日本には、細かくて織密なものに美を見いだす傾向があります。小さいもの中に、美を見出す歴史的文化的な土壌があるようです。江戸時代の根付(印籠)や小物入れを帯に吊るすための留め具には、縮小の美が見られます。縮小することは単に小さくなることとではなく、本来より少し優れたものにすることです。この反対が、手の中に入れられないこと、「手にあまる」ものになります。日本人は、手でさわる(握る)ことのできる小さなものを、愛好する傾向が強いと言われています。この縮小は、現代日本のキーホルダー文化などにと通ずるものがあります。そして、ファッションや化粧の分野でも、その縮小の流れが生まれているようです。それが、ネイルアートやネイルセラピーなどのなるようです。今回は、ネイルアートやネイルセラピーについて考えてみました。
アフリカの森から平原に出たホモ・サピエンスは、世界中に分布するようになりました。彼らは、10万年前の時代でも音楽やおしゃれを楽しんでいたのです。我々の祖先であるホモ・サピエンスは、きわめて移動能力が高く、適応能力が高い生き物でした。多種多様な言語や宗教を生み出し、多彩な生活様式で生存を支えてきました。その中で、人類に特徴的なことがあります。地域は違っても、なにを喜び、なにを哀しむかは、どの国でも似たようなことが多いのです。文化人類学者の分析によると、世界中の神話や物語は30程度のパターンに分類できるそうです。この30のパターンの音楽や身体言語が、本当の喜びや悲しみを表現するものになっているというのです。30のパターンの中には、聴いて心地よい音楽や語り部の話、見て美しいと感じるおしゃれ、そして自分を美しく見せるおしゃれなどが含まれています。ある意味、心地よさや幸福を得るために、ホモ・サピエンスは、異動や土地での生産に励んでいたのかもしれません。その幸福は、財産がたくさんあるとか、地位が高いとかでは得られないことも分かってきました。幸福は、穏やかさ、安らかさ、ゆるやかさを基調とするもののようです。楽しさや幸福を上手に実現するためには、計画性も大切だといわれています。幸福とは、ものすごく大きな塊ではなく、小さな喜びを重ねていくものといわれるようになりました。幸福は、小さな感動や喜びが少しずつ積み重なって形成されていくというのです。であれば、小さな喜びを見つけることのできる人、小さな喜びを作れる人、人に小さな喜びを与えることのできる人、それらの人と一緒に生活をする環境にあれば、幸福な生活を末永く送ることができるかもしれません。
内閣府の2021年度の調査結果で、60歳以上の高齢者のうち6割以上が、おしゃれに関心があることが分かりました。その60歳以上の高齢者のうち6割以上が、積極的におしゃれをしたいと考えているのです。その延長線上に、おしゃれな高齢者の思いに応えるために、「ネイル」という選択肢が広がっている状況が生まれています。あるシニアは、「年を重ねてもおしゃれを楽しみたレという気持ちは誰しもが抱くものだ」と話します。元気なシニアであれば、いつでも、どこでもこの思いをかなえることができるでしょう。でも、病気入院や養護施設に入ったシニアには、手軽に美容室やサロンに出かけることがかなわない生活になります。もっとも、需要があれば、供給するビジネスが生まれてきます。日本保健福祉ネイリスト協会(大阪府)は、高齢者向けにネイルサービスを手が掛けています。この団体に加盟しているネイリスト達は、高齢者施設や病院に出張し、ネイルサービスをしています。サロンなどに気軽に行くことかかなわない入院患者向けに、マニキュアを使ったネイルサービスを提供していいます。ここでは、元気なシニアとは少し違った配慮も求められます。長時間、同じ姿勢を続けるのがつらいという声もあり、素早くきれいに仕上げる必要もあります。弱いシニアのネイル施術にかける時間は、およそ20分程度になるようです。通常のネイレと比べて、短時間に仕上げることになります。
