儲かる農業を肥料と農薬から考える アイデア広場 その1567

 最近は、食料安全保障やSDGsによる環境に配慮の視点から、農業に関心が集まっています。OECDは、農畜産業から排出される温暖化ガスが2033年に2021~23年に比べ5%高くなると予測するようになりました。日本の農水省もこの対策として、2021年に「みどりの食料システム戦略」を策定しています。この「みどりの食料システム戦略」で、2050年までに化学肥料を使わない「有機農業」を推奨するまでになりました。実は、温暖化の要因として、化学肥料が挙げられているのです。その化学肥料を減らし、自然の堆肥が重要であることが説かれるようになってきました。堆肥の量が、温暖化ガス削減効果を大きく左右するとなったわけです。でも、堆肥には、使う難しさがあります。2022年度末の調査では、その使用が0.7%にとどまっています。家畜のふんなどを肥料にするためには、「堆肥化」という加工が必要になります。ここには、おがくずなどを混ぜながら作ることになります。このおがくずが高騰し、なかなか利用できない状況が生まれています。労力がかかり、値段の高い堆肥化には、二の足を踏む方が多いということです。

 温暖化に対しては、農業が被告席に立つことが増えています。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2022年の報告書で農業を責めています。IPCCは、「人間の活動で出た温暖化ガスのうち、22%は農林業が由来だ」と指摘しました。一般的に、温暖化ガスを出す化学肥料に対して、食品廃棄物や動物のふんから作った「堆肥」を混ぜると良いとされてきました。動物のふんから作った「堆肥」を混ぜることで、温暖化ガスの排出が減るとみられてきたのです。でも、この一般的な説に、不利な研究も出てきました。北海道立総合研究機構のグループが、堆肥と化学肥料の研究を2022年に発表しました。この研究では、堆肥と化学肥料を適切な割合で組み合わせれば収量を落とすことのないことを報告しています。さらに、適切な割合で組み合わせれば、N2O(一酸化二窒素)の排出を削減できることを発表しました。一方で、厳しい事実も発表しました。それは、化学肥料の窒素が植物の成長に使われずに土の中に残ると、温暖化への影響を大きくする点です。窒素が土の中に残ると、二酸化炭素の265倍となる一酸化二窒素の発生源となることです。堆肥と化学肥料を適切に使用すれば、作物は大きく育ちます。でも、肥料が多すぎて、N(窒素)が畑に残るようならば、温暖化ガスとしてN2Oが発生するということになるわけです。

 このような現状を把握して、環境に配慮した農業を営む農家もあります。衣川晃さん(49)は、「はちいち農園」(神奈川県茅ケ崎市)を2018年から夫婦で運営しています。彼らは、化学肥料は使わないのです。この農園は、雑草を生かす「不耕起栽培」をしています。「はちいち農園」の畑は、茶色い土よりも雑草の緑が目立ちます。雑草に覆われていると言ったほうがよいのかもしれません。この雑草は、草や土壌をすみかとする微生物の多様性を豊かに保っています。土の上にかぶせた刈草も、有機物を供給する源になります。土は豊富な栄養を含むようになり、化学肥料は不要になるという仕掛けです。もっとも、このような環境に優しい農業を推進するには、まだまだ、解決しなければならない問題は数多くあります。化学肥料を使わない農法は、栽培時期(収穫期)も前後します。また、収穫量が安定しないということもあります。品質を揃えたスーパーなどには、向かない作物になるわけです。もっとも、有機農法に理解があり健康志向の方には、好まれる作物になります。環境に関心がある家庭に直接アプローチをし、独自の市場を開拓する必要があります。

 余談ですが、有機農法を使うことにより、利益を上げている農家や畜産農家があります。岩手県には、牛乳1㍑を400円で売る牧場があります。明治の「美味しい牛乳」の約2倍の値段です。でも、売れているのです。この牧場は、放牧地0.5ヘクタールに牛1頭の割合で放牧しています。牧草地には薬剤は使わず、配合飼料は小麦のくずまでと使用を限定しています。外国の飼料を使うことはありません。牛にできることは、牛に任せて育てることを原則にしています。食の安全安心を求める消費者から、自然放牧や自然交配の酪農が支持を得ているのです。日本の酪農は、効率性のみ追求されてきました。近年、自然回帰が模索されてきたようです。外国から、飼料を輸入することなく、地域の自然資源を有効に活用した持続可能な酪農にも関心が高まっているのです。

 農産物の収穫には、肥料と農薬の二大要素が欠かせません。次は、農薬の新しい流れを見てみました。世界の農薬需要は、人口増を背景に右肩上がりが続いています。現在の農薬は、大部分が化学農薬です。この化学農薬が、海外などでは土壌汚染や生態系への悪影響が問題たなっているのです。化学農薬は、環境や人体への影響が懸念され、海外では高額な訴訟も起きています。また、花粉を運ぶハチやチョウが化学農薬で減ることで、農作物の収量が落ちる問題も生じています。農水省は2021年に食料システム戦略の中で、「化学農薬を50年までに半減させる」と目標を掲げています。この目標達成に期待されている農薬が、生物の遺伝情報を担う物質を利用するRNA (リボ核酸)農薬になります。作物に悪さをする虫やカビなどの働きを抑えるようにRNAを設計し、このRNA (リボ核酸)農薬農業分野に応用するものです。RNA農薬は農地にまかないため、安全性の確認も容易になるようです。農水省は、食料システム戦略の具体策の一つとしてRNA農薬に期待しています。

