イチゴケーキは、人気があります。このイチゴは、ケーキ店向けなどで1年を通じて需要が高い果物です。でも、この作物を1年中作ることは、なかなか難しい技術になります。イチゴは、気温が高い期間が続くと花をつけづらくなったり、開花が遅れたりします。そのために、高温を避けて通常は9月以降に苗の植え付けをすることになります。クリスマス需要が高まる12月ごろから出荷が本格化し、翌年の3月にピークを迎えます。2023年の中央卸売市場での取引単価は、出荷最盛期である3月が1k g当たり1379円でした。ピークは、供給が増え、価格が低くなります。12月の価格は、2504円でした。驚くべきことは、10月は3691円と3月の2.7倍にもなっていたのです。2カ月ほど早められる超促成栽培は、高単価で販売できる秋から冬にかけて出荷できるのです。超促成栽培のイチゴは、百貨店の岩田屋本店(福岡市) などの果物専門店にも卸しています。このイチゴは、当初は店頭で1パック(15粒1入り) 1万800円でも売れたのです。上寺いちご園では、通常より2カ月早く収穫を始め、高く売れる時期に出荷する技術を持っています。
「上寺いちご園」は、福岡県のほぼ中央に位置する朝倉市にあり、九州電力(九電)の総合研究所が運営しています。上寺いちご園は、2017年の九州北部豪雨からの復興支援の意味を込めて設立されました。さらに、2019年には、イチゴ栽培実証施設として活動しています。約10アールの広さをもつビニールハウスで、空調を含めて設備をオール電化にしています。暑さに弱いイチゴの植え付けを、通常より2カ月ほど早められる栽培法を開発しました。それは、ヒートポンプを使って、冷やした水を通すチューブを苗の根元に配置します。冷水を流したチューブで、イチゴの根元を冷やし、暑い時期の苗の植え付けを可能にしました。苗の根元の温度の上昇を防ぐことにより、7~8月の植え付けが可能にしたわけです。イチゴが季節を錯覚し、暑い時期でも実を付けるようになりました。ハウス内には、室内の温度や湿度、差し込む光の強さなどを常時計測するセンサーも設置されています。システムが自動で天窓を開けたり、遮光カーテンをかけて環境を制御する仕掛けもあります。環境を制御し、二酸化炭素(C02)や液肥の濃度なども調整する優れものです。オール電化の栽培設備は、環境への配慮という付加価値も評価されているようです。
ヒートポンプの冷房を使用したハウス栽培方式は、九電だけでなく東北電力の研究開発チームによっても開発されています。トマトが異常に値上がりしたのは、昨年のことです。トマトの単価は、通常のもの1キログラム当たり360円ほどです。それが10月中旬時点で、1キログラム1060円にも高騰し、前年同期の2倍になったのです。トマトの価格高騰の原因は、生産の減少になります。大幅に減っている理由は、今夏の高温で実がならないなどのケースが相次いだためです。高温のために、各地で生育不良が発生し、生産が大幅に落ち込んだことが原因になっているのです。東北でのトマトのハウス栽培は、冬から春にかけてと、夏から冬にかけての2回栽培するケースが主流です。夏の高温による被害により、栽培の修正が求められるようになりました。この修正する方式が、東北電力の研究開発チームによって開発されたわけです。研究開発センターでは、ヒートポンプの冷房を使用した方式を作り出しました。チームは、この方式を使用した場合10アール当たりの収入と経費を試算しました。電気を使うヒートポンプ方式は、10アール当たり200万円ほどかかります。でも、従来の重油による方法より3割(約80万円)多い335万円の収益が見込めるとの結果をだしました。この方式は、面白い効果を出しています。夏季の夜間にビニールハウスで冷房を使うことで、糖度の高いトマトを収穫しました。夏の夜に気温が下がらないと、作物は体力を消耗しやすいのです。夏にヒートポンプを稼働させ、ハウス外よりも3度ほど低い温度で育てました。夏から冬にかけての栽培は、夏にヒートポンプを午後9時ごろから翌朝4時ごろに稼働させたのです。冷房を使うことで、糖度の高いトマトを10~12月に収穫することに成功したわけです。一般的なトマトは、糖度が3~5度です。糖度が8~9度になると、価格も1300円ほどに上昇します。さらに、糖度が10度以上になると、同2000円ほどの高価格で取引されるようになります。トマトの実に糖分が凝縮して、10月中旬以降には糖度が8度を上回るトマトを収穫できたというわけです。
