魚養殖の飼料としての昆虫の可能性  アイデア広場 その1419

 世界の人口増加で水産物の需要が高まるなか、魚の養殖の拡大傾向が続いています。国際食糧農業機関によると、世界の水産物で養殖が占める割合は2021年時点で57.7%でした。この養殖に使われる中心的な飼料である魚粉には、カタクチイワシなどが使われています。カタクチイワシは、ペルー沖などから捕獲され、世界各国の養魚場に供給されます。でも、この供給が、不安定になりやすいのです。カタクチイワシの不漁の場合、当然のようにこの飼料の価格が高騰します。価格変動の大きい魚粉に頼るよりも、別のたんぱく源のエサを開発する動きも出ています。近年、魚のエサには安定した量の供給と低コストを実現できる代替原料へのニーズがあるわけです。その一つの代表的な飼料として、大豆ミールがあります。大豆の生産も天候に左右される面があり、価格の変動が激しいという弱点もあります。このような中で、昆虫が注目されるようになりました。もし、昆虫由来の飼料が安定して調達できれば、将来的なコスト高の影響を最小限に抑えることができます。魚粉に使うイワシなどと比べて安定調達できる昆虫を、代替飼料として活用することが考えられるわけです。現状では、昆虫由来の飼料のコストは魚粉に比べて割高になる見通しです。でも、昆虫飼料の市場が大きくなれば、食糧資源の減少や価格高騰を回避する解決策となります。もっとも、魚粉等の既存の飼料と価格、そして品質など、昆虫飼料の改善と開発が必要になります。今回は、昆虫の飼料的価値について考えてみました。

 通常の養殖のエサは、カタクワシなどを原料にした魚粉の割合が50%程度とされています。ここに、大豆ミールなどを配合して、魚の成長に合わせて、バランス良い飼料を与えることになります。この仕組みの弱点は、カタクワシと大豆ミールの価格が不安定になることです。水産養殖の現場では、安定した飼料へのニーズが高まっています。そのような中で、エサである魚粉を補う飼料とし昆虫からつくる飼料が注目されています。たんぱく質が豊富な昆虫からつくる飼料が、注目されているのです。昆虫飼料には、アメリカミズアブ(BSF)の幼虫を粉末状に加工しているものがあります。アメリカミズアブの幼虫を、現在は観賞魚のエサとして出荷されている事例もあります。さらに、いくつかの企業では、昆虫たんぱく質飼料を市場に供給する動きも活発になってきています。そのような中で、住友商事は昆虫を使った飼料のサステナブルな取り組みを先取りしているようです。

 日本に先立って、欧州では、昆虫が食用のほかに、豚や鳥などの畜産用の飼料やエビの養殖用飼料としての市場が広がりつつあります。その中でも、オランダのプロディックスやフランスのイノーバフィードは、生産量で先行しています。これらの企業には、弱点もあるようです。イノーバフィードは気温の低い欧州に工場があるため、暖房設備に電力を使っているのです。同じように、プロディックスは気温の低い欧州に工場があるため。暖房設備に電力を使っています。温暖化に、逆行する工場になります。これらの先行企業に追いつくべく、住友商事は、出資するシンガポールのスタートアップから日本での独占販売権を取得しました。気候が温暖なアジア地域に工場を持っているため、昆虫育成時に暖房設備を必要としないという特徴があります。住商は日本での販売でノウハウを蓄積し、将来はアジア市場などへの展開につなげたいとしているようです。日本国内にも、スタートアップはあります。長崎大学発のスタートアップ、ブーンは昆虫の幼虫を育成する研究を始めました。このブーンは、独自の方法で「ミールワーム」の幼虫を育成する仕組みを開発しています。ブーンは、コンテナ型の装置を使う点が特徴で、環境負荷やコストを抑えることができます。現在は、ミールワームの加工工程を改良することで、日本で養殖する魚種に合った餌の開発を進めています。

 ミールワームを飼料として、実際に使用している事例があります。愛媛県におけるマダイは、海面養殖量が日本一になります。ここの養殖場では、「ミールワーム」を粉末状にして混ぜた飼料を与えて、マダイを育てています。「ミールワーム」は、カブトムシなどの仲間にあたる甲虫の一種の幼虫になります。愛媛県の企業は、愛媛大学との連携による取り組みで、昆虫飼料を与えて育てています。愛媛大学の三浦猛教授は、優れた飼料を開発しました。この飼料は、昆虫由来の飼料などを混ぜることで魚粉を約30%に節約できるようになりました。将来は、魚粉を20%までに抑える飼料の開発を狙っているようです。2023年には第1弾となる「えひめ鯛」を8000尾出荷し、連携先企業の社員食堂などへ提供しています。2024年には、約1万3000尾のマダイ「えひめ鯛」が出荷される見込みです。魚養殖のアキレス腱になっている魚粉の価格が、「昆虫」の代替で、安定した出荷が見込めるかもしれません。

