デフレの流れから、インフレの流れになりつつあります。賃金が上がり、少し明るい方向になりつつあると言う方も多いようです。一方で、賃上げが物価上昇に追いつかず、実質賃金はマイナスが続いているという方もいます。日本経済を見ると、税収は増えています。税収が増えていることは、経済が順調に推移していることを意味しています。よく考えれば、業界全体の売上高は底堅いものの、長引く物価高もあり個人消費全体はさえない状況にあるようです。多くの人は、年金制度など社会保障の根本的な部分で将来不安が払拭できずにいるようです。保守的な思考が強い日本人は、まだ安心してお金を使える心理状態になっていません。この消費の心理状態を把握するお店に、ドラッグストアあります。このドラッグストアは、生活に欠かせないインフラになりつつあります。ドラッグストアは、薬だけでなく食品や生活雑貨など幅広く取りそろえていいます。このお店では、コロナ前とその後では、売れ筋商品が変わりました。コロナ前は風邪薬や鎮痛剤など、対症療法を目的としたものが売れていました。コロナ後はサプリメント、血液をさらさらにする薬など健康を守るための商品が売れるようになりました。シミを防ぐ薬など、病気になる前の段階で健康を守るための商品が売れ筋になってきました。必需品以外にも、目を向ける余裕が出てきたともいえます。コロナ後には、富裕層の消費が動き始め、高額な海外ブランドの化粧品が今でも好調です。一方で、韓国コスメに代表される安価で手軽な化粧品も、若者層を中心に売れています。化粧品は、高額品と廉価品が売れる二極化が起きています。今回は、ドラッグストアの動向を見ながら、消費の動向を探ってみました。
モノを売る行為には、「私たちの欲望はどこから来たのか?」を知ることが大切になります。欲求の分かりやすい説は、アメリカの心理学者、アブラハム・マズロー(1908~1970)が考案した欲求の五段階説になります。マズローは、人間の欲求を「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」の5つの階層で構成されていることを示しました。一番下の生理的欲求から安全の欲」へと上に向かってクリアし、最終的に自己実現に達するという理論になります。この理論は、多くの分野で取り入れられているのですが、マズローのモデルは現実には当てはまらないことも多いのです。自己実現は、素晴らしい概念です。でも、現実の世界において、自己実現が欲求のトップに来るような事実が認められないことが多いのです。空腹に苦しんでいても、友達ができれば幸福度は上がります。幸福感を左右する要素は、仲間からの称賛や尊敬などの対人関係にまつわるものが多いのです。私たちの欲求には、マズローモデルのような上位と下位の区別など存在しないようです。でも、マズローモデルの中には、人間の欲求や欲望がどのような場面で起きて、どのような商品を買う行動に出るかのヒントが隠されています。
美しくなりたいという欲求は、動物にも人間にあるようです。クジャクの美しさを見れば、動物にも進化の過程で美を高めることが備わってきたものになります。その美しくなるためのオシャレに、変化が起きているようです。最近、がんばりすぎないオシャレをする傾向がでてきました。オシャレには、美的要素が含まれています。モデルは、美を表現する人達です。モデルの条件は、細身ということでした。それが、変化してきたのです。痩せすぎたモデルへの警鐘が、発せられるようになったのです。2015年のフランスでは、「痩せすぎモデル」禁止法案が可決されました。モデルが細いだけでは、健康的ではないという考え方です。また、伝統的なオシャレ観にも変化が出てきました。 欧米ではファッションや化粧品のブランド品を持つことは、それにふさわしい階層に所属するとか、一定の生活レベルを持っていることを意味していました。そのような環境では、グッチやシャネルなどの商品が、贅沢品として認識されているのです。欧米から離れた東京では、これらの商品が階層から離れて、誰でも使えるものになっています。ファッションや化粧品のブランド品が、贅沢品としてではなく、日常的に使われています。機能美を見る目が、日本人は肥えているようです。