市場の要求に応じて、決まった量を適正な時期に届ける農産物供給のシステムは、植物工場になるようです。植物工場の中では、食の安全性が保障されています。天候による出荷の増減もなく、安定的な供給ができるのです。植物工場では、1年中トマトやイチゴを育てて、販売することができます。効率的な植物工場は、同じ農地面積の30倍にも匹敵する割合で収益を上げることができるのです。イチゴやトマトなど商業的に採算の合う作物は、すでに工場から世界のマーケットに出荷されています。利益の出せる人気の野菜は、トマト、レタス、ほうれん草、ピーマン、さや豆、イチゴなどです。消費者は、次々と要求水準を高めていきます。世界の先進都市では、殺虫剤や除草剤を使わない作物栽培を要求するようになりました。人間にも環境にも優しい食材を、強く求めるようになったわけです。大都市に流れこむ食材は大量になり、食品検査のコストが右肩上がりで増加している現実があります。食品安全の観点から、コントロールしやすい作物が求められています。さらに農業生産者の減少により、栽培の各工程で人手を使わず、自動で生産する技術も不可欠になっています。都市近郊の栽培と消費は、生態系の特徴であるクローズドシステムを目指すことになるでしょう。つまり、作物の生産能力と廃棄物ゼロを目指すシステムの構築が望まれるわけです。このような要望に、植物工場は応えていかなければならないようです。
地域に根づく企業が地域の産業を支援するする姿は、共存共栄の美しい姿になります。九電は、野菜の試験栽培などを通じて技術や知見を蓄積してきました。九電の前身にあたる九州配電時代の1946年から、農業化の研究を続けてきていました。オール電化によるイチゴのスマート農業も、この延長線上にある実証事業の一つになります。今回の成功は、3月に新設した「農家向けスマート栽培ハウス」になりました。新設したスマート栽培ハウスは、農家が使うことを念頭に置いた実践的な構造としあります。超促成栽培のメリットは、市場の流通量が少なく、高値で取引される時期に出荷できることになります。超促成栽培によるイチゴの出荷は、今回で3年目になります。総合研究所農業電化グループのグループ長は、「農家の所得向上につながる」と期待しています。九電の担当者は、イチゴの取引状況について「3月に比べ3~4倍の価格がつく」と喜んでいます。スマート栽培ハウス内の温度や湿度などのデータは、タブレット端末で確認できます。タブレット端末を使えば現場の画像や各データも手元で確認できるのです。農家の方には、使いやすい栽培方法になるようです。九電も東電も、地域社会に貢献できる姿勢を示しているようです。もっとも、オール電化の農業が定着すれば、電力会社にとっても嬉しいことです。電力需要が安定すれば、企業の業績向上に繋がることになります。
最後になりますが、農業生産の成功事例を持つ国は、オランダになります。小さなオランダが、世界第2位の農産物輸出国です。輸出量は、10兆円になります。この金額は、中国が輸入する穀物に匹敵する金額になります。農業輸出大国と言われるブラジルやロシアよりもその輸出額は多いのです。そのオランダは、EUの統合前、スペインよりも輸出量がはるかに少ない国でした。でも、EU統合後はトマト生産大国のスペインを追い抜いてしましいました。その立役者は、植物工場です。オランダの植物工場は、徹底した合理化を行っています。この植物工場は、植物に適した温度や湿度を提供し、常に一定の生育速度を保っています。耕作、追肥、種まき、収穫作業において完全自動化を行っているのです。オランダにできて、日本にできないのは、なぜなのか考えてしまいます。日本には、農業技術も資本もあります。なぜなのか。突き詰めていくと65年も前にできた農地法が、邪魔をしていることに突き当たります。農地法は、床をコンクリートにした植物工場を農地とは認めていません。コンクリートの植物工場には、高い固定資産税が適用されます。技術も資本がある企業が、農業に参入できない岩盤規制があるためなのです。2020年12月の新潟県上越市の高田地区では、35年ぶりの記録的な大雪に見舞われました。この大雪で1592棟のビニールハウスに破損や倒壊の被害が出ていました。オランダのように近代工場のようにしっかりした構造ならば、暴風や豪雪で施設が吹き飛ぶことはありません。日本の農業は、ビニールハウスに暖房機を導入して、促成栽培を行っています。化石燃料を、多量に使用する農業ともいえます。ビニールハウスが崩壊すれば、国から支援があります。国の支援は、税金になります。3匹の子豚の家の比較のように、レンガの家にすれば、狼に襲われることもないわけです。ぜひ、日本の農業の現代化のためにも、古い法律を改めて、現代社会に通用する仕組みを導入してほしいものです。