スポーツ庁と文化庁の有識者会議は、休日で進めている「地域移行」を平日にまで広げる改革案をまとめました。2022年度から「地域移行」の名で続けられてきた部活改革は、2026年度から「地域展開」に看板が替わり第2幕に入りました。具体的な対策が、求められる時期に入ってきています。地域移行は、大改革の割に地方自治体の実践には見るべきものがありませんでした。改めて、2031年度までの6年間が新たな改革期間に設定されたことで、様子見だった自治体も、大きな変革に着手することになるようです。この面での改革に、先行している神戸市や熊本市には、問い合わせが多くあるようです。この二つの市の取り組みには、違いがあります。これから各自治体で、いろいろな改革案が出てきます。地域展開の場合、課題にはいくつかあります。1つは、場所(グランド、体育館、プール、教室、音楽室、美術室など)の確保です。2つ目は、仲間(部員)の確保です。3つ目が、指導者の確保になります。4つ目は、運営資金になるようです。
神戸市は、2026年8月で市立中学校の部活動を終了します。放課後にスポーツや文化・芸術に親しむ機会を提供する役割は、「コベカツ」と呼ぶ地域クラブが引き継ぐことになります。神戸市は、運営を担う「コベカツクラブ」の1次募集の結果を3月に発表しました。526団体が、審査を経て登録が認められました。運動では、野球、サッカー、ソフトテニスのほかラグビーや空手道、ヨガ、ボルダリングなどがあります。文化・芸術では、ドローン操縦、フラダンス、ボードゲームなどもあります。クラブ活動頻度は、週5日から月1日まで幅があり、複数を経験することも可能になります。現状で約1100ある部活の受け皿としては不十分で、2次募集を行う予定です。コベカツの目的は、①子どもの選択肢の拡大②学校の教育活動の充実③多世代交流・地域の活性化の3つになります。今まで行われてきた学校部活動の範疇を、大きく超える活動を含むようです。これらの活動は、全国のモデルになるかもしれません。
もう一方の熊本市は、神戸市と違う活動を模索しています。2024年3月、市の委員会は地域移行を見送り、学校が部活の運営を続ける答申を出しました。これを受けて、熊本市教委は今年3月、2027年度から「新しい学校部活動」を始める方針を打ち出しました。新しい学校部活動の導入理由は、大きく2つあります。地域のクラブには約2万人の中学生を受け入れるだけの規模がないことです。そして、学校の部活動には、教育の場としての重要な役割がある点を挙げています。例えば、部活があることでより多様な生徒が活躍し、学校に居場所を見いだせる利点があること。教員は、授業と部活双方での生徒の姿を視野に入れて指導に生かせる利点があること。「部活がなくなると、学校が果たしてきた役割の一部が欠けてしまう」という理由を挙げています。一方、熊本市も変える点は多くなるようです。「楽しむ」に重きを置き、ニュースポーツもできる新しい部活を導入します。複数校の合同の活動も、現在より多く取り入れることになります。指導に当たるのは「希望する教員のみ」と明示し、報酬の支給も行います。人材確保の目標は1600人で、現状では教職員800人、市職員295人、地域住民約250人など目標に近い人数の確保が可能と見積もっています。指導者の人件費に6億円、人材バンクの運営費に0.5億円が必要と見込んでいます。計6.5億円の50%を受益者(保護者)、23%を公費でまかない残る27%は企業の協賛金などを充てるようです。神戸市も熊本市も、子どもの自己決定の重視や選択肢の多様化、そして教員の働き方の改善といった改革の理念は同じようです。
部活動の「地域展開」のもう一つの見方は、アカデミックな視点になります。ある専門家は、「部活改革の大目標は子ども、教員という学校の構成員のライフスタイルを変えることだ」と話しています。今まで、当たり前に思われていた常識も変わりつつあります。試合での勝利を目指して1種目だけに専念させる子どものスポーツ環境を変える流れです。この流れを後押しするのは、少子化の影響です。野村総合研究所の推計では、中学の男子軟式野球の1校あたり部員数は2023年度が16.6人でした。この16.6人が、30年後には3.9人に減ると推定されています。種目によっては、チーム編成ができなくなる状況が生まれるのです。部活顧問のために過度な負担を強いられる教員の働き方も、変える流れが起きています。今までは、『部活に時間を割いてくれる先生はよい先生』という評価が主流でした。時代の流れは、この評価基準を変えることが求められているようです。合同部活動への移行や地域移行は時代の流れになり、それによって従来の評価やルールも変わる流れが出てきています。
