2024年度に実施された小学校の採用試験受験者は、4万人弱と10年前より3割も減少しています。2024年度の採用試験倍率は、過去最低の2.3倍になりました。一般に、採用試験が2倍台になると、教員の能力が低下するとも言われています。このことに危機感を持った文科省が、対策を立てています。その一つに、人気が低迷する学校教員の確保に向け、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が、教員の待遇改善や働き方改革の推進などを盛り込んだ総合的な対策を答申しています。その柱は、1つに教員の待遇改善があります。2つに働き方改革になります。3つ目が学校の指導や運営体制の充実になります。ご存じのように、教員の勤務は、一般行政の方と違う給与体系になっています。教員は残業代の代わりに、基本給の4%を上乗せする「教職調整額」をもらっています。これはある意味、有利な特典です。でも、考えようによっては、いくら残業をしても、給与は増えない仕組みでもあります。行政職の方が残業をすれば、残業手当をもらうことができます。今回の答申では、この教職調整額を10%以上にすることになりました。でも、教員はカリキュラムに書いてあることだけを教えるような誰でもできる仕事ではないことも事実です。子ども達の成長を配慮した授業の準備や教材研究といった一定程度の能力が求められる職業でもあります。
教育は、国の基本になります。人材育成の教育が機能不全に陥れば、国力の低下を招くことになります。その基本を支える教員の能力の低下は、確実に国の衰退を招きます。教員を希望する人材の資質にも、課題が生じています。教員試験に必要な教員免許状は、大学や短大で必要単位を集めれば取得できます。ここでは、適性や能力は厳しく問われることはありません。あるベテラン教員は、新人の先生が授業も、学級運営も、満足にできないことが常態化したと言っています。力不足の教員志願者も多く、倍率の低下に比例して教員の質も下がると嘆いています。教員には、専門的知識と支援のスキルが必要です。教員が教える各教科や科目の授業には、到達目標があります。授業には、子ども達が授業を理解し、学習進度の目標に到達しているかどうかを調べる評価の過程があります。これらのスキルが不足している教員志願者が、採用されて学校現場で子ども達を教える負の状況が生まれています。蛇足ですが、教員の質に関しては、フィンランドの教育改革が参考になります。この国の教育改革は、教員のスキル向上に成功しています。この国の教師になるには、倍率10倍を超える狭い門を通過し、さらに50回を超える教育実習を繰り返します。教育実習の中で教師に向いてないと判断されれば、転部を進められます。これらの高い教育スキルを持った教師たちが、子ども達の教育を行っているのです。最初から、ベテランの教師と対等のスキルを持って、授業に臨む訓練がされています。
東京都では今年の採用試験で、応募者数を採用者数で割った応募倍率が2倍台倍と過去最低を記録しました。受験倍率が3倍を切ると、優秀な教員の割合が一気に低くなるという経験則があります。受験倍率が2倍を切ると、教員全体の質に問題が出てくるとも言われています。このような状況が続くと、日本を支える知識の源泉は、やせ衰えていくのかもしれません。危機感を持った新潟県教委は、人材の募集に力を入れるようになります。その手始めとして、音楽と体育の実技を免除したのです。体育の実技で水泳を免除する県は、あったようです。体育全体を免除することは、ある面で思い切った手法のようにみえます。他にも、いろいろな優遇策を行う都道府県はあります。東京都は、2019年度から教員の印刷などを手伝う職員を配置するなどしています。
さらに、思い切った対策を取る県が、島根県になります。島根県内の公立学校では、2025年度に教員が 64人の欠員となっています。教員不足が深刻化するなか、地域募集確保枠を設けて、教員の確保を行う計画です。島根県立大学は、2026年度入試から人間文化学部(松江市)に地域教員希望枠を新設します。この県立大は教員確保に向けて、教員採用試験合格者へのフォローアップ研修に取り組くんでいます。さらに、県内で教員として働く意欲のある県内の高校生を,対象に計8人を募集するのです。小学校や幼稚園、特別支援学校の教諭免許が取得できる保育教育学科で5人(定員40人)、中学・高校教諭の免許が取得できる地域文化学科で3人(定員70人)をそれぞれ募集することになります。教員試験の負担を軽減する施策や高校在学中から、教員になるコースを設けるなど、教員採用には工夫を凝らしているようです。
