米国や欧州で、肥満症薬の「GLP-1受容体作動薬」利用が富裕層の中で広がっているようです。マサチューセッツ州に住む40代女性は、肥満症治療薬の効果を述べています。ノボノルディスクの「ウゴービ」を使用している女性は、医師の処方を受け注射薬を使い始めると食欲が減退し、速いペースで20kg近く痩せました。「昔着ていた服が着られるようになってうれしい」と喜びをあらわにしています。テスラのイーロン・マスク氏も、ウゴービを使っていることを当時のツイッターで明かしています。研究によると、利用者の3割は体重が20%減ったとのことです。米国での治療費は月1000ドル(15万円)以上になります。ちなみに、日本では保険適用外の場合、月2~6万円になるようです。この夢のような肥満症治療薬は、デンマークの製薬大手ノボノルディスクの「ウゴービ」と米国のイーイ・リリーの「ゼプバウンド」になります。どちらも、同じタイプの薬になります。この薬は、もともと糖尿病の治療薬だったものを肥満症に転用したものです。血糖値を下げる働きから、糖尿病の治療薬として開発されました。その中で、血糖値を下げる働きがあるほか、中枢神経に働きかけて食欲を抑える作用があることがわかりました。中枢神経に働きかけて食欲を揃える作用による減量効果が注目され、肥満治療に転用されたわけです。薬の効能は、食欲を抑え満腹感を感じやすくすることで体重減につなげることになりました。従来の治療薬に比べて、副作用が軽いことから急速に普及が進むという経過をたどっています。
GLP-I薬を使用している人は、減量していても好きな食べ物をあきらめたくないという欲求があります。もし、この欲求を満たすことができれば、一つのビジネスチャンスが生まれることになります。GLP-I薬のユーザーである食品会社の社長さんは、昧が良く、減量をサポートできる食品は潜在的なニーズが高いことに気が付きます。彼は、2023年にGLP-1薬の使用を始めました。数か月使用して、食欲不振からたんぱく質の不足に気づきます。たんぱく質を簡単に取れるデザートの開発が、ビジネスチャンスになると考えました。たんぱく質を増やしながら、クリーミーな質感を出すアイスクリームを開発したのです。GLP- I薬は、食欲を抑える効果が高いために、肥満を抑制する作用が発揮されます。ここで問題になるのは、GLP-Iの服用中が栄養失調や筋肉量減少を持たさすリスクが生じることです。専門家は、GLP-Iのユーザーに、筋肉量を維持するために、たんぱく質摂取を推奨しています。その量は、1回の食事につき20~30グラムのたんぱく質になります。カリフォルニア州に本社を置く新興企業が、減量薬ユーザーをターゲットとしたアイスクリーム開発しました。一般的なアイスクリームに含まれるたんぱく質が100グラムあたり3~4グラムになります。この企業のアイスは、約7グラムと 2倍近く摂取できるように作られています。このアイスは砂糖無添加で、たんぱく質が多く含まれているのです。もちろん、売れ行きは好調で、チョコレートやキャラメル風味など4種類のアイスを発売しています。
肥満の方には、夢のような薬ではありますが、難点もあります。このGLP-1にも副作用はあり、吐き気や嘔吐、下痢などに加え、低血糖や急性すい炎が起こりうることも指摘されています。今問題になっていることは、肥満症の治療だけでなくダイエット目的で入手する人もいることです。この肥満症薬を、美容など治療目的外での使用が後を絶たない困った状況が生まれています。この糖尿病薬として販売される薬を、自費診療で投与する医師や個人輸入で使う人もいるようです。個人輸入や美容クリニックで「痩せ薬」として不適切に使用される事例も発生しています。日本肥満学会は、ウゴービを美容やダイエットなどの目的で用いる薬剤ではないと強調しています。この薬を使用して、減量に成功したとしても問題が残るのです。減量後の体重を維持するためには、長期的に薬を服用し続ける必要があることも分かってきました。この費用が、米国で年間150万円、日本では、約30万円(保険適用外の場合)ほどになります。高価な薬剤ですから、長期の服用には多額のお金が必要になります。さらに、使用には運動や食事療法の継続を前提とした上での投与など適切な方法が求められるようです。日本肥満学会はウゴービを、健康障害を伴わない肥満に用いるべきではないと強調しています。
