10万ドルのビザが世界経済に及ぼす影響  アイデア広場 その1652

 先日、トランプ米大統領は「H-1B」ビザに年10万ドルの手数料を課す大統領令に署名しました。このH-1Bビザとは、米国政府が高度な専門知識や技能を持つ外国人専門家を一時的に雇用するために発行する就労ビザになります。このビザの取得には、米国の雇用主が申請者となり、IT、エンジニアリング、会計、医学などの高度な専門職が対象になります。H-1Bビザは、発給上限が年間8万5000件に制限されています。申請数の上限があるために、抽選が行われます。手数料を課す大統領令は、事実上の発給制限になります。10万ドルの手数料を課す大統領令は、世界中から優秀な人材を集め成長してきた企業にとって打撃になっています。H-1Bビザ取得者は国別でインドが7割、中国が1割を占めています。H-1Bビザは、米アマゾンなどテックやコンサルテイング企業が活用し、業績を上げてきました。米グーグルで製品責任者を務めるある外国人エンジニアは、トランプ大統領の発表を受け不安を持ちました。それは、いつ送還されるかわからないと言う不安です。現在、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOやテック企業はグーグルのスピチャイCEOなどインド系の経営者がトップを務めています。彼らのビザの有効期間は通常3年で、最長6年間まで延長できます。でも、その後はどうなるかという不安があるのです。

 H-1Bビザは、オープンAIやエヌビディアなど米急成長企業の起爆剤となってきました。このビザで入社した技術者が、オープンAIなどの技術革新を推し進めたからです。また、ものづくりでもテスラやスペースXなどの米急成長企業の起爆剤となってきました。H-1Bビザの制限は、米国が技術的優位を自ら手放すことにつながります。ビザ取得者は、AIに関するインドの技術者が7割と多数を占めています。この7割の地位が不安定になることは、 IT大手の米国事業に打撃を及ぼす恐れがあるのです。問題は、10万ドルの手数料だけではないのです。H-1Bビザは企業がスポンサーとなって申請し、くじ引きで当たりくじを引き当てる必要があります。くじで当選した後に、審査があります。この審査のための費用が、課題になります。この審査を上手く切り抜けるには、弁護士への依頼などの諸経費も必要になります。H-1Bビザの新たな手数料によって、業界に甚大な影響が出ると予想されています。企業は、ビザを使った採用を抑制せざるをえなくなっているのです。H-1Bビザの制限は、AI開発などで中国の追い上げを許すリスクも伴うようです。

 インド人の技術者は、世界で活躍しています。たとえば、日本では、経済成長のけん引役になるIT技術者の不足が深刻な問題になっています。日本は、ITに関連したSTEM (科学、技術、工学、数学)分野を学ぶ学生の割合が低いという現実があります。STEM分野の卒業生数も減少傾向で、2030年までに79万人のIT人材が不足するとされています。この不足を補うように、現在日本で働いているITの専門的技術者は、イギリス人とアメリカ人の次にインド人が多いのです。インド人は、プロジェクトごとに日本に派遣されてきます。インド人の多くは、東京の日本橋の金融系企業などで働いていいます。日本で起きている特徴的なことは、外国人の高度IT人材の採用が増えていることです。IT技術者の仕事は、日本語の重要性が他職種より低いことが、採用急増の理由の一つになっています。もう一つの特徴は、IT部門の役割がシステム運用から、ビジネスのけん引役に変わりつつあることです。IT人材の募集は、IT業界だけではなく、幅広い業種から採用ニーズがでているのです。IT人材の確保が、企業の生命線になりつつあります。この状況は、米国でも見られているようです。

 インドの優秀な技術者がめざした先が、IT大国の米国になります。期待に応えて、インドIT技術者は近年注目される人工知能(AI)分野で在感を発揮してきました。2025年のH-1Bビザ承認件数はTCSが5505件、フォシスが2004件、HCLテクノロジーズが1728件、ウイプロが1523件とインド企業が高水準に達しています。インドIT各社は、米国の金融機関や製造業、小売りなど幅広い顧客のAI導入を支援しています。支援する技術者が、米国でのビザ取得が難しくなれば、今までの事業モデルが崩れてしまいます。米国で、インドの技術者が不足すれば、安定的なサービスの提供にも問題が出てきます。ビザの制限は、インド企業による技術者派遣が頓挫し、プロジェクトの事業継続に支障が生じる可能性がでてきます。先日起きた、韓国の現代自動車の繰り返しが起きることになります。インド人の技術者派遣は、大手AI だけでなく、小売り、金融、製造などあらゆる分野にわたっています。この分野での停滞は、米国経済が底辺から弱体化することを意味しています。

