秋田の夏秋イチゴ生産を見守りたい アイデア広場 その1592

 イチゴケーキは、人気があります。このイチゴは、ケーキ店向けなどで1年を通じて需要が高い果物です。でも、この作物を1年中作ることは、なかなか難しい技術になります。秋田県は、この難しい栽培に挑戦する組織の育成や栽培方法を考案したようです。冬から翌春にかけ出荷する冬春イチゴに対し、6~11月に収穫するイチゴが夏秋イチゴになります。冬春イチゴは、気温が高い期間が続くと花をつけづらくなったり、開花が遅れたりします。そのために、高温を避けて通常は9月以降に苗の植え付けをすることになります。クリスマス需要が高まる12月ごろから出荷が本格化し、翌年の3月にピークを迎えます。2023年の中央卸売市場での取引単価は、出荷最盛期である3月が1k g当たり1379円でした。ピークは、供給が増え、価格が低くなります。12月の価格は、2504円でした。驚くべきことは、10月は3691円と3月の2.7倍にもなっていたのです。もし、安定的に夏秋イチゴを市場に出荷できれば、大きなビジネスチャンスを得たことになります。それでは、秋田の夏秋イチゴ戦略を見てみましょう。

 夏秋イチゴに挑戦しているは、秋田夏響(あきたなっひびき)協議会になります。この協議会は、秋田食産(秋田県美郷町)など5つの生産者とNTT東日本の子会社であるNTTアグリテクノロジー(東京・新宿)が2023年7月に設立したものです。夏秋イチゴは、栽培が難しく、輸入品が多くを占めていました。この時期は、国内の生産者にとってイチゴ出荷の端境期だったのです。でも、この時期に品質の良い冬春イチゴを市場に出荷できれば、高値で取引される美味しい現実がありました。秋田県は、イチゴに限らず、輸入品からの切り替えや国内産地縮小により需要が高まっている農産物の生産拡大を図る施策を推進していました。この施策に、夏から秋にかけて収穫する「夏秋イチゴ」が候補に挙がったわけです。潟上市のイチゴハウスには、収穫の前の夏秋イチゴが育っていました。夏から秋にかけて収穫する「夏秋イチゴ」の生産者グループは、栽培法をほぼ確立しました。「夏秋イチゴ」の生産者グループは、約2年間の取り組みを経て栽培法をほぼ確立したのです。行政を含めて、イチゴを秋田県の名産品にしようという動きが加速していいます。秋田県では、補正予算案で「夢ある秋田産食料供給力向上支援事業」を新たに打ち出しました。2026年から耕作地と収穫量の拡大をめざしており、販路の開拓も進んでいるようです。

 実は、クリスマス前に冬春イチゴを出荷する栽培技術は、九州である程度確立されていました。この超促成栽培のイチゴは、百貨店の岩田屋本店(福岡市) などの果物専門店にも卸していました。このイチゴは、当初は店頭で1パック(15粒1入り) 1万800円でも売れたのです。この栽培は、「上寺いちご園」で行われていました。「上寺いちご園」は、福岡県のほぼ中央に位置する朝倉市にあり、九州電力(九電)の総合研究所が運営しています。上寺いちご園は、2017年の九州北部豪雨からの復興支援の意味を込めて設立されました。さらに、2019年には、イチゴ栽培実証施設として活動しています。約10アールの広さをもつビニールハウスで、空調を含めて設備をオール電化にしています。暑さに弱いイチゴの植え付けを、通常より2カ月ほど早められる栽培法を開発しました。それは、ヒートポンプを使って、冷やした水を通すチューブを苗の根元に配置します。冷水を流したチューブで、イチゴの根元を冷やし、暑い時期の苗の植え付けを可能にしました。苗の根元の温度の上昇を防ぐことにより、7~8月の植え付けが可能にしたわけです。イチゴが季節を錯覚し、暑い時期でも実を付けるようになりました。ハウス内には、室内の温度や湿度、差し込む光の強さなどを常時計測するセンサーも設置されています。システムが自動で天窓を開けたり、遮光カーテンをかけて環境を制御する仕掛けもあります。環境を制御し、二酸化炭素(C02)や液肥の濃度なども調整する優れものです。オール電化の栽培設備は、環境への配慮という付加価値も評価されているようです。

 秋田県では、冬季の積雪とその低温がイチゴの栽培に適さないと判断されてきました。冬春イチゴは、大粒でおいしく作るには温度・湿度土壌水分の目配りに手間がかかります。さらに、病気にも比較的弱く収穫量を安定させるのが難しいといわれてきたのです。でも、秋田の気候風土は、夏秋イチゴには向いていると判断しました。産地間競争も冬春イチゴほどではなく、商機があると判断したわけです。まず夏秋イチゴに適した品種として「すずあかね」「夏のしずく」を選びました。「夏のしずく」は期待が高かったものの、国内での栽培法が確立していませんでした。「夏のしずく」は風味にすぐれているのですが、栽培法の確立が課題でした。この課題を、農研機構や秋田県立大学からの助言を得ながら解決していきました。「夏のしずく」」は、露地栽培に比べ温度・湿度管理がしやすいハウスで栽培することになります。さらに、種から苗を育てる作業は業者に任せるなどの栽培方法が確立していきます。苗からの育て方は、ハウスの構造や肥料・農薬散布などは動画で分かりやすく解説する仕組みを取り入れてあります。

