依存性の強いオピオイドに代わる薬の開発  アイデア広場 その1634

 米国では、オピオイドと呼ばれる麻薬系鎮痛剤が蔓延しています。このオピオイドの過剰摂取で、年間約8万人が死亡しているのです。この事態を招く要因が、医療における安易なオピオイドの使用でした。オピオイドは1990年頃、副作用の少ない鎮痛剤として使用許可が出たものです。それ以後、ブッシュ親子、クリントン、オバマ大統領の時代に問題が顕在化してきました。困ったことは、この鎮痛剤を飲むことにより、労働意欲が低下していることなのです。米国では、歯の治療で「親知らず」を抜いた痛み抑える目的などでも、比較的簡単に処方されていました。簡単に処方され患者は、この薬に依存するようになります。依存するようになった彼らは、市中で流通する違法薬物に手を出す例も多くなったのです。違法薬物に需要があれば、危険を冒しても、供給する悪い人たちが現れます。トランプ米政権は、違法薬物の流入源とみなす中国やメキシコに高関税を課すまでになっています。もちろん、悪の供給者や組織の摘発も強めています。今回は、依存性のある薬物の対処方法を考えてみました。

 痛みに対する人類の対策は太古の時代から行われてきました。痛みの万能薬をいわれた鎮痛剤は、古代よりアヘンでした。この薬は、古代ギリシャ・ローマをはじめ地中海沿岸地域でも広く使われていました。問題は、この薬の依存症にありました。1990年頃、副作用の少ない鎮痛剤としてオピオイドの使用許可が出ました。オピオイドは、ケシから採取される成分で作られています。現代では、鎮痛剤としてオピオイドが医学の分野ではなくてはならない薬剤になったのです。傷の痛みはもとより、手術中の痛みや手術後の痛みを和らげるためには、大変有効な薬なのです。出産に伴う陣痛、ガンによる痛み、そして神経損傷による痛みにも大変有効な薬です。でも、困ったことも起きています。オピオイドを鎮痛剤として飲むことにより、労働意欲が低下するケースがあるのです。この鎮痛剤の依存症患者が、働かなくなるという悪影響が経済面にも現れ始めています。オピオイドが、依存症患者を多数つくり出している現実があります。1期目のトランプ大統領は、「オピオイド」の乱用を受けて「公衆衛生の非常事態」を宣言したほどです。さらに、困った事態も起きています。医師がこの鎮痛剤の処方を減らしたことで、違法なヘロインに走る人たちが増えているのです。

 米麻薬取締局(DEA)は、中国・武漢の化学品メーカーHlubei Amarvel Biotechを2023年6月に摘発しました。この企業は、フェンタニルを大量に米国に不正なルートを使用して輸出していたされています。蛇足ですが、フェンタニル は、鎮痛剤として使用される非常に強力な合成オピオイドになります。トランプ大統領は、メキシコ経由でフェンタニルが大量に、米国に入っていると非難しています。関税も、他国より高くかけています。もちろん、メキシコ政府も米国の意向に沿って、自国でできる組織の捜査や摘発を行っています。米麻薬取締局(DEA)が本格捜査に乗り出したことで、日本にもその組織があったことが分かったのです。その組織は、FIRSKYになります。FIRSKYは2021年6月に那覇市で設立し、2022年9月に名古屋へ移転しました。DEAは、化学品メーカーHlubei Amarvel BiotechとFIRSKYが同一組織と判断しました。米国に合成麻床薬フェンタニルの原料を密輸する中国組織が、日本の名古屋市に拠点を置いていたわけです。グラス駐日米大使は、日本と協力することで日本経由での積み替えや流通を防げると述べています。

 中国組織が、名古屋につくったのは「FIRSKY株式会社」になります。このFIRSKYは、「全製品を日本から日本郵便などの国際包で発送する」とアピールしていました。この企業に、「日本のボス」と呼ばれる中国籍の男性が、日本に長期滞在していました。DEAは捜査過程で、「日本のボス」と呼ばれる中国籍の男性が組織の司令塔になっていると考えています。この男性が、中国や米国の兄弟会社にフェンタニル原料を偽装販売するよう指示しており、組織の大口取引を承認したり、物を売った相手から暗号資産で代金を受け取ったりしていたとしています。DEAは、仮想通貨の流れや取引の経路を追い、組織の全体像を調べています。また、資金洗浄と貨物偽装の両面から不正行為の実態を調べています。日本が、危険薬物の集配送や資金管理を指示する活動基地になっていたとみているわけです。もっとも、FIRSKYは2024年7月に清算しています。容疑の男性は、現在も中国国内を中心に活動を続けているとのことです。日本にいた組織の中心人物は、なお逃亡中で、隠された流通ルートを洗うことで解明を急います。近況では、一部の幹部が米国で逮捕されているとの報道もあります。