ネイルサービスの需要が増えれば、その中で求められるニーズは多様になってきます。たとえば、がん剤治療で爪が変色したり、割れやすくなったりしたがん患者向けのネイル施術があります。ここでは、マニキュアを塗ることで変色した爪を隠すことができるほか、爪の保護にもつながります。指や爪を、健康にそして美しく見せることは、患者さんには好評のようです。さらに、利用者には、模様も重要な要素になります。利用者に最も人気の柄は、「お花」になるようです。4月は桜、6月の梅雨どきにはあじさいなど、季節の変化を花の種類で楽しむことができます。外に出ることが難しくても、季節の変化を花の種類で楽しむことができます。また、利用者が過去に飼っていた動物など、思い出とつながるデザインも人気になるようです。協会が対象としているのは、高齢女性だけではありません。男性向けでも、清潔感を出したいという要望があります。この場合、爪磨きなどの施術をして、生活感や健康を演出することも可能になります。入院している方には、硬いジェルネイルではなく、除光液で手軽に落とせるマニキュアを使うようです。それは、急な入院などが必要となった場合でも自分で簡単に落とせるためです。いろいろな配慮がありますが、爪のおしゃれは気分を高揚させるようです。シニアの生活するいろいろな分野で、シニア向けネイルケア広がる状況が生まれています。
人間の感情には、喜び、高揚、幸感、快感、悲しみ、落胆、恐怖、不安、怒りなどがあります。これらの中で、悲しみ、落胆、恐怖、不安、怒りなどの負の感情が多くなれば、「うつ」の状態になりやすくなります。もっとも、ノルアドレナリンやセロトニンの分泌が正常であれば、いろいろな感情を制御できます。また、適度に発散する機制を行えば、より良い状態が保てるわけです。でも、病院や養護施設にいるシニアには、なかなか難しいことになります。脳は、楽しいことが大好きです。面白いと思えることには、挑戦してみることです。気分がめいっている時に、面白いことや好きなことをすれば、ストレスの発散ができます。面白いことを感じるには、ドーパミンの分泌が多くなります。ドーパミンが多くなれば、気分が高揚します。このドーパミンを効率的に増やす方法は、小さな達成感を数多く味わうことになります。そんな中で、ネイルサービスなどが、一つの発散になっているのかもしれません。
余談になりますが、ネイルをはじめとした介護美容は広がりつつあります。そんな中で、ネイルの施術が認知症にも効果があることが分かってきました。ある高齢女性が脳梗塞を患い、手にマヒが残る状態にありました。あるネイリストが、この女性にネイルの施術を勧めました。手にマヒがあることから、女性は、最初は嫌がっていたそうです。でも、施術をした後、女性の夫からのお礼の電話が届いたのです。爪は、日々生活をする中で、目に入りやすい場所になります。高齢者だからこそ、すぐ目に入るネイルが気持ちの安定の目安になるようです。ネイルを通じて、利用の心理的不安を和らげることもできるようです。実際にネイルした人の中には、認知機能の低下による食事の拒否や暴言が減っているのです。蛇足になりますが、日本人の肌は、赤みを帯びた光を加えることで健康的で優しい印象を与えます。イエローベースの肌に青系統の光を加えると、顔色が悪く見えてしまい悪い印象になることはよく知られています。健康を演出するために、赤い光の反射を利用したファンデーションがあります。光が肌に当たった時に、赤い光を強く反射する粉を使うのです。赤い光を反射する特徴は、小じわや毛穴、そしてシミが目立たなくします。この性質を知っている人は、お葬式に赤い光を反射させるファンデーションは使いません。おそらく、ネイリストの方は、このようなことを理解し、場所にる使い分けを工夫をしているようです。
最後になりますが、ファッションと化粧は、美を形作る重要な要素になります。近年、アパレル企業と化粧品企業の融合が話題になっています。アパレル大手のオンワードは、自然派化粧品を扱うベンチャー企業を買収しています。美と自然は、密接な関係にありますこの企業が、自然派化粧品を扱うベンチャーを買収することは理にかなっています。複数のことを同時並行的に進めていくと、知的干渉が起こり、創造力が活性化されてくることがあります。複線的に仕事を行っていると、1つの仕事から得られた価値観が他の仕事に広がる現象が出てきます。2つの仕事から、より高次の融合体が生まれるわけです。例えば、ファッション関係者が、化粧について探求していると、服装と化粧の融合体が生まれるということです。この融合体は、富裕層が求める贅沢品になる場合もあります。そして、大衆が求める必需品になる場合もあるのです。さらに突き進めて、2つの融合ではなく、そこに小さなファクターを付け加えた3つの融合にすれば、より多くの選択肢が生まれます。激変する社会では、この選択肢を多く用意した企業が優位に立てるかもしれません。