日本の社会は、学校や職場に制服が浸透していました。高校野球に象徴されるように、髪形も規制されていました。それが、徐々に見直される動きになってきています。その流れが、職場にも押し寄せてきているようです。いろいろな職場で、身だしなみに関すルールを見直す動きが広がっています。ここには、働ける環境を整えることで、社員のモチベーションを高める狙いがあります。また、最近問題になっている人手不足にともなう人材確保につなげる狙いもあるようです。働き手の個性を引き出し、積極性や自主性の向上も期待されています。外国人労働者の方が働きやすい環境の構築には、日本の今までのルールでは対処できないものがたくさんあります。性別や国籍を問わず自分らしく働ける環境を整えることで、社員のモチベーションを高める流れが出てきているようです。たとえば、東京メトロには、乗務員や駅員を対象に定めていた身だしなみのルールがありました。このルールを見直して、業務に支障のない範囲で男性にもピアスなどの装飾品やネイルを認めるようになりました。当初は利用客から苦情が数件あったようですが、現在はなくなっています。駅員の方は、「悪く思われないように、接客により一層気をつけるようになった」とモチベーションを高めているようです。
少し前まで、「トレンド」「本物志向」などという言葉が脚光を浴びていました。時代に敏感な、自由を求める若者たちの感性によって、生み出された服装だったのでしょう。「本物志向」は重視されましたが、それが似合うかどうかはその方の個性だったのです。似合う服というのは、人それぞれで、誰一人として同じにはなりません。ファッション雑誌は、ひところ鵜の目鷹の目と出てきました。これらの雑誌は種類が増えたために、読者層を細分化するという現象を引き起こしました。そのために、多様化が常態化しました。この状況において、東京コレクションとかパリコレクションの流行といった基準で服を選んでいては、本当に似合う服を見つけることはできなくなりました。ファッション誌からそのまま抜け出てきたコーディネートだけでは、満足できない世の中になったようです。年齢や体型、好み、トレンドなど、素敵に見える服を選べる自分の着こなしのスキルを磨く時代になったともいえます。素材感が違えば、同じ形の服も実際に身につけた際のシルエットは、異なるものになります。いろいろな視点で衣類や色を取りいれることで、自分自身が楽しむ状況が生まれたようです。楽しみの中で、生活ができ、働くことができれば、生産性が上がる可能性が出てきます。
服装の自由化や多様化は、堅いイメージがあった公務員の職場にも浸透しつつあります。東京都の東村山市では、中堅職員が中心となって市長に服装の自由化を提言しました。内容は、「柄物のズボンの着用禁止」や「シャツはズボンに入れる」などの内規を廃止してほしいというものでした。この提言が取り入れられて、現在はスーツ姿の職員もいれば、襟のないシャツやジーパンを着用する職員もいます。日本では、身だしなみについて目立たないことをよしとする保守的な風潮がありました。「黒髪は真面目」とか高校野球の選手は丸坊主といった固定観念が、根強く残っていました。一方で、観光や特産品を重視する市町村では、柔軟な服装を取り入れるところもありました。福島県のいわき市では、ハワイアンセンターがあります。このピーアールを兼ねて、職員の方がアロハシャツやムームーなどを着る季節がありました。地域の観光実利も大切ですが、個性の尊重という視点から、服装の自由化や多様化を考える流れが出てきたようです。以前は、「自分がどう見られたいか」より「人からどう見られるか」を重視してきました。これからは、前者を重視する社会になりそうです。「人からどう見られるか」を重視することは、積極性や自主性を損なうことにもつながります。積極性や自主性を引き出し、職員の生産性を高めることが求められる時代になってきているようです。
東京メトロのルール見直しは、猛暑の影響で夏の制服の着用期間を延長してほしいと駅員からの要望が発端でした。駅員からの要望をきっかけに、そのほかのルールも見直しを始めたようです。この見直しは、広く、そして深く行われました。まず、見直しに向けて、若手から管理職まで幅広く意見を聞いています。さらに、ほかの鉄道会社の検討状況などもしらべ、身だしなみの基準緩和で先行する航空会社からも助言をもらっています。この見直しには、人材確保の狙いもあったようです。Z世代の7割弱が、個性や自分らしさを大切にするといわれています。1990年代以降に生まれたZ世代の7割弱が、職場で服装・髪形が完全自由を希望しているとのデータもあります。社員の採用が年々難しくなるなか、男女別の基準を撤廃することで、働きやすい職場環境を整える意味もあったようです。人事担当者の方も、「採用が年々難しくなる中、少しでも働きやすいと思ってもらえれば」と本音を披露しています。見直しの効果は、就職活動中の学生から髪色の基準緩和に好意的な声が寄せられたことにも現れているようです。