日本人の堅実な消費行動は、アジアの国々の方も学んでいるようです。中国の旅行者などの爆買いは、一巡しています。かつては、目薬、のど飴、粉ミルクなどが、ドラックストアでの爆買いの対象になっていました。最近の訪日観光客の目的は、買い物から観光、食事などのコト消費に変わってきています。特に、コロナ以前は、薬や化粧品が良く買われていました。でも、薬価改定で、調剤薬局部門では既存の医薬品の販売単価が下がってきました。一部の処方箋薬、中間価格帯の化粧品などは、売り上げが落ち込んでいるのです。このカバーをするために、ドラッグストアは食料品の品ぞろえを強化し売り上げを補っている状況があります。蛇足ですが、中国では、日本の化粧品への憧れは、かつてほど強くありません。この理由は、中国では化粧品の自国生産品の質が向上したことになります。ベトナムでも、タイでも、それぞれの国での化粧品の品ぞろえが、これから充実していくことが予想されます。美しくなるための化粧品は、需要がどんな時代にもありました。80年前の戦争の時、日本でも、「ほしがりません、勝つまでは」のような標語がありました。戦争中は、人間の欲求が抑えられ、生存という欲求に集中するのかもしれません。戦争が終わり、日本の女性も、美しくなりたいという余裕を取り戻してきました。アメリカからハリウッド映画が配給されるようになり、ファッションや化粧品など美しくなる見本が次々に入ってきました。日本人は、直接は買えないファッションや化粧品の代用を考えます。代用で当座の欲求を満たしながら、いつかは本物を手に入れようと労働に従事していったわけです。1955年の「戦後が終わった」という頃から、富裕層と中間層はこの夢を実現していきます。
商品の売り上げは、会社にとって大切な要素になります。2010年、心理学者のダグラス・ケンリックが、おもしろい実験をしています。この研究チームは、性的なイメージを刷り込まれた男性たちが購買行動において変化があるのではないかと考えました。研究チームは、まず異性愛者(同性愛者ではない)の男性を集めました。この半数には、魅力的な異性の写真を見せ、残り半分には一般的な建物の写真を見るようにしたのです。その後で、参加者にいま2000ドル使うとしたら、どのようなものを買いますかと尋ねたのです。すると、建物の写真のグループは、低価格のジーンズやオープントースターなどの日用品を希望しました。一方、魅力的な異性の写真を見た男性ほど、ブランドのサンダラスや高級カーステレオなどの高級品を欲しがる傾向を示しました。彼らは、低価格のジーンズやオープトースターには、見向きもしない流れになったそうです。「生理的欲求」は、生殖と生存を求めるものです。生殖と生存は、あらゆる生物に見られる行動原理になります。男性も女性も異性に関心をもつ根源的欲求は、モノ売る行為において押さえておくポイントになります。
余談ですが、鮮魚店や青果店がスーパーケットになったようにドラッグストアは生活必需品を揃えるお店になりました。日本の場合、お金を持って、比較的余裕のある世代は、高齢者になります。日本は、2030年代に人口の3分の1が65歳以上となります。3分の1が65歳以上となり、健康や美容の維持に向けた関心は一層高まる流れができています。ある意味で、お客様の健康や美容をサポートする役割もこれからは求められるようになります。ドラッグストアは、お客様の健康や美容をサポートするパートナーになろうとしています。このサポートを薬剤師と顧客のコミュニケーションを通して深めていくことを考えているようです。ドラッグストアは、合併や多店舗展開を追求する中で、成長してきました。でも、無理な店舗拡大だけでは、お客様に共感してもらってモノが売れていく時代は終わったようです。小売りの未来は、単に「モノを売る」ことから「共感を作って売ること」に変わりつつあります。ドラッグストアには、無理な店舗拡大はせず、これまでのビジネスを深掘り専門性を高めることに成功の道があるようです。
最後になりますが、美の追求や健康の追求は、人間の根源的な欲求になります。この欲求を満たす商品やサービスが、これからの優良コンテンツになります。たとえば、アパレル大手のオンワードは、自然派化粧品を扱うベンチャー企業を買収しています。美と自然は、密接な関係にあります。この企業が、自然派化粧品を扱うベンチャーを買収することは理にかなっています。自然が破壊されれば、人々の心は荒廃していきます。自然と美がその商品に潜んでいれば、人々の心を和ませるものがあることになります。機能的で便利さが向上しても、この世の中から「美」が減少してしまえば、殺伐とした社会になってしまいます。ファッションの美と化粧の美の融合を追究する企業が、どんな工夫をするのかは、とても関心のあるところです。さらに、そこに健康の要素が加われば、楽しい商品、もしくはサービスになるかもしれません。