米国の労働市場で、異変が起きています。米国で起きていることは、いずれ日本にやってくる事例が多いのです。そこで、その状況を概観してみました。米国では、全体の失業率が4%台前半の低水準で推移しています。その中で特徴的なことは、若者(16~24歳)の失業率だけが10%を超える水準に上昇しているのです。さらに、注目すべき点は、大学卒業生の失業率が高くなっていることです。景気が悪化すれば、高校卒も大学卒も上昇することが一般的でした。でも、高校卒は順調にもかかわらず、大学卒の失業率だけが増えているのです。ITバブル崩壊、リーマン危機、コロナ禍の景気後退局面では、全体と若者の失業率はほぼ同時に上昇していました。現在のように、若者の失業率上昇し、他の世代には影響が少ないという現象は、過去においてあまり例がないのです。その現象の一端が、AIの普及にあるとの推測もあります。そして、この推測が現実味を帯びてきたと捉える人たちもいるようです。
AIは仕事を奪うのか。この問いについて、これまで様々な予測がなされてきた。GPT-4は、公認会計士など米国の主要な4つの会計関連資格試験の合格ラインを上回っています。このような流れから、米国では事務や法務といったホワイトカラーの仕事を中心に、25%が自動化されうると分析する企業もあるようです。様々な分析や予測がなされてきたのですが、実際の影響を計測した研究は極めて限られていました。でも、最近になり、いくつかの実証研究が発表され始めました。8月に発表された米国を対象にした研究では、実際にAIによって職が減少していることが明らかになしました。企業が生成AIを本格的に導入し始めた時期を境に、若手社員の職が減少しているのです。若手社員の減少の大半は、離職や解雇ではなく、採用の減少によるものでした。AIによる職の減少は、20歳代の若手社員に集中しているのです。2023年ごろから、AI導入の影響を受ける企業ほど、生成AIが普及し始めました。この頃から、加速度的に20歳代の職が大きく減少しているのです。20歳代の職の減少は、プログラマーだけではなく、顧客対応、営業、マーケティング職など、幅広い職種で確認されています。一方、同じ企業内でも、40歳代以上にはAIの影響がないのです。
少し前に、オズボーン教授がAIやロボットなどで自動化されるとの予測を発表して、世界に衝撃を与えました。この自動化に関しては、「手先の器用さ」「創造性」「コミニニケーション力」などの社会的知性を挙げてありました。でも現在にいたっても、AIやロボットには「手先の器用さ」「創造性」「コミュニケーション力」などの社会的知性が十分でないことが分かってきました。AIやロボット工学の進歩も、人間の指の熟練したレベルの器用さが機械では再現できない状況があります。建設現場では多くの作業を自動化できると予測されていましたが、コストの壁に阻まれています。作業を自動化できるロボットは、現時点ではまだ非常に高価なものです。コストの壁により、今後10年は労働市場を大きく脅かさない可能性があります。機械学習やロボット技術がさらに発展しても、代替されにくいロウコストの「人間にしかできない仕事」が存在しています。AIにとっては、人間が特に何も考えず筒単にこなしているとが、実は難しいことがわかりました。ものを探して持ってくる、スキップすることなどは、人間が簡単にできることです。服をたたむ、食べものを箸つまむ、散らかった部屋での移動などは、AIにとっては大変困難な作業になります。生成AI登場後、AIの影響を受けにくい職業とはまさにこのような能力を必要とする作業にあるようです。一方で、今まで難易度の高い仕事して認識されていたプグラム作成や法律の分野には、AIの進出が顕著になっています。
