新生児の舌に砂糖水を垂らしてやると、嬉しそうな表情をします。新生児に苦味の物質を砥めさせれば、しかめ面をします。新生児の砂糖水の反応は学習ではなく、遺伝的にプログラムされたものであることを示しています。甘いものは、脳内のドーパミン報酬回路を刺激し幸せな気分にしてくれるものです。砂糖や動物性脂肪の多い食べ物は、脳の報酬回路を刺激するために、やみつきになるのです。成長した人間の場合でも、美味しい食事の時には、ドーパミンが分泌されます。さらに、この美味しい経験が、海馬を通して脳の各部署に記憶されます。一度食べて美味しかったものに対する食欲は、食べたことがなかったときより大きくなるものです。次に同じような美味しい食べ物が出てきたときには、より速くドーパミン放出が起こるようになります。ドーパミンによる快楽は、原始時代から、ヒトの脳が用意されていまいした。ドーパミンは、頑張っている自分へのご褒美ともいえます。快楽のご褒美は時には生理的欲求を打ち負かすほどのものですから、非常に強力です。ドーパミンと快楽の仕組みが、報酬系といわれるものです。報酬系のネットワークを刺激することで、快感物質であるドーパミンが分泌され、人間は「楽しさ」を感じるようです。今回は、このドーパミンについて知見を深めていきます。
子ども達は課題に直面している時、そして関心のあることに夢中になっている時、左脳も右脳も問題解決のための積極的な活動をしています。左脳も右脳も問題解決の間、両側の側頭葉におけるドーパミンの分泌が著しく増しています。このドーパミンが出ていると、やる気がアップし、好奇心あふれるイキイキとした脳になります。脳はこれまでになかったこと、やったことのないことに直面すると、活性化するという特性を持っています。たいていの欲求というものは、好奇心を満たすことで満たされるものです。脳の一部である扇桃体は、好きとか嫌いとか、心地よいとか不快とかあらゆる感情を仕分けしていきます。扇桃体から放出される報酬系の伝達物質が、ドーパミンです。自分がだんだん賢くなってくると、それは快感になってきます。楽しむうちに覚えることが面白くなり、そして脳はイキイキするようになります。ドーパミンは、記憶力を高め、心地よいという気持ちや達成感、やる気を生み出すわけです。読書や書く作業を継続する中で、徐々に知識が蓄積し、その出し入れもスムーズになります。知識の出し入れがスムーズになれば、自分の視野が広がり、深まっていくことが自覚されます。すると楽しくなる物質であるドーパミンが分泌されます。そんなサイクルが続けば、子どもも成長していくことになります。
知識の蓄積とは他者から与えられるものではなく、自ら創り上げていくものです。教師から与えられた学習をそのままやるやり方は、上から下への「伝達型」になります。子ども達が、自分で勉強の意味づけるようになると、子ども達が意味を提案する「自律型」になります。自律型は、子ども達が成長していくうえで大事なことになります。他律系の子どもではなく、自律型の子どもに育てていくことが求められています。扁桃体から放出される報酬系の伝達物質が、ドーパミンになります。成功体験や達成感を繰り返していると、それは快感になってきます。楽しむうちに覚えることが面白くなり、そして脳はイキイキするようになります。ドーパミンは、記憶力を高め、心地よいという気持ちや、達成感、やる気を生み出すわけです。見る、聞く、触る、嗅ぐ、味わうなど体験で得た情報は、扁桃体に伝わるのです。自律型では、子どもが自ら好きになり、率先して取り組むような遊びや運動を行う環境整備も大切になります。体や頭を動かしながら課題に取り組むことで、子どもたちの集中力が増していきます。子どもが自ら進んで行動し、失敗を繰り返す機会を増やすことができれば、成長や発達の糧になります。大人の物差しで、むやみやたらに指示し、手取り足取り教えることはあまり望ましいことではないようです。未熟ながらも必死に挑戦して生きる姿を、温かく見守ってあげることも子どもの成長には必要です。自分ができることをやることは、自分が肯定され、子ども達の欲求充足が促されることになります。困難を乗り越えた結果としての欲求充足は、貴重な体験になります。この体験の蓄積も大切なことになります。
