蚊の媒介によるマラリアが、熱帯のアフリカなどで猛威を振るっています。ゲイツ財団の推計によると、世界で毎年70万人以上は蚊がもたらす病気で亡くなっていることになります。蚊は、人の命を最も多く奪う動物とされ、マラリアやデング熱などを媒介して感染を広げています。途上国を中心に蚊の発生を防いだり、蚊帳や予防薬使用して被害を抑える必要があります。マラリアなどの病気が発生するリスクが低いとされる国でも、温暖化により蚊の移動が見られるようになりました。温帯に属する国々でも、蚊の発生に備える対策が求められるようになりつつあります。新型コロナの流行時には、各国は航空機や船などで人々が移動するのを制限する対策をとりました。でも、感染症を引き起こす病原体は、陸地や船を経由してくるだけでなく空を飛んで現れるかもしれないという兆候が見られるようになりました。
これまで蚊の行動範囲は、すみかの水辺や草むらから数km以内に限られるとされてきました。ところが、米国立アレルギー感染症研究所の発表した研究内容は、その常識に疑問を投げかけています。この研究所は、2018~20年にアフリカのマリやガーナで、風船を高度120~290mに約200日間、浮かべました。この風船には、蚊を捕まえる粘着パネルをつけていました。この粘着パネルに捕まった蚊から19種の病原体が見つかったのです。捕まった約1000匹の蚊を調べると、マラリアやフィラリア、デング熱ウイルスなど19種の病原体が見つかったわけです。浮かべた風船から風速などを計算すると、蚊は上空の風に乗って一晩で数十一数百kmを飛行する可能性があることがわかりました。地表付近を飛ぶ蚊が風などで空に巻き上げられ、長距離を飛んで感染症を広げる可能性がでてきたわけです。病原体に感染した蚊が、一晩で数百kmを飛行すると、簡単に国境を越えて病原体が移動することもあるわけです。この調査は、今後のパンデミックが空港や港の検疫だけでは防げないことを暗示しています。
さらに、厳しい報告もあります。蚊だけでなく、病原体自体も空を飛ぶかもしれないという説も流れています。スイスのジュネーブ大学などは、気球に専用の装置を乗せ、旅客機の飛行高度よりも上の高度12~35kmを調べました。この高度には、「ジェット気流」という強い空気の流れがあります。ジュネーブ大学などが、上空で胞子を捕獲し培養しました。培養の結果、200種類以上の真菌の胞子を見つけたのです。この中には、体を守る免疫の機能を低下させる危険な真菌もありました。この危険な真菌の中でも 15種類の胞子を培養すると再び増えたのです。もし胞子が「ジェット気流」に乗れば、数千kmを飛行する可能性があります。酵母やカビの仲間の真菌が、数千kmを飛行する可能性があるわけです。研究チームは、火山の噴火で発生する上昇気流に胞子が乗り上空に到達したと推測しています。気候変動に伴う暴風雨やハリケーンなどの頻発で、真菌の長距離拡散が容易に助長される可能性が生まれています。そして、危険な真菌が、実際に感染症を引き起こしたのではないかいという事例も生まれつつあります。
2021年に、米国で森林火災の消火にあたった消防士7人が真菌に感染しました。消火活動に当たった消防士が、煙に含まれるとみられるインフルエンザに似た症状を起こす真菌に感染したのです。これは、コクシジオイデス症というインフルエンザに似た症状を起こす真菌による感染でした。コクシジオイデス症をおこす胞子が雨に入るなどして地表に落ちれば、人間や動物に感染する懸念があるわけです。新型コロナウイルスのパンデミックは、世界に深刻な経済損失をもたらしています。このパンデミックに、世界が苦しめられました。このようなウイルスや細菌は、まだまだあるようです。近年パンデミックを起こした感染症は、エボラ出血熱やA型インフルエンザウイルス( H5N1 亜型)、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(NMRS)、そして新型コロナウイルスなどがあります。哺乳類や鳥類には、未知のウイルスが170万種ほど存在します。170万種ほどのうち63万種が、人に感染する可能性があると推定されているのです。動物と人に感染する病原体によって引き起こされる感染症は、200種類以上が確認されています。あまり知られていないことですが、毎年5つ以上の新たな人獣共通感染症が発生しているのです。新しいウイルスは、次々と発生することが推測されるわけです。そして、それらのウイルスや細菌が、動物だけでなく、風に乗って一晩で、数百kmも飛ばされることもあることが分かってきたのです。
