世界の4大漁場の一つに、三陸の海が数えられています。この海域は、暖流の日本海流と寒流のリマン海流(オホーツク海流)がぶつかり潮目を作ることでも有名です。魚は、プランクトンを食べて育ちます。プランクトンのたくさん育つ海域が、魚の集まる場所になります。植物プランクトンや海藻類は、太陽光を浴びながらリンや窒素などの栄養塩を吸収して育ちます。これらの海の植物は、太陽光を浴びて光合成をする際に、鉄がないと葉緑素を十分につくれないのです。海藻やプランクトンの生育には、鉄分が欠かせないということです。海に流れ込む川の源は、森林になります。森林から流れ出す地上の鉄分が、海の生物の成長に深くかかわっています。この鉄は、フルボ酸鉄となって海に運ばれます。フルボ酸鉄は河川を通して海へ運ばれ、植物プランクンに取り込まれるわけです。三陸の漁場の場合、フルボ酸鉄はロシアのアムール川からオホーツク海へ、そして海流に乗り三陸沖に運ばれてきます。さらに、東北の遅い雪解け水が、豊富な栄養分を海に運び込みます。それらの栄養素が、重茂のワカメや松島のカキ貝、そして豊富な魚を育てることになります。今の日本とロシアは、緊張関係にあります。でも、状況が落ちつけば、日本の漁師の生活を守るためにも、アムール川流域の森林環境の保全を日露で協力することも大切になります。そこで、今回は天然魚を離れて、陸上養殖の可能性について探ってみました。
世界の天然魚と養殖魚の生産量は、2億トンとなっています。養殖魚の生産量は、1億1千万トンを超え、その存在感を増しています。海洋から捕獲する天然物が減少する中で、養殖魚の存在感が増しているわけです。世界のサーモンなどサケマスの養殖量は、350万トンと10年で約1.5倍に増えました。現時点では、自然環境に左右されやすい海面養殖が主流になっています。この海面養殖には、リスクが伴います。欧州を中心に、海面養殖の餌や排泄物による汚染が問題となっています。養殖には、海面養殖と陸上養殖があります。輸入価格の高騰を受けて、日本においては、全国各地で陸上養殖に取り組む組織や企業が増えているのです。陸上養殖は、海水を使わないので魚の病気の防疫対策がしやすいメリットがあります。海面養殖の場合、期間が長いほど自然災害や病気のリスクが高まります。陸上養殖では水温や酸素量の環境条件を一定に保てば、夏場も安定した出荷が可能なります。陸上養殖のサーモンは、通年出荷が可能になり、安定した供給ができる利点があるわけです。陸上養殖事業が軌道に乗れば、サーモンなどの高付加価値のある魚の安定供給が期待できるようになります。海洋の変化に対応できるメリットを生かして、海面養殖から陸上養殖に移行する流れはこれからも増えていくようです。
陸上養殖には、いくつかのメリットがあります。陸上養殖は、日本近海から減る天然魚や適地が限られる沿岸養殖より安定して生産できます。このメリットに惹かれて、陸上養殖に取り組む企業が増えているのです。この養殖に取り組む企業は、2024年1月時点での参入企業は660社超になりました。陸上養殖には、「いけす」の水をろ過して循環する「閉鎖循環式」があります。その一つの東海大の方式は、一定温度の海水が通年流れる中で魚を飼育していきます。この方式は、きめ細かい砂の層を通過した海水が無酸素になります。海水が無酸素になり、細菌や寄生虫が生息できない状態になるわけです。この方式は、下水処理などで利用される技術になります。この技術が、養殖に利用できる水準までろ過することが可能になったのです。陸上養殖の対象となる魚は、ヒラメ・トラフグ・海ブドウなどの高級魚になります。養殖経営の課題は、「販売価格を引き上げる努力」と「餌料費節約」の2つなるようです。
課題の一つである餌料費節約を、考えてみました。陸上養殖の普及に向けた最大の課題は、コストになります。養殖コストの7割が、餌代という現実があります。さらに、海上養殖と比べると、養殖プラントの初期投資と水の循環に使う電気代など維持費がかかります。養殖の餌に使う魚を、餌魚といいます。餌魚の取れる場所と魚種は、ペルーのカタクチイワシ漁やヨーロッパのニシン漁が有名です。イワシなどを細かく砕いて、丸めた魚粉などが餌の主体になります。もう一つは、油を絞ったあとの大豆かす(大豆ミール)になります。問題は、これらの飼料が値上がりしていることなのです。2022年の魚粉価格は、1キログラムあたり209円と21年に比べて32%も高騰しています。カタクチイワシなどを原料とする養殖飼料の魚粉は、価格が高騰しているというわけです。もちろん、大豆の価格も不安定な動きをしています。魚の養殖で使う飼料の魚粉や大豆かすの輸入価格は、上昇していくことが予想されています。現在、養魚場では生餌のみの利用から各種のペレットへと餌料を転換しつつあります。各養殖業者は、養殖魚の成長に合わせた独自の飼料を開発しています。大豆ミールなども、養殖用の飼料として利用されています。餌代を抑えながら、魚を大きくし、市場の求める品質の魚を出荷することも課題になります。現在は、飼料の安定的な確保が、養殖業には生命線になっているとも言えます。