ここに来て、AIは米国のホワイトカラー労働者の半分を置き換えることになるだろうという予測が現実味を帯びています。AIにはできない技術者を「エッセンシャルワーカー」と呼びます。エッセンシャルワーカーのような役割が、若者に求められています。米建設業協会によると、2026年は建設業界で49万9000人の新規労働者を必要とするとのことです。建築の一部である空調整備の仕事は、床下に潜り込んだりと過酷なうえに細かな手作業を伴います。このような作業のスキルを得るために、職業訓練学校の入学者が増えています。「過去1年間に入学者が20%増加した」と、テキサス州の職業訓練学校の学長が話しています。この職業訓練学校では、自動車機械工、溶接工、配管工、冷暖房空調整備技師などを養成する過程を設けています。約3000ドルの授業料と寮費などを加えても、年間費用は9000ドルになります。この年間費用の9000ドルは、米国の四年制私立大学の10分の1ほどになります。職業訓練学校は、2年で修了します。職業訓練学校の卒業生を採用したいという会社は、引きも切らないようです。卒業を待つのではなく、会社が自前で入学させ、卒業に社員にするケースも増えています。あるホームセンター大手は、高校生などを対象に卒業後、実地訓練を無償で実施をしています。実地訓練を無償での実施は、2018年の開始以降、すでに6万人が訓練を受けたということです。
米国には、ブルーカラーが引っ張りだこという状況もあるようです。エレベーターとエスカレーターの設置や修理工などの職業の学歴は、高校卒が普通になります。米労働省の統計では、エレベーターなどのブルーカラーの仕事で、年間所得は中間値で10万6580ドルになります。一方、理工系の学部でコンピューターサイエンスを専攻した卒業生には厳しい現実が待ち構えています。コンピューターの卒業生には、コンピューターのコード作成をA1が担うために、仕事が全然ないのです。今年6月に卒業したある大学生は、2000社に履歴書を送りました。でも、就職先が見つかっていない現実がありました。高額の授業料を支払ってやっと卒業した大学生が、職にあぶれているのです。興味深いのは、トランプ政権が、ブルーカラー養成を支援していることです。トランプ政権は、ハーバード大学など有名私立大学への助成金をカットしようとしていました。政府が、奨学金を2026~27学年度から職業訓練などの短期資格取得プログラムも対象にしています。
余談になりますが、ウォール街の金融機関を顧客に長年法務サービスを手掛けてきた腕利き弁護士の方がいます。この弁護士は、顧客には1時間につき700ドルから1000ルの手数料を受け取ってきました。でも、近年は時間のかかるリサーチ業務をパラリーガルに代った人工知能(AI)に任せることになりました。AIに任せると、短時間でリサーチができ、顧客から受け取る手数料が低下する状況が生まれました。この弁護士が住むマンハッタンの自宅アパートで、天井や壁に取り付けたオーディオシステムが故障したのです。修理を頼むと、音響装置の修理技師がポルシェに乗ってやって来たそうです。オーディオシステムが故障して、修理に来た技術者は数千ドルの修理代を請求しました。修理技師は、ハンプトンに別荘を構えていました。ここは、グアイランドの高級避暑地になります。ハンプトンに別荘を構える音響装置の修理技師の方が、腕利き弁護士よりも良い生活をしているのです。また、水道管に水漏れがあったとき、2時間の作業で800ドル(約12万円)を請求されました。ブルーカラーの配管工は、今や医者よりも収入が高い収入を得ているのです。技能を習得し経験を積んだ配管工や自動車整備士などのスキルは、AIには代替できません。そのために、日本では考えられないような状況が生まれているようです。
最後になりますが、AIの進出により、若者の失業が増える状況が進みつつあります。その対策として、ブルーカラーへの分野に進む若者も増えています。配管工やエレバーター技師は、高賃金のブルーカラーになれるという現象があります。でも、よく考えると、ホワイトカラーが職を失うなかで、ブルーカラーの給与だけが上がり続けることはないと唱える人たちもいます。チップも弾む気前のよい顧客があって、初めてブルーカーの高所得が保障されます。高い料金でも黙って支払う顧客があって、初めてブルーカラーの高所得が生まれます。高賃金のブルーカラーに若者が殺到すれば、賃金は低下に向かう可能性が当たり前のように出てきます。新しい技術が生まれた場合、そのときの経済は成長します。そして、成長に付随して新たな雇用が生み出される過程には、時間差があります。ブルーカラーの高所得は、その時間差の中の一過程と捉える人たちもいます。AIによって新たな雇用が生まれるまでは、「混乱」が生じうると考える人たちもいます。現状だけを捉えて、進むべき道を選んで良いのか、そんな命題が出てきたようです。
