地殻変動のブログを書いている時に、さらに地殻変動を加速せる事件が起きました。米国土安全保障省は、現代自動車が共同出資する車載電池工場を捜索し475人を拘束したと発表しました。韓国政府などの説明では、韓国人の拘束者は300人あまりになります。そこには、電気自動車向け電池の装置のメーカーに所属する日本人も3人含まれていました。このほかに、中国の電池製造装置企業に勤めている中国人も8~9人が拘束されています。身柄を押さえられた韓国人は、会議や商談など短期ビジネスのためのビザで米国に入国した人たちでした。短期ビジネスのためのビザで米国に入国し、米国の法律で禁じる労働行為をしたとみられています。トランプ米大統領は高関税をテコに製造業回帰を狙う一方、ビザの審査を厳しくしていました。彼自身のSNSで「我が国の移民法を尊重するように要請する」と他の外国企業に警告しました。一方、「投資は歓迎し、優れた技術力を持つ優秀な人材を合法的に招く」とも発信しています。米国への投資呼び込みは続けると強調したのですが、呼び込みに応じた世界的企業の作業員を拘束するという暴挙も同時に行っています。どうすれば、良いのでしょうか。
そのヒントが、日本の熊本県にありました。過去において、日本は半導体の製造では世界有数の国でした。その凋落を回復させる施策が、台湾積体電路製造(TSMC)の誘致でした。TSMCは、先端半導体の量産技術で世界の先頭を走る企業になります。このTSMCが、熊本県菊陽町に工場を建設します。約1兆円を投じて量産拠点をつくり、2024年末には初出荷しています。新工場を運営するのはTSMCの子会社で、ソニーもマイナー出資する「JASM」になります。半導体は足が早く、出荷のタイミング次第で価格が大きく変動します。最先端のビジネスは、商機を捉えるには即断即決の俊敏さが欠かせません。日本の半導体が衰えた原因は、経営の速度が世界の標準から遅れていたためです。世界最先端の企業を近くで直視し、世界の即断即決の経営を学習することも必要です。この1兆円の授業料は、いろいろな波及効果をもたらしています。菊陽町に建設されるTSMC工場は、鹿島建設が請け負っています。鹿島の社長さんによると、この工場建設は普通なら10年近くかかる工期を2年に縮めなければならないということです。建設現場には、ナイター設備も完備しています。その理由は、工場建設が24時間体制の工程になり、工程の間隔をできるだけ圧縮する体制になっているためです。工程だけでなく、その工程を支える技術者などの作業密度も過酷(合理的)になっています。建設現場の近くにあるホテルは、建設を請け負う鹿島が今春から丸ごと借り受けています。丸ごと借り受けたホテルに、技術者や作業員が宿泊しています。ホテルでは、朝食を6時から提供していたのですが、ほとんどの人が食べずに作業現場に向かったそうです。このホテルは、急きょ食事を5時に切り替えて、食べてもらうようになったそうです。鹿島の関係者は、鹿島の歴史でも例のない高速工事になったと述べています。TSMCの最速の経営が、半導体企業はもちろん、建設会社やホテルの時間軸も変えているのです。米国の呼び込みは、旧態依然の産業政策のレールに乗ったもののようです。速さが求められる状況の中で、それにブレーキを掛ける政府の動きがあるのです。
日本は、米国との間で、 5500億ドル(約80兆円) を投じると約束しました。韓国などでも、投資を約束しています。でも、日本企業が対米投資を増やそうとしても、拠点を思い通りに立ちあげられない事態に直面しています。工場の立ち上げ時には、専門装置の据え付けや稼働に詳しい技術者が欠かせません。装置メーカーは、工場の立ち上げや運用を支援するために、必要に応じて技術者を迅速に米国へ派遣する必要があります。たとえば、日本製の製造装置は、日本の企業だけでなく韓国や台湾が米国の工場に導入する例も多くなります。技術者の派遣は、必然的に多くなります。そのような状況でも、外資拠点では不法就労の取りが厳しくなり、プロジェクトの遅延が起こるのです。新たな拠点を、思い通りに立ち上げられない事態に直面しているわけです。では、米国の政府はこの状況をどのように捉えているのでしょうか。1月に署名した大統領令で、ビザの発給審査の厳格化を国務省などに命じました。その主旨は、アメリカファーストです。不法滞在者を雇う企業は、過酷な環境のもと低賃金で働さかせる傾向があるという捉え方です。不法滞在者を雇う企業は、米国民を雇う競争企業に不利益を与えるということです。米政権の国境警備責任者は、米国人に不利益をもたらさないように、「労働現場での取り締まりをさらに実施する」と話しています。この結果、外国人が合法で働けるビザの審査も厳しくしたことで、人材の不足感がさらに強まりました。米政権が最優先課題の製造業回帰は、回帰に必要な人材不足になっています。熟練労働者のいない米国の状況が、外国人材に対する需要を高めました。でも、韓国や日本から応援に駆け付けた技術者を、拘束する事態が生まれているわけです。米国で新たなプロジェクトを行う外国企業には、いくつかの困惑が生まれているのです。
