自治体の予算不足により、市民へのサービスが縮小する傾向が世界中に見られるようです。たとえば、イギリス中部のバーミンガムは、首都ロンドンに次ぐ都市になります。110万あまりの人口を抱えるこの市が、2023年9月、事実上の財政破綻を宣言しました。破産すれば、その対策を行うことになります。バーミンガム市は、地方税の増額や大幅な歳出削減に着手しました。まずは、公務員の給与体系の見直しでした。給与体系の見直しには、歳出削減と同一労働同一賃金の取り組みがありました。この対策を行う中で、ゴミの山が発生したのです。財政破綻したこの市で、ゴミ収集のストライキが起こりました。ゴミ収集に従事する労働者は、特別手当をもらっていました。ある意味、厚待遇の制度で、特別手当をもらっていたわけです。その額は、8000ポンド(約150万円)になります。同一労働同一賃金になると、この150万円が減額されるわけです。この手当削減といった市の計画に、労組が反発し、ストになったのです。バーミンガム市では3月末、労組のストで1万7000トンのごみが未収集のままになってしまいました。結果として、ネズミや害虫の報告が増え、衛生面の不安が高まりました。最終的に、地方を所管するイギリスの副首相が、イギリス陸軍の後方支援チームを現地に派遣し、ゴミの処理にあたることになりました。
笑い話のようですが、日本でもこれと似たようなことが起きています。神奈川県の相模原市は、人口が72.5万人の政令指定都市になります。この相模原市は、財政の急速な悪化に見舞われていました。そのために、持続可能な財政を実現するための改革プランが練られていたのです。まず、既存の公共施設を徹底的に見直をします。市の27施設について、廃止や民間移管を検討しました。1991年開設で、五輪選手らを輩出した市営アイススケート場も、2027年3月末に廃止する方針を立てました。スケート場の維持費に年間1億5000万円、改修には10億円規模の支出が必要になります。その費用の工面が、できないのです。さらに、相模原市は、各種団体への補助金も66件を見直してきました。敬老祝金の廃止など、助成の縮小や見直しなども行いました。見直しだけでなく、相模原市は、2020年度当初予算で新規事業を原則「凍結」しました。2021年度もほとんど新規事業を実施しない緊縮型の予算編成をおこなったのです。財政危機を前に、徹底した歳出の見直しを進めてきたわけです。もっとも、歳出の削減だけでは、市民へのサービスは低下します。限られた財政の中で、民間の力を利用しつつ街の魅力を高める施策を打ち出すことも行いました。この改革プランを実行する中で、2022年度末には急回復をしています。
予算不足や財源不足にもかかわらず、支出を増やして事業を行うとか、家計をやり繰りすることは古今東西行われてきたことのようです。尊徳神社は、このような人達を助ける神社になります。神奈川県小田原市に、尊徳神社があります。二宮尊徳が、祀られた神社です。彼が行った桜町嶺における成功例は、今日でも復興のモデルになります。「荒地を開くに荒地の力をもってし、衰貧を救うに衰貧の力をもってする」という言葉を残しています。荒れ果ててしまっている農村であっても、生産能力と利潤獲得能力は潜在しているという意味があります。荒廃した桜町嶺でも、潜在的生産能力を持つ田畑があり、村人が力を発揮することにより、生産力を高める潜在力が秘められていました。でも、分限(現在では市の財政力となるでしょうか)を超える消費をすれば、徐々に貧しくなります。その村の持つ分限を超える浪費は、慎むべきだったのです。分限を理解し、その範囲内での生活を心がけることが、生産能力を発揮し、利潤を獲得することに繋がるわけです。人口の減少は、地方の税収を減らしていきます。各町村の歳入の中で半分近くを占める地方交付税は、人口や面積などに応じて算出されます。人口の減少に伴い多くの町村は、地方交付税を前年度より減らしていくことになります。もはや多くの市町村には、住民にフルサービスする体力はありません。この少ない予算で、やり繰りをする才覚が各自治体に求められているわけです。
このやり繰り上手な国の一つに、永久中立国のスイスがあります。一人当たりの年間所得は、世界1の国になります。農家でも、共働きで2人合わせて2000万円を超えている家庭も少なくありません。でも、生活は質素です。信じられないことですが、出産を農家の主婦が行っているケースもあるのです。助産師はいずれの村にもいないために、獣医や出産を経験した女性がその代わりを務めているのです。地元の人々は中学や高校を卒業するだけで、家業の農業や観光業を受け継いで豊かな生活をしています。農業や観光業の傍ら、農道や林道の改修や除雪、住宅地の維持管理などの土木建設工事に携わる人も多いのです。スイスのある村役場の施設には、学校のほか企業の入るテナントや広場に面したカフェもあります。村は、村長を含めて職員がパートタイムで働いています。テナントとして入っているコンビニは、午前中のみの営業なのです。スイスのある村役場は、多くの機能を兼ねています。図書館は、週に一度オープンするだけです。多目的室では、村議会が開かれ9人の議員が集まって議論が行われます。役場で働く公務員も、基本的に4年任期の自由契約制で、賞与や昇給はないのです。公務員も、農業や観光業の副業を持ち、農道や林道の改修や除雪の作業を行うことで、世界一の収入を得ているわけです。支出を抑え、住民が稼げる仕組みを多く用意していることが分かります。要は、1人何役もこなす仕組みができているとも言えます。