 東京農工大学などが、RNA (リポ核酸)農薬の成果をあげつつあります。狙った害虫だけを退治でき、農地にまいた後に分解されやすい夢のような農薬の開発が進んでいます。農工大の鈴木丈詞教授は、RNAを使って野菜の害虫食べる益虫ダニの食欲を増す技術を開発しました。この技術に応用されているのは、RNA干渉と呼ぶ仕組みになります。RNA干渉は細胞内の標的となる物質に結合して機能を失わせるものです。RNA入りのエサを与えたところ、ダニが体内に取り込んでRNAが狙ったとおりに作用しました。農林水産省は、益虫ダニが害虫の被害を抑える生物農薬として使用を認めています。益虫の容器に食欲増進RNAを加えたエサを入れて、販売することを想定しています。東京農工大学の他にも、農業・食品産業技術総合研究機構が企業とともにRNA農薬の開発を進めています。農業・食品産業技術総合研究機構は、農水省系の国立研究開発法人になります。化学農薬の原料は、多くが石油由来で、地政学的な影響を受けやすい弱点があります。価格が高騰したり、輸入が滞ったりするリスクがあります。その弱点を補うRNA農薬が普及すれば、農薬全体のサプライチェーン(供給網)や価格の安定につながります。さらに、化学合成や微生物発酵で生産できるRNA農薬が普及すれば、価格の安定につながります。将来は、環境負荷の低い農業技術がいっそう求められます。RNA農薬は、その一翼を担っているようです。

 RNAを応用した技術は、新型コロナウイルス感染症のワクチンとして医療向けに実用化しました。米国では、2024年に米バイオベンチャーが初めてRNA農薬を実用化しました。この農薬は、既存の化学農薬が効きにくい「コラドハムシ」を標的としたのです。細菌を用いて、ナスの葉を食べる幼虫に与えるRNAを作りました。幼虫にRNAを食べさせたところ、体のあちこちで細胞死が起こり葉の食害が減ったのです。このベンチャーは、ミツバチに寄生するダニを退治するRNAも開発しています。ここにも、課題があります。農薬として普及させるには、ワクチンとは桁違いの量が必要になるのです。大量生産と製造コストが、課題となるわけです。課題があれば、それに挑戦する企業が現れます。その一つが、日本の味の素になります。味の素は、アミノ酸発酵を応用した大量製造の基礎技術を開発しました。アミノ酸発酵で用いる細菌に、設計したRNAをつくるDNAを導入して培養する工夫です。味の素はコスト競争力を高めるため、100KL級の大型タンクで生産することを検討しているようです。もう一つの課題は、認可の問題です。農薬の消費量が多い米国やブラジルでは、審査が速く早期に実用化することができます。それに反して、日本ではRNA農薬を実用化した例はまだありません。日本政府は規制の面で、慎重で、新技術の導入は米国の数年遅れになるケースが多いようです。政府は規制の整備などを通じて、企業や研究機関が事業に取り組みやすい環境をつくることが求められています。

 最後になりますが、最近は食料安全保障やSDGsによる環境に配慮の視点から、有機農法に関心が集まっています。食料安全保障に目を向けると、化学肥料の原料主産国である中国が輸出を規制しています。ロシアやウクライナの肥料も、ロシアの侵略で調達が滞り、価格も高騰する状況になっています。一方、SDGsによる環境に配慮する産業への移行が先進国を中心に大きなうねりになっています。アジアの富裕層は、増加しています。有機農法でつくられた安全な農産物には、間違いなく富裕層の買い手が現れます。ただし、品質の良いものに限ります。日本の大手企業は共同出資し、中国の山東省に農地を借り、最初の5年間はその土地は放置されました。この農地は5年間で、野草が伸び放題の状態になりました。山東省の人々には、伸び放題の農地に対する日本人の行動が不可解なものに映りました。5年後になって、その不可解なことを初めて理解できたのです。5年間伸び放題になっていた農地に、牛を飼ったのです。牛の糞で土壌を改善し、無農薬の農作物の栽培を始めました。無農薬の農作物を乳牛に食べさせ、品質が高く安全な牛乳を生産したわけです。この数年間で、中国の中間層の方は食に対する安全や安心についての理解を深めていました。理解が深まった頃、安全な牛乳を提供する仕組みを作りあげたわけです。もちろん、牛乳は高値で売れました。農薬や肥料を少なく使用して、環境負荷の少ない循環農業が見直される時代には、それなりの工夫を加えながら、生産やビジネスを行っていくことが必要のようです。

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