それでは、米国の農業事情に探りを入れてみましょう。米国では、「米国民以外」の農業従事者は、73%を占めています。その73%のうち、不法滞在者が4割と最大勢力になります。これらの人々が、ICEの摘発を恐れ、農場に行かない状況が生まれています。行かなければ、実った果樹類は放置されていきます。西部カリフォルニア州だけでも移民の労働力減による生産被害が,100億ドル近くに達しています。不法滞在者には、農業の現場は過酷な環境に耐え、低賃金での労働が求められています。中南米系労働者の多くは、米国人に比べて不当に低い賃金や猛暑の中で働いています。農業は体力勝負で低賃金の現場が多く、その労働力を米国人は移民に依存してきました。農業で働きたいと手を挙げる米国人は、少ないのが現実です。蛇足ですが、これと似たような状況がイギリスにも見られました。欧州連合(EU)離脱で、イギリス農業は人手不足危機に見舞われています。この国の農業は、外国人労働者に大きく依存してきました。必要とされた季節労働者の大半は、まだイギリスへ自由に移動できるEU出身者が占めていたのです。そのイギリスは、EUからの人的移動が制限されました。このままでは、収穫要員が足りなくなることが確実視されています。イギリス在住者の農業労働者が十分に見つけられなければ、来年は作物が収穫されない状況にあります。ある有機野菜生産者は、来年の収穫期に向けた作付面積を400haから150 haにまで減らしてしまいました。またある企業は、季節労働者の受け入れがない限り、タマネギ生産の半分をアフリカのセネガルに移すと公言しています。欧米の先進国の農業を支える人たちは、移民に頼らなければならい現実があるようです。
農業だけでなく、他の分野でも移民の労働力は不可欠なものになっていました。中南米の労働者は、米国社会の底辺部分を25年以上も支えてきたのです。全米の建設労働者のうち移民の割合は約40%に達し、2023年には過去最高の265万人になりました。全米の建設労働者のうち、ヒスパニック系は5割以上を占めるまでになっています。さらに、不法移民の建設労働者は約100万人いると推計されています。ここでも、摘発の影響が強く出てきています。1月、ロサンゼルス近郊で起きた大規模な山火事は、1万6000棟以上の建物を焼失させました。この膨大な復興作業に、移民労働者は欠かせません。これらの現場には、普段なら8~10人の作業員がいるのですが、最近は3~4人しか来ないのです。彼らは、ICEの摘発を恐れているのです。住宅建設に不可欠な天井夕イルや屋根の施工を担う職の労働者は、5割以上が移民になります。ICEの摘発はが、プロジェクトの遅延の状況を生み出しています。農業や建築だけでなく、流通においても問題が起きています。大型トラックの運転手が不足すれば、生鮮品供給のボルネックに直結します。農作物を運ぶトラックの運転手も、移民が多いのです。近隣の農家ではアボカド運送の運転手が摘発を恐れ、出勤を拒否する日も多くなっています。移民労働者は、ICEの摘発を恐れています。結果として、米国経済を支えてきた下部組織で、停滞が起きているのです。
余談になりますが、イスラムの国のインドネシアやマレーシアで苦労している企業にも、工夫次第では回復の兆しが見えます。これらの国には、イスラエルと直接つながりのない企業まで全面的にボイコットすることに、反対の立場の人もいるのです。彼らは、「マクドナルドやKFCは千人ものマーシア人を雇っている」とマクドナルドの地域への貢献を評価しています。地元の養鶏業者は、そうしたファーストフード店に商品を卸していることで生活を成り立たせています。不買運動をすれば、シオニストではなく、マーシア人を傷つけることになると理解しています。もっとも、スターバックスなどには、別の面での戦いが待っていました。不買運動は「やや収まってきた」のですが、「独立系カフェ」との競争にも直面しています。不買運動は、地元の競合他社の台頭を呼び込みました。有名ブランドの停滞は、新興企業やアジアの競合他社にとっては、市場を拡大する好機になるかもしれません。イスラエルとの関連が指摘される米系ブランドは、依然として避けられる流れがあります。イスラム教徒は、心情的にもイスラエルと直接つながりのある米企業に対する不買運動は支持しています。一方で、ここで生き残れれば、本当に現地に溶け込んだサービスや商品開発が可能なるかもしれません。
最後になりますが、アラバマ州の約106万人の建設労働のうち49万人は移民になります。アラバマ州から不法移民だけでも排除した場合、経済活動は2750億ドル減ることになります。彼らは、不要不急の外出を避けへ買物や教会に行く回数すら減らして、嵐が通り過ぎるのを待っています。このような状況が続く中で、移民に対する国民の評価が、トランプ政権とは違うものになってきました。ギャラップの調査では、米国民の8割が「移民は国家にて有益」と回答しています。反対に米国にとって負担とした2割を大きく上回っているのです。移民を好意的に見た回答は、2001年以来の過去最高に達しています。強制送還が始まってから、米経済にとって移民は不可欠だと改めて気づき始めた米国人は多いようです。トランプ大統領も、農家を締め付けすぎるリスクを認識している節があります。「罪人を国外に追放しつつも農家を守るべきだ」と主張しつつ、「制度は変わる」とも書き込むようになりました。でも、今までのところ、厳しい強制捜査といわれなき連行には変化がありません。捜査現場は、1日3000人のノルマ達成に余念がないようです。いずれ、移民の方が安心して暮らせる日が来るのも近いことを祈っています。
