日本では、この夏は一部で水不足が起きた一方、九州などで記録的な豪雨に見舞われました。新潟などのコメどころでは、渇水の影響でコメの収穫に不安が起きていました。コメ不足と高騰が、昨年から今年にかけて、人々のストレスになっています。水不足は、世界的な問題になっています水に困らない国とされた、日本にも困った兆候が見られるようになりました。その一つが、河川による不安定な水の供給になります。今までの雪国では、雪が山に積り、それが一定の期間をかけて、雪解け水となって下流に安定した水の供給を行っていました。雪解け水は下流に流れて、田植えの水に利用されていたわけです。ところが、温暖化は雪解けの期間を短縮させているのです。つまり、春先の最大積雪量が減ると、春の雪解けのピークが前倒しとなっています。前倒しとなると、流量が少なかった冬季の河川流量が増え、田植えに必要な雪解け水のピーク流量が減るという現象が起きているのです。常に安定した量の穀物を生産するためには、水の安定的な供給が欠かせない要素です。この状況が、崩れつつあるのです。今回は、渇水や水不足への対策について考えてみました。
世界では、水がグローバルリスクであると認識されています。地球全体の水資源の残存量は、地球上を循環する水のうち全海洋へ流れる河川水の流出量になります。この河川流出量は、年間約4万K㎥と推計されています。この4万K㎥のうち、世界の人々は10%程度を利用しています。1995年世界の年間水資源取水量は3800k㎥で、2025年には4300~5200k㎥に達するとされています。国連によると、世界で水不足にある都市部の人口は、2016年で9 億人になります。水不足にある都市部の人口は、2050年に17億~24億人に増えると予想されています。国連は気温が2度上昇すれば、干ばつなどで約8億~30億人が水不足を経験するとの予測もあります。さらに、4度上昇すると、約40億人が水不足を経験すると予測しているのです。現在、世界で6億人の人達が安全な水にアクセスできない状態にあります。この6億人あまりの人々は、安全な水を住居から1km以内で確保することが困難な状態にあります。その水の確保をする人たちは、女性や子ども達が大半なのです。世界の人口は、2050年に2019年比で26%増の97億人になり、水需要は2000年比で5割増えると予想されます。この予想が通り進めば、総人口の4割にあたる39億人が恒常的な水不足に陥るとみられるのです。日本は「水資源に恵まれた国」とよくいわれるが、必ずしもそうではないのです。日本の首都圏の1人当たり水資源は、砂漠の国の中東諸国並みなのです。年降水量は世界平均の2倍あるのですが、人口1人当たりでは平均の3分の1になってしまうのです。日本の水資源は決して潤沢ではなく、世界各地の水危機とも無縁ではないようです。
世界の各地では、水争いが起きています。中央アジアでは、水資源を巡る衝突は繰り返されてきました。キルギスやタジキスタンでは、水が奪われるとの不信感から、住民同士の投石合戦が始まり、治安部隊の衝突になる事件がありました。キルギスやタジキスタンの人々は、自国を通る水資源が他国の経済発展に使われると不満を抱いているのです。水を巡る争いが発生するのは、降雨量の少ない中央アジアや中東だけではありません。アメリカ国境に近いメキシコ・チワワ州で、2020年9月に数百人の地元農民がダムを占拠する事件がありました。アメリカとメキシコ両国は、1944年の条約で毎年数十億ガロンの潅概用水を供給し合っていたのです。ところが、昨年の記録的な干ばつでダムの水量が大幅に低下しました。アメリカへの水供給を阻止しようとした農民と治安部隊が衝突し、女性1人が死亡したのです。2000~19年に世界で起きた水に関わる紛争や暴力事件は、700件近くにのぼっています。特に、気候変動が顕著になってきた2010年以降に、水紛争が急増しているのです。
2018年、南アフリカのケープタウンが水不足に襲われました。この大都市に水を供給していたダムの水が枯渇したのです。1 日 50㍑の食事と飲料に必要な水だけが供給されるという非常事態でした。文化生活といわれる生活には、1人の水の消費量は風呂65㍑、トイレ60㍑、洗濯50㍑、炊事55㍑、その他10㍑などの水が必要とされます。生きるためには、1日に2~3㍑でも済みますが、文化的な暮らしのために必要な水は200~300 ㍑も必要というわけです。でも、小麦1kgの生産には、水1000㍑が必要になるのです。南アフリカでは、小麦の生産ができないことになってしまいます。もっとも、大穀倉地帯のアメリカから輸出すれば、アフリカの人々もアメリカの農業者もウインウインになるという考えもあります。その大穀倉地帯でも、危機が迫っているのです。大穀倉地帯は、その大地の下にあるオガララ帯水層という化石水を使って農作物を栽培しています。その水位が、近年急速に低下しているのです。このまま続けば、穀倉地帯が砂漠化し、収穫は低下します。同じように、地下水に頼るインドでも穀倉地帯の地下水の水位の低下が懸念されています。水不足は、都市でも農村でも、そしてどの地域でも起きる状況が生まれています。