高価な薬ですが、消費者が多いという実情もあります。そこには、いくつかのビジネスのメリットとデメリットが発生します。コンサルの大手企業によると、2024年時点で、米国の成人の使用率は13%になったとしています。さらに。2034年までには、2割を超えると予想しています。GLP-1薬ユーザーがいる世帯では、使い始めから6カ月で食料品の支出額が5%減っています。この薬は食欲を抑える効果があり、服用者が増えれば間食の需要を押し下げるとの見方もでてきます。予想では、スナック菓子の売上高が最大3%ほど減少し、120億ドルほど縮小すると予想されるわけです。縮小する売り場があれば、それを補強する売り場を作り出さなければなりません。食品大手にとって、スナックなど間食需要を満たす食品は、採算の良い主力ビジネスになる可能性があります。スナック需要が今後縮小するという危機感が、企業にとっては新しい消費者層の需要開拓を急ぐ動機となります。スイス・ネスレはこれを好機とみて、ピザやサンドイッチなどの冷凍食品13種類を投入しています。ピザなどが、たんぱく質をはじめ幅広い栄養素を「効率的に摂取できる」とピーアールに力を入れています。日清も今年、日本でのヒット商品「完全メシ」の米国展開に乗り出しました。栄養素を「効率的に摂取できる」と強調したところ、販売が急増しているということです。他の企業も、食前に飲めば「(減量薬の) 効果を高める」とうたうプロテインドリンクも発売しています。たんぱく質や食物繊維を多く含み、不足しがちな栄養素を効率的に摂取できるとアピールしているわけです。減量薬「GLP-Iを服用する消費者をターゲットに、栄養強化食品の開発と販売が好調に推移しています。世界各国の食品大手も、ユーザーの需要取り込みに向け、商品ライブの拡充を急いでいます。
余談になりますが、ノボノルディスクの広報担当者は、ウゴービのリバウンドの影響を認めています。この担当者は、肥満症については高血圧や高コレステロールと同様に、長期服用の必要性を強調したのです。年間、150万円の薬を長期服用すれば、リバウンドが少なくなると言うわけです。GLP-1の使用は、長く投薬を続ければ費用も高額になります。富裕層であれば、長期服用も可能でしょう。では、富裕層以外の方には、どのような対策があるのでしょうか。最近の知見では、肥満の方の腸内フローラでは、短鎖脂肪酸の生産力が落ちていることがわかってきました。この短鎖脂肪酸とは、腸内細菌が作る酪酸、プロピオン酸、酢酸などの有機酸のことです。短鎖脂肪酸は、他の栄養分とともに腸から吸収され、血液中に入って全身へ運ばれます。短鎖脂肪酸には、腸の細胞を刺激してインクレチンのホルモンを分泌させる力があります。インクレチンにはいすい臓に働きかけてインスリンの分泌を促す効果があります。ある意味で、血糖を調節し、糖尿病にならないということになります。脂肪細胞には、短鎖脂肪酸を感知するセンサー(受容体)がついています。脂肪細胞センサーが短鎖脂肪酸を感知すると、細胞は栄養分の取り込みをやめます。また、交感神経にも短鎖脂肪酸に反応するセンサーあります。交感神経が、短鎖脂肪酸を感知すると全身の代謝が活性化するのです。それは、心拍数の増加や体温の上昇などにより、あまった栄養分を燃やして消費させていくことになります。短鎖脂肪酸は脂肪の蓄積を抑え、消費を増やすという両面から、肥満を防ぐ働きをするわけです。この頼もしい短鎖脂肪酸は、食べ物をバクテロイデスなどの腸内細菌が分解して作られます。バクテロイデスなどの短鎖脂肪酸を作る細菌たちは、食物繊維をエサとして生きています。この細菌に好まれる食材は、海藻、キノコ、野菜、豆類、こんにゃく、雑穀、玄米などになります。バクテロイデスの菌はもともと私たちを肥満から守る働きをしているのです。ある研究グループは、12人の肥満者を対象に1年間にわたって食事療法を行う実験をしました。野菜を多めに食べれば、肥満フローラをやせフローラに変えていけることを明らかにしました。彼らは、肥満フローラが徐々にやせフローラに近づいていくことを確かめたわけです。野菜を多く摂取する迂回効果により、徐々に肥満体質を改善することが、弱者の賢い選択になるようです。
最後になりますが、肥満の方が痩せようとして、やせ薬を飲む状況が生まれています。でも、困ったことに、何もしないで飲んでいるだけでは、筋肉が減少し、健康の維持ができなくなります。筋肉の減少は、運動機能の低下に繋がります。でも、運動機能低下だけではなかったのです。筋肉が、ホルモンを分泌することが分かりました。ホルモンを分泌する臓器は、脳の下垂体、すい臓、甲状腺、副腎などが今まで知られていました。その働きが、人間の生命活動に不可欠なものとされていたわけです。ホルモンを分泌する器官と同じような働きが、筋肉にもあることが判明したのは、2000年代に入ってからのことになります。筋肉が分泌するホルモンは、「マイオカイン」と総称されています。これは、現在、30種以上が確認されているのです。マイオカインは、筋肉を動かすことで筋肉から分泌されます。筋肉の減少が、マイオカインの減少につながることが明らかになってきました。マイオカインは、骨格筋(筋肉)から分泌される生理活性物質の総称で、運動によって分泌が促進され、脂肪燃焼、免疫力向上、骨の形成促進、糖代謝改善、認知機能向上、ストレス軽減など、全身の健康に良い影響を与えます。筋肉は、体重の3~4割を占める大きな器官になります。今では、「筋肉は人体最大の内分泌器官」と言われるまでになっているのです。GLP-1によって、肥満は良くなるが体全体の機能が低下するリスクもあるわけです。このリスクを減らす食材や運動療法などの開発は、ビジネスチャンスに結びつくことになるかもしれません。