 インドは、IT人材の豊富さで、注目を集めています。インドは、イギリスからの独立に際して1つの戦略を立てました。財政的に苦しい中で、教育における重点を、数学と英語に集中したのです。数学の能力向上を目指した結果、豊富なIT人材を抱える国になりました。その中で、インドの理系の最高峰とされるインド工科大学の優秀さは、世界が注目しているところです。インド工科大学は、インドに23校あります。ITに特化した高度な外国人材の採用は、全世界的な広がりをみせています。世界の企業の目は、この大学に注がれます。毎年12月に行われる企業の採用活動には、多くの有名企業がインドにやってきます。日本の企業では、ヤフー,楽天、日立製作所などが採用に動いています。このような人材が、世界に散らばっています。インド系米国人は、すでに300万人を超えています。インド系米国人は、収入や地位、そして教育の面で全米平均を大幅に上回る状況です。アメリカの対インド政策に影響を与える存在にも成長しているのです。彼らがインドとの交流を強め、頻繁に祖国と往復している現実もあります。一方で、インドの新興富裕層は従来のエリートと同様に愛国心が強いのです。かれらの多くは、生活を楽しみつつも恩返しとしてインド国民の生活向上に寄与したいと考えています。世界に散らばりながらも、愛国心は健在なのです。アメリカに移住するインド人は、米国にとって不可欠なIT技術者になり、富裕層の仲間入りを果たしていました。ところが、現在は入国のビザの問題で、従来とは違う扱いを受けるようになってきています。

 余談ですが、IT技術者不足の中、インドの優秀な人材獲得に活躍している日本企業があります。その企業は、Zenken株式会社になります。この会社は、採用支援を行うWEBマーケティング事業や、「IT」事業、そして「介護」や教育の領域におけるサービスを幅広く行っている企業になります。Zenkenは2018年からインドの工科系の大学と提携し、「ジャパンキャリアセンター」を設置しました。提携する大学数は40校で、その大学内に「ジャパンキヤリアセンター」を設置しています。「ジャパンキヤリアセンター」では、日本での就職支援や日本語教育に注力してきました。ここに来て、神風が吹いてきています。インドの工科系の大学生が多くなり、IT企業が求める技術者よりも増えて、学生の供給過剰になってしまったのです。このために、優秀な工科大生でも望まぬ職種に就かざるを得ない状況が生まれつつあるのです。地道な活動をしていたZenkenに、インドの大学生が親近感を持つようになったようです。インドの大学では、日本での就職を志す優秀な学生は年々増加しているのです。そんな人材に、アダッシュさんがいます。アダッシュさん(23)は、インドの工科系大学で育ち、プログラミグなどを習得した方です。日本は他の先進国より賃金の上昇幅が薄いのですが、それでもインドに比べ収入は高いものがあります。アダッシュさんは、2022年に紀州技研工業(和歌山市) に、新卒の新入社員として働き始めました。国内の理系学生は、大半が大手企業を選びます。地方企業や中小企業ほど、IT技術者不足は深刻になります。紀州技研工業の社長さんは「日本人の応募が減る中で貴重な高度人材だ」と話しています。アダッシュさんのような方を獲得したい企業は、日本だけでなく、世界の新興国には多いはずです。

 最後になりますが、トランプ大統領の考えていることが分からなくなりました。移民に頼る農作業中に、移民を摘発し、農産物の収穫ができなくなる現実が起きています。ビザを厳しくして、観光都市ニューヨークに、経済的損失をもたらしています。もちろん、全米の観光収入も減少しています。さらに、AI技術者のビザに10万ドルの手数料を課すことを行っています。優秀な技術者が、少なくなっても良いという考えのようです。そこで、この分からないことを理解するヒントを、野球のメジャーに求めてみました。メジャーでは、2つのコストパフォーマンスを考慮する時代になっています。米国のメジャーでは、運動能力の高いアスリート系の選手を外野に配する傾向が出てきました。メジャーの内野守備は、近年データを駆使し、極端な守備隊形を取る方式が定着してきたのです。内野が抜かれても、外野で抑えれば良いという考え方です。内野の運動能力のある選手であれば、外野に回したほうが良いというデータが多くなったことによるものです。内野手には、「君たちは決められたところに立っていればいい」、そして、抜かれた場合はデータが間違っていたと割り切ったのです。このデータ野球が、良い結果を残しているのです。さらに、報酬の高い選手はトレードに回して、報酬が低いチームの戦力になれる選手を入れる傾向も出てきています。要は完全を求めるのではなく、一定の人材で、より多くの利益を上げることが狙いになります。今のトランプ政府には、目が離せない状況がこれからも続くようです。

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