民間の企業と私立短大の協力関係にもユニークな取り組みが見られます。学研ホールディングス(学研)は、2026年4月に有明教育芸短期大学(東京・江東)のキャンパス内に学習塾を開校します。学研が、短大や大学に自社の学習塾を開設するのは初めてになります。この試みは、全国的にも珍しいものです。学研は、主に空き教室などを2つの学習塾の教室として無償で借り受けます。短大内には、集団学習塾「学研教室」と個別学習塾「学研CAIスククール」の2教室を開きます。この学研教室は、未就学児や小学生が主な生徒になります。短大は、空き教室を無償貸し出し、水道光熱費も負担するという優遇策です。この短大は、保育士資格や幼稚園、小学校の教員免許が取得できる「子ども教育学科」を開設します。短大生は、学研教室で子ども達を教えることができます。学研は、開設有明教育芸術短期大学の学生をアルバイト講師として雇うことになります。この提携には、お互いの利益が絡んでいました。学研は、地価の高騰で新たに塾を開校できる場所を見つけるのに苦労していました。もう一つの課題が、少子化で学生アルバイトを確保するのが難しい状況が続いていたことでした。一方、短大側にも問題がありました。2025年度には、短大の約1割が学生募集を停止するなど、全国的に経営難が続いていたのです。短大側は10年ほど定員割れが続くなかで、学研との提携で教員志望の学生獲得につなげる思惑があったようです。学研教室は、保育士や小学校教諭を目指す学生と親和性が高い学習環境を提供します。講師不足や賃料高騰を解決したい学研と新たな収益の確保や学生数増につなげたい短大の思惑が一致したわけです。
余談ですが子どもの才能を伸ばす仕組みが、多様なデジタル技術の出現により可能になりつつあります。企業の参入も、活発になってきました。その企業の一つに、コニカミノルタがあります。コニカミノルタは、小中学校の児童や生徒の学習を支援する生成AIシステムを開発しました。チャットGPTに代表される生成AIは、インターネットに存在する情報を学習します。これらの生成AIは、子どもの教育に適していない情報を提供するリスクがあるのです。そこで、コニカミノルタは、AIが不適切な言葉を回答に使わないように、学習データを学習指導要領、教科書、そして参考書などに絞ったのです。学習指導要領のデータなどを活用し、生徒一人ひとりのレベルにあわせて支援することが可能になります。コニカミノルタは、学校向けの生成AIシステムを開発し、実証実験を行ってきました。現在、小中高校などに通う生徒らと教員の計16万人程度が生成AIを利用できる環境の構築を行っています。コニカはこうしたノウハウを生かし、都と教育現場の実装に向けて連携しつつあります。コニカは、東京都立学校を対象に生成人工知能サービスを提供すると発表しました。東京都から都立学校における生成AIシステムの構築や保守などの業務を受託したのです。教員や児童生徒にアカウントを付与し、サービスの利用ができるようにするわけです。教師は、生徒の自宅学習用ドリルを制作する手間や、人ひとりの学習支援の負担を軽減できるようになります。各生徒の学習状況は、クラウド上で教師がダッシュボードなどで確認できます。
良質な人材が多かった日本の教師集団に、異変が起きているのです。それは、教員採用試験受験者の激減です。受験者が減れば、採用される教員の質は落ちるとされています。日本の教員における専門的知識とスキルの養成は、教育現場に任されてきた経緯があります。スキルがない新人教師を、現場のベテランが陰に陽に教えることで、世界に誇る評価を得てきたともいえます。現在の状況は、さらにスキルのない新人教員をベテランが支援する仕組みになります。そのような状況の中で、学研と短大の提携は、一つのモデルになるかもしれません。教員希望の学生が、子ども達と数多く学習の場を経験することで、一定のスキルを身に付けることが可能になります。教育先進国のフィンランドは、50回を超える教育実習を繰り返しています。これと同じ回数以上を塾で、子ども達の支援を行えば、一定のスキルを身に付けた状態で教壇に立つことができるようになるかもしれません。