 薬物依存の問題は、犯罪者を取り締まることも必要なことですが、依存性のない鎮痛剤を開発することも有力な方法になります。京都大学の萩原正敏特任教授と京大発スータトアップのBTBセラピューティクスは、依存性が少ない鎮痛薬候補の臨床試験を米国で始めることになりました。依存性が少ない鎮痛薬候補の臨床試験(治験)を、2026年にも米国で始めるのです。京大とBTBは、依存性の少ない鎮痛薬を開発し、この新薬候補を「アドリアーナ」と名付けました。「アドリアーナ」は、オピオイド代替への期待がかかっています。鎮痛薬の仕組みは、シンプルです。人間の命に危機がある状況の場合、ノルアドレナリンが分泌されます。この「アドリアーナ」は、痛みを抑える働きのあるノルアドレナリンという物質の分泌を増やす働きをします。一般に危機が去ると、神経の信号伝達を担うたんぱく質(受容体)の働きにより調整され、しだいに分泌が止まります。ところが、この鎮痛新薬候補はこの受容体にくっついて働きを妨げノルアドレナリンの分泌が止まらなくするのです。つまり、いつまでも痛みが無くなる状況を作り出すわけです。マウスの実験では、麻薬系鎮痛剤と同程度の鎮痛効果がみられました。また、2024年まで京大が実施した別の臨床試験でも、安全性を確かめられています。

 余談ですが、オピオイドを作る仕組みは、人間が本来持っているものなのです。その顕著な現われは、ランナーズハイに見られます。マラソンランナーが長時間走行することで得られる、多幸感を指します。 この多幸感は、内因性オピオイド鎮痛物質の放出により生じます。ランナーズハイやジョギング中毒という現象があります。ランナーズハイを体感するためには、運動時間で30分以上、運動量で5000m~10000mを走る必要があります。この現象は、その人の限界に近いペースで走り続けないと、簡単には訪れません。限界に近い運動を続けることは、苦痛です。脳は苦しい運動を和らげるために、オピオイドを分泌し、その苦痛を和らげます。苦しければ苦しいほど、脳は苦痛を和らげるために、オピオイドを分泌します。その時、鎮痛効果とともに、幸福感や爽快感が訪れます。このランニングハイを過度に求め、ランニング依存症になる方もいます。彼らは、体調が悪くても毎日毎日憑かれたように走り続けてしまうのです。走るのを休むと麻薬の禁断症状に似た症状が現れ、罪悪感にふさぎ込むこともあります。脳内麻薬というオピオイドに頼りすぎることは、麻薬と同じ危険を招く可能性があるのです。

 人類は、痛みのない生活を希求してきました。痛みのない世界を、少しずつ実現しつつあります。その次の段階は、依存症の軽減をターゲットにした薬剤の開発と治療方法になります。そんな中で、美しいイモガイが注目をあびています。この貝の毒は、複数の毒からなるコノトキシンと呼ばれる神経毒の一種になります。指された場合、人工呼吸や心肺蘇生術など適切な措置をとらないと呼吸困難で生命を落とすこともある危険な貝です。イモガイの毒は、神経細胞のイオンチャンネルをブロックしてしまうのです。このチャンネルがブロックされると、感覚が麻痺し、けいれんを起こし、体が動かなります。でも、この毒の鎮痛効果はすばらしいものがあります。ラットを使った実験では、コノトキシンの鎮痛効果はモルヒネの1万倍といわれています。コノトキシンは、痛覚神経を麻痺させ、モルヒネを上回る鎮痛効果が得られことが分かったわけです。コノトキシンの注目されている特性に、アヘンのような習慣性もなく、耐性もできにくいという点です。イモガイの毒は、ほかの薬では治らなかった幻想肢症候群や神経性の痛みにも効果があるのです。この貝の毒であるコノトキシンは、近年ジコノチドという名の鎮痛剤として認可されました。アメリカでは、すでに進行性のガンやヘルペスに、この薬を疼痛緩和に使用しています。これに続いて、京大は新薬候補が実用化すれば、オピオイドの代替薬になるかもしれません。依存性のない鎮痛剤を開発し、依存性の強い麻薬性鎮痛薬を追放できれば、医療の面でも、治安の面でもハッピーな社会になることでしょう。

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