地域展開には、大きな負担が伴いますが、メリットもあります。地域移行の活動に転換することで、スポーツ活動や文化活動を生涯学習として行うことが可能になります。教育学では、正統的周辺参加という学習理論があります。これは、「学び」を個人の中に蓄積される知識や能力として捉えない特異な教育理論でもあります。この正統的周辺参加とは、周辺から次第に中心へと参加していく過程を学習と捉える学習論になります。職人の工房を想像すると、イメージがつかみやすいかもしれません。職人は、知識を教科書で学んで一人前になるわけではありません。見習いの職人は、兄弟子たちの仕事を見ながら学んでいきます。身体の動きを見て、学んでいくという過程を取るわけです。正統的周辺参加で重要な点は、学習が単に個人だけの成長ではないということです。見習いの職人は成長しながら、次第に重要な仕事の技術を磨いていきます。工房に所属し、そこで職人の一員として仕事に従事することで、次第に技術を蓄積し成長していきます。見習いが成長することによって、工房も発展していきます。見習い職人が兄弟子や親方に教えられながら成長することで、職場全体が良くなるという捉え方をするわけです。あるコミュニティへの参加する過程と、その過程で生じるコミュニティの変化全体を向上と捉える思考形式になります。システム全体を、教え教えられる学習として捉えるところに、正統的周辺参加という考え方の特徴があります。部活動の地域移行は、正統的周辺参加とも置き換えられるかもしれません。
余談ですが、私の住んでいる福島市の岡部地区は、歌枕にもなっている「もちずり」の地になります。この地区には、岡山体協が活動しています。私の町会(120世帯)には体育部があり岡山体協に所属しています。岡山体協は、6月に壮年ソフトボール大会と壮年ソフトバレーボール大会、6月のソフトボール大会と家庭バレーボール大会、10月は運動会、11月はバドミントン大会、12月は卓球大会を開催します。上条町会は、参加することにエネルギーを注いできました。参加するには、日頃の練習も必要になります。体育部の仕事には、その練習する場(東部体育館)を確保することがあります。確保は、月に1~2度になります。この場合、コート半面が普通です。この時の運動は、幼稚園の子どもから70歳のシニアまでバドミントンを中心に運動をしています。運が良い時は、コート全面を借りることができます。その時は、40人以上の親子が運動をしています。この40人の中には、元体育教員や、実業団のソフトボール経験者、高校野球の経験者、大学のバドミントン部経験者、他にも多彩な運動経験者がいます。これらの経験者と子ども達が運動を楽しんでいます。各種の運動経験者などが、状況に応じて子ども達とも運動をしています。このような活動をする中に、正統的周辺参加の良さが出てきているようです。子どもも大人も楽しみながら、運動をする中で、各種運動のスキルを高める様子が見られるからです。シニアも軽い運動を通して、自分の健康状態を確認できる場となっているようです。
最後になりますが、中学に限らず、小学校のクラブ活動や高校の部活動の地域展開を考える流れが生まれることが考えられます。もう一つの流れは、教育における非認知能力の育成を地域に委ねると言う選択です。企業の側も、業績の向上に非認知能力が影響していることを理解し始めました。非認知能力が、経営や投資の成果を高めることが分かりました。その一つに、失敗や試行錯誤から学ぶ姿勢があります。これらを繰り返すことにより非認知スキルが徐々に身に付くことがあります。自分なりの方法の処方箋は、ベストでなくともよいのです。時間をかけて、漸進的にベストに近づく姿勢が求められます。自分に合った方法を少しずつ学習して、改善していく試行錯誤が大切になります。ある意味、このような試行錯誤の場が、自分の周りにあれば良いわけです。現在の部活動は、試合での勝利を目指して1種目だけに専念させる場になっています。1種目だけに専念すれば、その種目に必要な体力や技術は急速に高まります。それはそれで、達成感が生まれます。一方で、時代の流れはスポーツや文化活動の場を変える流れになってきました。この流れを後押しするのは、少子化の影響です。種目によっては、チーム編成ができなくなる状況が生まれるのです。好奇心、探究心、我慢強さ、失敗を恐れずに失敗から学ぶ部活動が、学校からは無くなる流れになってきます。それの受け皿が、児童から高齢者までが参加する地域の運動グループということになるかもしれません。