飼料の確保とゴミ問題を同時に解決する工夫をする企業や自治体があれば、一つのビジネスプランが出てきます。この飼料とゴミ問題解決のヒントが、カナダのバンクーバーにあります。2014年、カナダのバンクーバー市は、すべての野菜廃棄物のリサイクルを義務づける法律を可決しました。カナダのエンテラ社は、野菜の廃棄物を利用する仕掛けを作っていました。この会社は、グローバルな問題である食品廃棄物と飼料不足という2つの課題の解決策を用意していたのです。大量の売れ残り、古くなった野菜やサラダなどを廃棄する大手食料品店がありました。これらの企業は、リサイクルを義務化された条例に苦慮していたわけです。エンテラ社は古い果物、野菜など甘酸っぱい匂いのするゴミの山を有料で受け取り、ミキサーにかけてドロドロのジュースにします。このジュースを、アメリカミズアブの幼虫に食べさせるのです。5 kgのアブの幼虫が、100トンのくず野菜を餌として食べてしまいます。この5kgのアブの幼虫は、6トンの肥料と6トンのタンパク質の豊富な幼虫を作ります。幼虫の糞と蛹の抜け殻が、6トンの肥料になります。アブの糞から作られた肥料は、地元の農家や家庭菜園に利用されています。そして、タンパク質の豊富な幼虫は、養魚場の高品質の飼料になります。廃棄物を有料で受け取り、受け取った野菜で肥料や飼料として販売するビジネスを行っているわけです。
余談ですが、廃棄物の有効利用ということでは、愛媛県愛南町の事例も参考になります。愛南町は、2000年に2万9000人を超えていた人口は現在1万9000人ほどに減少しています。この町は、水産業の盛んな地域です。これらの水産業を生かして、地域のにぎわいを取り戻す試みをしています。その試みの一つに、ガンガゼの有効利用があります。ガンガゼは、 ウニの一種です。殻径が、5~9cmで、ムラサキウニよりもとげが長く、毒がある厄介なウニになります。これが 増えすぎると、海藻がなくなる「磯焼け」を引き起こすのです。ガンガゼを駆除し、それを「ウニッコリー」として高級食材に変えることで、海藻の再生と地域経済の活性化を図っています。ガンガゼは、海域によって身の詰まり具合に差があります。ガンガゼの「有効活用できないか」と考え、2018年から愛媛大学と連携し食用化に取り組んできました。愛南町は、ウニにキャベツを与える先行事例を知りました。これに倣い、町の特産品を利用することを検討しました。試行錯誤の末、たどり着いたのがブロッコリーだったのです。高級食材「ウニッコリー」は、ガンガゼに1力月間、ブロッコリーを与えて養殖します。ガンガゼには、ブロッコリーを1カ月ほど与えることで昧が大きく改善されることが分かりました。昧が大きく改善されることが分かったのですが、後味に気になる点もありました。そこで、ウニッコリーの出荷前の1週間は河内晩柑を与えました。このウニッコリーは、特産品の河内晩柑を出荷前の1週間ほど与えることでさらに改善していったのです。愛南町が爽やかですっきりとした昧に仕上げた商品が、名付けて「ウニッコリー」というわけです。厄介者のガンガゼに、特産であるブロッコリーや河内晩柑の廃棄物を与えることで、地域の活性化を図っているわけです。
最後になりますが、陸上養殖には有利な風も吹いてきています。オーストリアのウィーン医科大学などのチームは、海洋におけるマイクロプラスチックについて発表しました。日本とオーストリア、フインランド、イタリア、オランダ、ポーランド、ロシア、英国の8か国の人が、この調査の対象になりました。33~65歳の計8人の便を分析した結果、微小な「マイクロプラスチック」が、日本を含む8カ国の人全員に含まれていたのです。国に関係なく、全員から大きさが0.05~0.5ミリのマイクロプラスチックが見つかったというわけです。日本人の摂取量は推定で13万個とされ、世界平均を上回っています。人間1人が摂取する量の世界平均は年間最大約5万4千個に上ると推定されています。食べ物や飲み物を通じて、マイクロプラスチックを取り込んだとみられています。動物での研究によると、消化器で吸収されて血管やリンパ管に入り込む可能性があるのです。どれだけ摂取すれば健康に影響が及ぶのかに関して研究は十分進んでおらず、さらなる調査が必要であるとしています。海洋汚染は、これからも進んでいきます。汚染された魚が陸揚げされてきます。でも、陸上養殖であれば、マイクロプラスチックをコントロールすることができます。マイクロプラスチックのない水で養殖ができます。安全という意味では、海洋養殖より優位な立場に立てるわけです。