東日本大震災により、東北地方の太平洋沿岸の地域は被害を受けました。その被害も癒えたころ、新たな問題が起きています。被災地の復興は進んだのですが、人口減少は急速に進み、多くの自治体では財政の悪化が懸念されるようになったのです。宮城県石巻市は、複合文化施設の維持管理に年間約3億円を見込んでいます。他にも、観光物産交流施設など、復興事業で整備した施設が早くも重荷になりつつあるのです。石巻市の貯金は、2019年度末の147億9千万円でしたが、2023年度末には30億7千万円まで急滅するまでになったのです。高齢化する地域や限界集落の社会保障費は膨れあがり、自治体財政が厳しさを増していく状況が続いています。多額の税金を投入して得た安全な高台から、人は去っていく現象があります。多額の予算を投入したにも関わらず、高台の空き地が増えているのです。現在、その高台の集落が、限界集落になっている所も増えています。安全な高台に、住居を建てたわけです。でも、将来の存続が危ぶまれる限界集落になりつつあるのです。ちなみに、65歳以上の高齢者が、人口に占める割合が50%を超えた集落を「限界集落」といいます。この限界集落が、日本に2万以上になっています。少し前までの報告書では、8000か所と言われていたものが、現在は2万ヵ所を越しています。一つの事例として、岩手県釜石市の室浜地区は、住民39人のうち24人の6割強を65歳以上が占めています。町内の草刈りや神社の管理も行き届かず、生活を続けていけるか不安だと話す方も多いのです。
余談になりますが、東北地方(東北6県)は2000年に980万人の人口があったものの、2015年に900万人を割り込みました。さらに、2024年10月1日時点では、人口が820万9000人で、2023年から10万9000人も減少しています。同様のペースで人口が減少すれば、2026年にも800万人を切る計算になります。人口は、多ければ地域が豊かになるというものではありません。働く生産年齢の人口の多いことが、求められます。2024年10月1日時点では、東北6県の15~64歳の生産年齢人口が457万9000人で、2023年から7万8000人も減少しています。さらに悲観的材料は、東北の15歳未満の人口が3万人減り、84万人になったことです。生産年齢人口が、徐々に減少していく数字が明らかになってきています。また、人口に占める65歳以上の割合は各県ともに拡大しています。もっと驚くことは、一般には、これから65歳以上の人口は増えていくとされてきました。その高齢者の人口が、東北においては減少しているのです。65歳以上の高齢人口が 3000人減少し、278万7000人となったのです。生産年齢人口の減少は、ある意味、税金の減少です。予算が減少する中で、その賢い使い方をしなければならない時期にきているわけです。
最後になりますが、生き残る自治体、豊かになる自治体、豊かな個人生活の下地を作る自治体が世界や日本にはあることが分かります。これらの優良自治体の共通項は、予算の縮小またはその有効利用ということになります。バーミンガムの場合、人件費の縮小でした。相模原市の場合、公共施設の削減でした、スイスの場合、人件費を増やさないこと、そして、住民の仕事を複数用意することでした。これらのことを行っている村が、日本にもありました。長野県の下條村は、200万円以下の道路工事などは、村人がやることにしました。村は道路工事の資材を提供し、村人は労力を無償で提供するという仕組みです。節約できた予算は、保育費や医療費の充実にまわされました。保育所にいつでも安く入所できて、医療費が安いという環境は、若い人々を呼び寄せました。村役場も、努力しました。51人いた村の職員を34人減らしたのです。減らした給料で資金を作り、いち早く子どもの医療費を高校生まで無料にしました。補助教員を村単独で配置して、学童保育を充実するなど、教育環境を整備したのです。保育や医療の充実策が受けて、近隣から転居する人達が増えてきました。若い働く人達が、安心して働ける保育所を整備することで、進出企業は、欠勤の心配もなく安定した工場の運営ができました。工場の稼働が順調ならば、企業は利益を生み出します。利益の一部は、税金として地元に落ちることになります。収入、健康、教育、税収の良いサイクルが生まれる土壌ができます。こんな流れが日本中で生まれれば、日本各地に豊かな市町村が生まれるかもしれません。