においには、私達を快い気分にしてくれる「香り」ないし「匂い」と、不快にする「臭い」があります。においは、私達を誘ったり遠ざけたり、リラックスさせたり、ストレスを感じさせたりすることが経験的に分かっています。特に、ある「香り」が過去の記憶を一瞬にして蘇らせることがあります。「香り」が引き金になり、フラッシュバックを起こすプルースト効果はよく知られています。「におい」は大脳新皮質を経ないで、感情を支配する扇桃体に直接的に伝わることが分かっています。「におい」は、記憶を支配する海馬領域や感情を支配する扇桃体に直接的に伝わるわけです。一般に、心地よい香りのことをアロマと言います。この心地よいアロマを、有効に利用している介護施設があります。神奈川県内の介護老人保健施設の食堂で、昼間の2時間レモングラスの香りを噴霧する実験を行いました。この実験は、要介護の方たちを対象に、アロマの認知機能への影響を調べるものでした。このレモングラスを匂いで、2~3分過ぎると脳の前方にある前頭葉内側部の血流が顕著に増えたのです。この香りにより、前頭葉が活性化し、物事に取り組む意欲や集中力が高まることが分かりました。さらに、継続的に行った結果、3か月後には記憶の知的機能、怒りっぽさなどの感情機能、運動機能や自発性に変化が出てきました。この実験からは、レモングラスの香りが認知症を発症するタイミングを遅らせる効果もあることがわかりました。
香りで心身の健康を維持し、香りで医療と介護の支援を行うアロマテラピー導入が進みつつあります。このアロマテラピーが、日本ではエステ施設などで普及し、女性の関心が高い傾向がありました。さらに、アロマテラピーを医療や介護などに積極的に導入する機運も現れています。医療現場おいては、産婦人科での導入が先行しているようです。生理痛の痛みの緩和や月経前に起きる不快な症状の改善を目的に、「香り」が臨床現場でも使われています。女性向けの代表的なアロマは、クラリセージやゼラニウムなどになります。だ。クラリセージには、女性ホルモン調整作用や制汗作用があります。ゼラニウムは肌の保湿や血液の循環をうながす作用があります。更年期ののぼせ症状には、クラリセージを用いたアロマテラピーで改善した事例も増えています。更年期障害などの症状には。エストロゲンをはじめ女性ホルモンのバランスが関係しています。クラリセージは、この症状を緩和する香りということになるのかもしれません。香りで心身を整えるアロマテラピーによって、更年期のつらい症状を緩和できたという事例もあります。
アロマオイルを部屋で香らせてリラックスし、睡眠を誘導する習慣は古くからありました。植物から抽出したアロマオイルを、部屋で香らせてリラックスする方法です。アロマの成分は、臭い分子による刺激がホルモン分泌をコントロールしている部位に作用します。直接、ホルモンを注入する方法もあるわけです。でも、ホルモン補充療法と比べ、アロマテラピーの方が即効性を実感できるという人も多いようです。即効性があるにもかかわらず、アロマの成分にはホルモンと同等の薬理作用はありません。ホルモンを出す部位に、作用することに主眼があるようです。蛇足ですが、国内で品種登録された「美郷雪華(みさとせっか)」という新種のラベンダーがあります。この新種の特徴は、適度な緊張感を持ちながら、感覚が研ぎ澄まされることにあります。美郷雪華は体を活動的にする交感神経と、リラックスさせる副交感神経を同時に活性化させるのです。美郷雪華によって、競技や作業に取り組む「「ゾーン」状態に入りやすいという特徴を実現しています。
ラベンダー精油が自律神経伝達に影響を与え、血圧を下げることを確かめた実験があります。ラベンダーの香りが交感神経の活動を抑え、胃の副交感神経の活動を活発化させるのです。このラベンダーの香りが、血液中のグリセロールの濃度と体温を下げ、食欲の増進を促すわけです。交感神経の活動を抑え、副交感神経の活動を活発化することは、私たち人間の心が穏やかな方向に導きます。ラベンダーの匂いを嗅ぐと、たいていの人は穏やかでリラックスした気分になるというわけです。一方、グレープフルーツの香りを嗅ぐと交感神経は活性化し、胃の副交感神経は抑制されます。グレープフルーツの香りを嗅ぐと、血液中のグリセロールの濃度と体温が上昇します。グリセロールの濃度と体温が上昇すると、食欲を低下させる方向に導きます。でも、グレープフルーツの匂いを嗅ぐと、多くの人は新鮮で活動的な気分になることはご承知のとおりです。香りを上手に活用すれば、私たちを活発にすることも、リラックスさせることも可能になるかもしれないわけです。美郷雪華の優れた点は、一つの香りで活動と抑制を同時に行って、優れた運動成果や作業成果を上げることにあります。