2020年以降のコロナ禍では、各国が航空機や船を使った移動を制限するなどの対策を行いました。人々が接触して感染が広がるのを防ぐために、航空機日を使った移動を制限したわけです。マスクの着用やワクチンの実用化も効果を発揮し、コロナパンデミックは収束に向かいました。でも、次に起こるパンデミックが、起こることは間違いないようです。次の大流行を引き起こす感染症が、いつ出現するかは分からないのです。空を飛ぶ病原体や媒介動物が感染症の流行に与える影響が予測できないわけです。人の移動を制限しても、病原体が国境や海を越えて空から現れる可能性があります。もし、病原体が盛んに空を飛ぶとしたら、従来にない感染症対策を各国とも考えなければなりません。飛ぶ病原体が本当にいるとしたら、従来の感染症対策の枠組みを越えた存在になります。空を飛ぶ病原体なども、対策の枠組みに入れておくことも選択肢になるようです。
余談ですが、 強い毒を持つ「ヒアリ」は繁殖力が非常に強く、国内に定着すすると困ったことになります。このヒアリは、海外からのコンテナに入り込んでいるケースが多いのです。ヒアリの上陸や営巣が確認された際には、殺虫剤を用いて早期に駆除することが必要です。このアリがが、日本に定着すれば瞬く間に広がり、根絶はほぼ不可能になるとも言われています。今、強い毒を持つ「ヒアリ」の生態を把握するため、国内初となる飼育実験が進められています。飼育実験は、国立環境研究所(茨城県つくば市)で始められました。その成果が、少しずつ現れています。台湾から1万匹のヒアリを移送し、厳重に管理された環境で飼育しながら実験を進めています。ヒアリに対して、有効な薬品や日本の環境でどういったエサを好むかなどの研究を実施してきたわけです。その結果、効果が高い薬品や日本の港湾で見られる植物の種子の中でヒアリが好む種類もわかりました。特に、実験を通じて水際対策に有効な薬品を探してきました。その有効な対策が、ワサビを使ったシートでした。コンテナ内に設置すればヒアリの侵入をほぼ100%回避できるワサビを使ったシートを開発したのです。日本で豊富の取れるワサビが、ヒアリを港の瀬戸際で食止める材料になりました。もし、世界がこのヒアリ対策を求めるようになれば、大きなビジネスチャンスになるかもしれません。感染症を阻止することは、中世のペストを見るまでもなく、行われてきました。その成果も、歴史の流れの中で少しずつ実現してきました。人類は、新たなパンデミックに随時対応していくことになります。
最後になりますが、科学の進歩が感染症の予防に貢献することを理解する必要があります。個々人が、予防についての知識を持つことは、これからの時代に必要なことになります。たとえば、グーグルはアメリカの公衆衛生当局よりも早く、インフルエンザ流行の予測に成功しています。咳止め薬や解熱剤をオンライン発注する傾向が強い地域は、インフルエンザ流行を予測できる場所になります。「咳止め薬」をウェブ検索頻度で見ると、インフルエンザの流行地域が特定できるというものです。グーグルは、検索キーワードの使用頻度とインフルエンザ感染の相関関係を分析しました。これをAIが、処理していくことになるわけです。賢い人々は、この分析結果を見て、リスクの高い地域に近寄らない行動を取るようです。また、国などの対策も確かなものになっています。たとえば、インフルエンザウイルスは、その感染や発症の仕組みがすでに詳しくわかってきています。インフルエンザウイルスの研究に基づき複数の抗ウイルス薬が開発され、実用化しています。効果のあるワクチンが、多くの人の重症化を防いでいるわけです。さらに、インフルエンザに関する病院の検査体制も整っています。インフルエンザと同じように、新型コロナウイルス感染症に対する対策が進んでいます。新型コロナウイルスの治療薬とワクチンの実用化、そして十分な検査体制の構築が進んでいきました。次のパンデミックについても、人類は賢くその危機を乗り越えていくこと願っています。