 もっとも、これだけでは商品化は進んでいきません。イチゴの産地形成には、生産者の仲問の輪を広げることが必要です。新規参入者を募り、収穫量の増加に見合う販売綱を形成することが求められるのです。最初から、形も味も良い夏秋イチゴを作ることは至難の業です。生産者のイチゴの価格を崩さずに、生産者に利益が入る流通経路がなければ、新規参入や転作の動機を高めることはできません。そのためには、生食に適さない大きさ、形を理由に安値がつく加工用イチゴをあえて生食用の価格で仕入れる方策を最初に取り入れました。大きさや形を理由に安値がつくイチゴを、加工用にして、菓子やジュースで販売することも行いました。商品開発の背景や生産者のメッセージを販促ツールとして、消費者の購買意欲につなげ作戦です。協議会は、2026年からの作付けに向けた栽培マニュアルを作ります。マニュアルは簡潔で分かりやすくし、生産者をしっかり支援する内容になるようです。

 余談ですが、農業生産の成功事例を持つ国は、オランダになります。小さなオランダが、世界第2位の農産物輸出国です。輸出量は、10兆円になります。この金額は、中国が輸入する穀物に匹敵する金額になります。農業輸出大国と言われるブラジルやロシアよりもその輸出額は多いのです。そのオランダは、EUの統合前、スペインよりもトマトの輸出量がはるかに少ない国でした。でも、EU統合後はトマト生産大国のスペインを追い抜いてしましいました。その立役者は、植物工場です。オランダの植物工場は、徹底した合理化を行っています。この植物工場は、植物に適した温度や湿度を提供し、常に一定の生育速度を保っています。耕作、追肥、種まき、収穫作業において完全自動化を行っているのです。日本には、農業技術も資本もあります。オランダにできて、日本にできないのは、なぜなのか考えてしまいます。なぜなのか。突き詰めていくと65年も前にできた農地法が、邪魔をしていることに突き当たります。農地法は、床をコンクリートにした植物工場を農地とは認めていません。コンクリートの植物工場には、高い固定資産税が適用されます。技術も資本がある企業が、農業に参入できない岩盤規制があるためなのです。2020年12月の新潟県上越市の高田地区では、35年ぶりの記録的な大雪に見舞われました。この大雪で1592棟のビニールハウスに破損や倒壊の被害が出ていました。オランダのように近代工場のようにしっかりした構造ならば、暴風や豪雪で施設が吹き飛ぶことはありません。秋田のビニールハウスは、北国の厳しい風雪に耐えなければなりません。ぜひ、丈夫な施設でイチゴ栽培ができるように法律の改正をして頂生きたいものです。

 最後になりますが、ヒートポンプの方式は、面白い効果を出しています。夏季の夜間にビニールハウスで冷房を使うことで、糖度の高いトマトを収穫しました。夏の夜に気温が下がらないと、作物は体力を消耗しやすいのです。夏にヒートポンプを稼働させ、ハウス外よりも3度ほど低い温度で育てました。夏から冬にかけての栽培は、夏にヒートポンプを午後9時ごろから翌朝4時ごろに稼働させたのです。冷房を使うことで、糖度の高いトマトを10~12月に収穫することに成功したわけです。一般的なトマトは、糖度が3~5度です。糖度が8~9度になると、価格も1300円ほどに上昇します。さらに、糖度が10度以上になると、同2000円ほどの高価格で取引されるようになります。トマトの実に糖分が凝縮して、10月中旬以降には糖度が8度を上回るトマトを収穫できたというわけです。九州電力は、ヒートポンプの冷房を使用したイチゴ栽培方式で、成果を上げました。新しい栽培方式によって、オランダのような豊かな農業を構築していきたいものです。

 余談の余談になりますが、オランダのトマトがスペインのトマトに勝った理由があります。オランダは、農業生産の変化に応じて、生産方式を柔軟に更新していきました。スペインは、昔ながらの方式を世襲したわけです。ある意味、時代遅れの生産方式に固執したとも言えます。農業における技術の進歩(植物工場など)や消費者のニーズに合った生産方式や販売方式を構築することが望まれるわけです。日本でも、令和の米騒動で、古い制度に固執した政策の破綻が垣間見られました。進歩とニーズのバランスを考慮しながら、農業政策を進めてほしいものです。

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