余談ですが、ドイツには、クアオルトという健康保養施設がります。ドイツ国内に370ヵ所の施設があり、年間2400万人の人々が利用しているのです。クアオルトには、医療機関もあります。医療機関が処方する森林浴などのプログラムに参加すれば、医療保険の適応の対象になるのです。森林浴やウオーキングによって健康を維持増進しているわけです。自然に触れ運動をしながら、健康寿命を延ばし、さらに医療費の削減に貢献しています。ここでの主役は、森林浴になります。この主役のコアは、やはりフィトンチッドという香りになります。樹木により、生合成され放散される森林独特の香りが注目されています。この樹木が生合成する香りが、フィトンチッドです。フィトンチッドは、揮発性の高いモノラルペン、セスキテルペンや芳香族化合物で構成されています。この森の香りは、人間にとって心地良いものです。香りを捕らえる脳は、人間では原始的な本能に近いものがあります。嗅覚は視覚や味覚と違い、シナプスを介さず直接脳に情報を伝える構造になっています。この嗅覚は、食べ物の安全性の確認や外敵を察知したりするものです。生きるために不可欠な感覚です。嗅覚は、人間の生存にとって最重要といえものです。原始の人間に戻り、生きるための力を、フィトンチッドを浴びながら再確認する行動が森林浴になるかもしれません。
心地良さや能力を高める仕掛けが見つかれば、それをビジネスに結びつける起業家が現れます。会議は、落ち着いた雰囲気で話し合われると、議題が良い方向で進むことが経験的に知られています。その落ち着いた雰囲気を醸し出すツールとして、アロマが使われることがあるようです。会議室では落ち着きやすいアロマを使い、そしてデスクの仕事では集中しやすいアロマを使うなど、用途別に使い分ける人たちもいるようです。コードミーという会社は、このような人たちを支援するサービスを行っています。この会社は、アロマ香料を製造と販売をして、感情を動かす香りの効果を生かしたサービスを行っているのです。東急不動産の本社は、コードミーが製造するアロマを採用しています。また別の事例が、ニューヨークに見られます。アウトドアのブランド店がニューヨークの店で、ヨセミテ国立公園の香りを漂わせて来店客を誘っているのです。野外活動の愛好者には、たまらない香りの誘惑になります。大都会のお店で、ヨセミテ公園の香りを漂わせて来店客の購買意欲を高めているわけです。香りは、脳や感情に直接訴えやすいだけに、潜在的な市場規模は大きくなる可能性を持っています。
最後になりますが、においについては、深い研究を待つまでもなく、多くの企業がその有用性を活用して、商品化に努めています。香りや匂いのする物質は20万種類とも40万種類ともいわれています。ある種の香りや匂いが、記憶の中枢といわれる海馬の活動を増進することが分かってきました。この知見を、受験産業に利用するという発想も生まれます。前頭葉のやる気の部位が完成すると、記憶の中枢である側頭連合野の働きがスムーズになります。記憶の中枢である側頭連合野の働きがスムーズになると、うれしいことに記憶力が増すのです。8~10歳ぐらいまでに、前頭葉は完成するようです。海馬を活発にして中学受験を上手に乗り切る香りの開発をしてはどうかというアイデアがでてきます。一方で、全面的なアロマ称賛には、リスクも含まれていますので注意も必要です。一部のアロマ精油を扱っている企業では、「自然派」を謡うことで、効果や安全性をうたい文句にしているケースがあります。この世で、大手を振って流れている考えに、自然から得た物質は安全で、人工的な物質に毒性があるというものがあります。でも、自然から得た物質は安全というこの考え方は正しくありません。自然界にも、有害な物質は数多くあるのです。自然界にある物質の中には、人工的に作られた物質より毒性の高いものがたくさんあります。アロマなどには、自然だけをうたい文句にしているケースがあります。そのアロマが生育した栽培地の土壌汚染等の情報が、分からないことも多いのです。天然由来のアロマ精油に含まれる不純物を、利用者が確認することは難しい面があります。アロマ製品に含まれる成分分子のばらつきは、少なくないのが普通です。もっとも、良心的な会社は、客観的に追試のできる成分分析表を公開しています。薬物や毒物の利用の責任は、人間の側にあるのであって、自然界にあるのではないことは、肝に銘じておくことも必要のようです。