やリンが減少し、貧栄養状態になっているのです。栄養がない状態では、ノリは育たない海になっていたわけです。ノリは、アミノ酸の塊です。成長するためには、窒素が必要不可欠なのです。瀬戸内海には、窒素やリンなどの栄養塩の流入が減少しています。日本は、耕作地が減少しています。河川を通じて田畑の肥料が瀬戸内海に流れこまなくなったのです。オランダとは、逆の現象が生じているわけです。耕作放棄地が増加し、陸から海に化学肥料の窒素やリンが流れ込まなくなっているわけです。高度成長時代は、赤潮などの公害を解決することが第一の課題でした。今の瀬戸内海は、栄養塩のバランスをどうするかが課題になっているのです。この海では、漁場への施肥を独自に注入する方法も必要になります。オランダの様に、植物工場を大々的に建設し、農産物の生産と天然魚の生産産を図ることも面白いかもしれません。瀬戸内海の近くで獲れる関サバや関アジは、高値で取引されています。関サバを獲る地域では、一定の大きさになるまで漁獲を控えるとか、禁漁期間を設けています。瀬戸内海でも、魚を一定の大きさまで育てることです。育てたうえで、付加価値を高めて漁獲する仕組みも選択肢になるかもしれません。

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