余談ですが、日本人は、「いい加減にする」とか「適当にやる」という不真面目なことが大変苦手でした。赤ん坊の頃から、何でも真面目にやることを強いられてきました。働くことの大切さ、ムダづかいしないことの教えに、反対する人は少ないものでした。努力して、経済的社会的地位を確保すべきという論理には、なかなか反駁できないものです。多くの人びとが、「いい加減さ」を許さず、明確なものを求める傾向があります。そんな日本の風潮に、変化が見えてきました。時代により言葉の意味も変わってきます。「いい加減にする」ということは、「良い加減にする」という解釈が成り立ちます。「適当にやる」は、「適切に当を得て行う」という解釈がなりたちます。どちらも、良い意味で使うことも可能になるのです。日本では、「和をもって貴しとなす」という精神が堅持されてきました。でも、海外には、「異をもって貴しとなす」という精神があることに気づき始めます。異なものを受け入れる土壌が、出てきたのです。「和」が正解なのか、「異」が正解なのかを、明確に示すことは難しい命題です。でも、明確に示すことはできなくとも、「和と異」の範囲内に正解があることは、おおよそ理解できます。おそらく、和から異への流れが優勢になっていくようです。
最後になりますが、「和を以て貴しとなす」を尊重する人たちはまだまだ多数のようです。そのような中で、身だしなみの基準を緩和するにしても、どこまで自由にしていくのか迷うものです。身だしなみを考えることは、自分だけでなく相手とも認め合える社会関係を築く機会になります。実際は、そこに工夫が求められます。ある企業では、社内の広報誌に髪色を明るくしたり、ネイルをしたりして働く約30人の男女を掲載した事例もあります。その中から、自分に合った、気に入ったモデルを取り入れれば良いという選択肢を提示したわけです。日本の場合、服装や食事に関して、国難が襲ってくる可能性があります。それは、外国人労働者の増加に少しずつ見られるようになりました。特に、イスラム教徒の方の増加が顕著です。現在、約30万人から40万人いるとされます。彼らを雇用する企業は、習慣や食事、礼拝などの配慮を行っています。たとえば、イスラム教徒に多いひげについても、マスク内に収まる範囲で認める企業もあります。勤務中は原則マスク着用を義務とした上で、マスク内に収まる範囲で認めました。これからの服装のルールについては、性別や国籍、宗教観など多様化する中で、一言では語れないものがあります。
もっとも、ここにビジネスチャンスを見つける人たちもあらわれるかもしれません。日本には、30万人から40万人のイスラム教徒(ムスリム)が生活をしています。このムスリムの増加率は、他の外国人に比べ非常に高いのです。他国の増加率が20%程度だとすると60%を超える速さで増加しています。彼らが生活する場合、ハラル認証の食品を食べることになります。日本での流通は、日本国内での認証があれば、良いことになります。でも、海外に輸出する場合や外国から輸入する場合、それぞれの国の機関が発行する認証を受けたものでなければならないようです。ハラル食品は、食品衛生管理とは別次元で、ハラル商品と証明しなければなりません。外国のハラル認証機関と日本のコラボが、アイデアとして浮かび上がります。マレーシアのハラル認証機関は、信頼度が高いと評価されています。このマレーシアは、ハラル産業のハブを目指す戦略を進めています。ここに日本の企業が、日本のムスリムを通じてハブに参加するわけです。ムスリム16億人に提供するハラル食品の販売を目指すならば、そのトレーサビリティ(生産履歴管理システム)の信頼性を高める仕組みが必要になります。日本の品質管理とトレーサビリティを包含した流通技術で、信頼性を高める仕組みを構築することは可能でしょう。イスラム社会は、比較的気温の高い地域に分布しています。日本が得意としている冷凍冷蔵輸送は、彼らのニーズを満足させることになるでしょう。