遊びの中には、社会生活に必要な能力を向上せる要素が含んでいます。遊びには、人とうまく関わる力、協調性、コミュニケーション能力、誠実さと思いやり、社交性を向上させる潜在力があります。本気で遊びに夢中になる子どもは、全力で取り組む姿勢や全力で行うことを経験します。また、失敗しても、もっとできるようになりたいと思う欲求を持つこともあります。困難を乗り越えてから得られる達成感を経験し、有能感と自尊心の体験などを獲得できる場が、遊びには多く用意されています。子どもはやりたがりで、周囲のやっていることをまねし、何でもやってみたいものです。そこでの成功体験や新しい力を獲得したときに、興奮と達成感が沸き起こります。「わかる」「できる」「楽しい」学習や運動の中には、社会生活に必要な能力を向上せる要素が含んでいます。遊戯の競争面だけを強調する考え方は、貧しいものがあります。遊戯を楽しく行うためには、複数の要素が入っていたほうが良いケースもあるのです。真似をする、眩暈を体験する、偶然によって勝つなどの多面的な要素を体験する中で、遊戯は楽しくなります。
蛇足になりますが、 遊びは、4つの要素から成り立つと言われています。それは、アゴーン(競争)、アレア(運)、ミミクリー(擬態)、イリンクス(眩暈)になります。アゴーン(競争)は、平等という条件の中で戦う闘争です。オリンピツクの100mの競技で金メダルを争うと言えばわかりやすいかもしれません。アレア(運)は、ラテン語でサイコロ遊びを意味します。アレアの例は、サイコロ、ルーレット、表か裏か、バカラ、宝くじなどに見られます。ミミクリーは、簡単にいうと物まね遊びです。子ども達は、母親ごっこや料理ごっこ、そしてお店屋さんごっこなどをします。ミミクリーの行為は、子どもの世界を越えて、大人の生活にも侵入していきます。模倣は、子どもにとって新しいことを獲得する大切な機会になります。身近な人から目標になることを見出し、それを達成するにはどうすればいいかを考えるだけでも、成長の糧になります。人間は、動作であれ、言葉であれ他者の模倣によって成長してきたといえます。イリンクス(眩暈)は、めまいを基礎とする遊びです。幼児に『高い、高い』とか『ぐるぐる回す』と喜ぶ笑顔を見ることができます。これらは、遊戯の要素にあるイリンクス(眩暈)なのです。イリンクスは、一瞬だけ知覚の安定を崩し、明晰な意識に一種の心地良いパニックを起こそうとする遊びです。この遊びが、近代になると蒸気機関をつかったメリーゴーランドになっていきます。遊びを上手に利用するには、4つの要素を理解した上で子ども達の欲求や成長発達に合わせて処方することも必要のようです。
余談ですが、サム・アルトマン氏は、いま最も注目されているチヤットGPTを生んだオープンAIを率いるリーダーになります。彼の才能を示すエピソードには、事欠かないようです。サム・アルトマン氏は、入学した米スタンフォード大学を2年生で中退し、起業家になります。テスラやツイッターで有名なマスク氏と、オープンAI創設に携わったこともあります。サム・アルトマン氏の行動は、世界を先読みしています。皮肉なことですが、オープンAIに関わったマスク氏は、現在新たな生成AIの事業に乗り出そうとしています。残念なことですが、サム・アルトマン氏に一歩遅れているようです。このように、世界の流れを読み取る能力をアルトマン氏は、ポーカーで学んだというのです。アルトマン氏は、意思決定術を学生時代に熱中したポーカーで学んでいるのです。ポーカーは、アゴーン(競争)とアレア(運)を組み合わせたゲームになります。それは、戦いの神と運の神を兼ね備えたゲームというわけです。読みと決断、そして女神がもたらす運が勝負を決定するわけです。遊びの中には、このような要素を単独でも、組み合わせた形でも、訓練する場があるということになります。
最後は、ドーパミンと覚せい剤の関係になります。覚せい剤の問題は、強力な依存性と精神毒性にあります。覚せい剤を摂取すると、中脳辺縁系で多量のドーパミンが分泌されます。ドーパミンは、意欲、快感に関連した物質です。ドーパミンの大量放出は、一時的に多幸感を得ることができるのです。大量放出後ドーパミンの枯渇が生じ意欲減退や不安などに襲われ、禁断症状になります。覚せい剤乱用者は、快感を得るために、そして禁断症状を和らげるため、さらに薬物を使用するようになります。ドーパミンの快感を求めて、薬剤に走る人が後を絶ちません。強い快感を求める心を支配する訓練が、幼少期から行われることが望まれます。薬剤に走らない人が、現在も多数存在します。これらの人は、小さな満足を数多く体験している人たちです。小さな達成感による少量のドーパミン、小さな達成感でも、経験の積み重ねで、幸福感は高まります。美味しい食事が、繰り返されることで、短期間で満足を獲得できるようになります。このような訓練を蓄積すれば、薬剤に頼ることは少なくなります。健全な形でドーパミンの快楽を享受していきたいものです。