日本国内の年間潅概用水使用量は、570億㎥になります。コメ1トンを生産には2650㎥の水が必要になります。牛肉1トンの場合は、飼料穀物の栽培などで約2万トンの水を消費することになります。日本は、農産物の自給率はカロリーベースで33%と低い現実があります。毎年、多くの穀物を輸入しています。その作物を栽培するために使った水を、バーチャルウオーター(仮想水)といいます。日本の仮想水の総輸入量は、年間640億㎥にも達しているのです。もし、日本への穀物輸出国が、水不足になり、穀物の輸出が滞ることになれば大きな問題が生じます。日本は、中国から多くの作物を輸入しています。その中国にも、危機が訪れています。中国の揚子江と黄河の水源は、ヒマラヤにあります。温暖化により、現在ヒマラヤの氷河がどんどん溶け出しているのです。氷河の減少は、中国とインドの二大国の水源がなくなりつつあることを意味しています。中国には、これ以上発展するための水は残っていないのではないといわれています。世界最大の穀物輸出国は、アメリカです。この国の大穀倉地帯は、その大地の下にあるオガララ帯水層という化石水を使って農作物を栽培しています。オガララ帯水層は、豊富な地下水を誇っていました。この帯水層の水位が、近年急速に低下しているのです。この帯水層の水位の低下がこのまま続けば、穀倉地帯が砂漠化し収穫は低下します。アメリカ農業が生産を今以上に上げようとすれば、地下水や農薬などの新しい危機を誘発する可能性出てきています。日本の農産物の輸入先は、米国25%、中国12%、オーストテリア7%、タイ7%、カナダ6%の順になります。主な輸入5国のうち深刻な水資源が懸念されている国は、米国、中国、オーストラリアになるのです。日本の食料事情は、世界の水不足に左右される面もあることを理解していくことも必要のようです。
余談になりますが、水資源は、生活や農業だけが使うものではありません。水の不足は、いろいろな分野に影響を与えます。ブラジルは、電源構成の70%弱を水力発電が占めています。そのブラジルが、100年ぶりの水不足に見舞われているのです。電気が不足すれば、経済活動が停滞します。それを補うために、火力発電を使うことになるわけです。この代替燃料として、液化天然ガス(LNG)の使用が増えています。現在、ブラジルは月あたり通常より50万トン多いLNGを輸入しています。ブラジルの50万トンの輸入増加が、世界のLNG価格の上昇要因にもなってきました。遠い国のブラジルの水不足が、日本にも無視できないレベルになっているのです。また台湾では2021年2月、水不足で半導体生産を抑えるとの懸念が強まりました。半導体製造には、大量の水が必要になります。干ばつなどで水不足は深刻になっており、半導体生産などにも影響を及ぼす可能性があります。半導体などの工業用需要が、急増してきています。半導体で使用する水は、高品質のものになります。たとえば、三重県に半導体の新工場を建設しています。そこでは、純度の高い超純水の製造施設も必要になります。今先端産業で必要とされる半導体は、水の安定供給のできる地域に工場が建設されることになります。さらに、使った水の処理方法にも注意が求められています。鉱物の採掘や化石燃料の採取には、多量の水が使われます。石炭の露天掘りでは、坑内水と選炭のために、鉱排水の問題が避けられません。話題のシュールガスの採掘は、高圧水を注入し、岩盤に亀裂を発生させガスを吸い出します。シュールガスの採掘には、膨大な水と化学薬品を使うため地下水の汚染問題が起きているのです。鉱物から製品を作る製造過程で、化学反応などにより汚染物質が生じます。日本では水俣病の公害で良く知られた事実です。その他製造過程で生じる物質は、川下の自然の劣化をもたらす原因物質を流すことになります。汚染された水を、使わざる得ない地域や国々もあるのです。
水不足を嘆いて、心配するだけでは楽しくありません。温暖化や気候変動の問題を解決しながら、水の不足を解決する仕組みを探し出すことも楽しいようです。水不足の解決やきれいな水を求める人が増えれば、そのニーズはビジネスチャンスになります。きれいな水を供給する企業や技術への注目度が高まっています。この種の技術を持つ日本企業は、東レ株式会社になります。東レは、微生物と浸透膜を併用して水の浄化性能を高める技術を作り出しています。水不足の国の一つに、サウジアラビアがあります。サウジでは豊富な石油資源を使って、海水を沸騰し蒸発させて塩分を取り除く方法で、淡水化が行われていました。海水を沸騰させ、蒸発させて塩分を取り除く方法は、二酸化炭素(C02)の排出量が多くなります。これは、二酸化炭素の排出規制と相いれない方式になりました。そこで、蒸発が不要な逆浸透膜(RO膜)を使う方式になりました。東レは、韓国と日本を含め5カ国で生産体制を敷き、RO膜では世界トップ級のシェアをもつ企業です。東レは、水処理膜で増産体制を早期に整えて、工業や生活用水の安定供給につなげる企業になっているわけです。人類の対策は、長期的に短期的に行われています。長期的には、地下水の有効利用、統合的な上下水計画を立て、水不足に対する適応策を取っている国も出始めています。農業分野では、乾燥や水不足などに強い品種の改良、灌漑、気候観測システムの強化などの対応策が採られています。水を必要とする自動車産業が進出するインドでは、工場の敷地内に雨水をためる貯水施設を造る動きもあります。ダムの建設なども適地に行う動きもあります。人類も、無策ではないということです。