 「ミールワーム」に注目が集まっていますが、別の飼料にも熱い視線が向けられています。それは、ハエやアブの利用になります。福岡市で2016年創業したムスカは、ハエを使って飼料や肥料を作っています。ムスカは、畜産農家から出る家畜の糞や食品工場から出る残りカスを利用して、飼料や肥料を作る仕組みを開発しました。ムスカのイエバエを活用すれば、家畜の糞などが1週間程度で飼料や肥料になります。有機廃棄物1トンに対して、300gのイエバエの卵で、飼料や肥料を生産することができるのです。一般に、家畜の糞などを原料とする堆肥は、麦わらなどを混ぜた上で微生物の活動で作られてきました。この自然の堆肥化には、2~3ケ月程度かかるとされています。イエバエの卵で作った飼料や肥料は、畜産農家や魚の養殖業者に供給されています。家畜の排せつ物は、全国で大量に発生し、その量は毎年8000万トンに上ります。日本における飼料や肥料の地産地消は、工夫次第で可能になるかもしれません。

 2014年、カナダのバンクーバー市は、すべての野菜廃棄物のリサイクルを義務づける法律を可決しました。多くの企業は、リサイクルを義務づけるこの法律が現実性をもたないと非難したのです。でも、困った企業が多ければ、それを解決した企業にはビジネスチャンスが訪れることになります。カナダのエンテラ社は、野菜の廃棄物を利用する仕掛けを作っていました。この会社は、グローバルな問題である食品廃棄物と人類の栄養不足という2つの課題の解決策を用意していたのです。食品が大量の売れ残り、古くなった野菜やサラダなどを廃棄する大手食料品店は存在していました。これらの企業は、リサイクルを義務化された条例に苦慮していたわけです。この野菜の廃棄物を有料で受け入れる施設ができたのです。古い果物、野菜など甘酸っぽい匂いのするゴミの山を積んだダンプカーが入ってきます。エンテラ社は「廃棄物」を有料で受け取り、ミキサーにかけてドロドロのジュースにします。このジュースを、アメリカミズアブの幼虫に食べさせるのです。驚くべきことですが、5 kgのアブの幼虫が100トンのくず野菜を餌として食べてしまうのです。この5kgのアブの幼虫は、6トンの肥料と6トンのタンパク質の豊富な幼虫を作ります。幼虫の糞と蛹の抜け殻が、6トンの肥料になります。アブの糞から作られた肥料は、地元の農家や家庭菜園に利用されています。タンパク質の豊富な幼虫は、ニワトリや魚の高品質の飼料になります。このように、ゴミ問題の解決と飼料の獲得という一石二鳥の手法も面白いかもしれません。

 最後になりますが、もう一つ面白い飼料の開発が見られます。京都大の研究グループは、シロアリに間伐材を与えて養鶏用飼料をつくろうとしています。京都大の松浦健二教授は、2020年1月、鹿児島県の山林でオオシロアリの巣を採集して持ち帰りました。体長1センチほどのオオシロアリ数百万匹が、木の葉の中で動き回っています。シロアリは巣から逃げることなく生活し、飼育に手間がかからないのです。1キロの間伐材を餌にして、約45グラムのオオシロアリが育つのです。このシロアリには、高タンパクで脂肪分や繊維質も多く含まれています。シロアリは、養鶏用飼料として一般的な大豆かすや魚粉と比べて栄養分の遜色はありません。このシロアリはそのまま鶏に食べさせたり、冷凍乾燥により粉末にして他の飼料と混ぜて利用ができるのです。日本の森林面積は、2500万haで、年間成長量は約1億㎥になります。その中で生産している木材は、3400万㎥に過ぎません。つまり、6600万㎥の木材をシロアリに食べてもらい、魚やニワトリのエサになってもらうことも可能になります。森林は、日本では数少ない自給できる資源になります。余剰資源を利用できる地方で、シロアリの生産と林業、そして漁業を融合することも面白いビジネスになるかもしれません。

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