以前、日本の円が強い時には、海外での生活も良いものだと優雅に過ごした方も多数いたようです。日本で生活することも良かったのですが、タイのチェンマイやフィリピンなどは、人気がありました。この人気に隠れて、マレーシアの話題はあまり出ませんでした。でも、事情通に言わせると、当時からマレーシアは治安の良さや文化的な豊かさを高く評価されたそうです。マレーシアは、イスラム教、仏教、ヒンズー教徒の多民族国家になります。他の地域に見られるような宗教紛争がありません。長期間にわたって、多民族が平安に暮らしてきた歴史があります。現在、この国は強烈な勢いで経済発展をしています。マレーシアは、一説では東南アジアで最も早く先進国入りするとも言われています。生活コストの安さとアジアの急速な経済発展を考えると、非常に恵まれている国になります。経済発展している国には、多くのビジネスチャンスが眠っています。この治安の安全とビジネスチャンスを求めて、マレーシアの移住を考える人が増えています。今回は、マレーシアの魅力を探ってみました。
移住ビジネスの関係筋によると、マレーシアの移住に関する関心が高まっている情況があります。マレーシアは、他の東南アジアの国と同様に定年後の移住先の候補とて検討されてきた経緯があります。でも、近年では退職者に限らず、現役世代や家族がいる人々が長期的な移住先と評価されるまでになってきています。マレーシアの魅力は手頃な物価、インフラ、そして文化的な親しみやすさになります。特に、目立つのが米国や英国、そしてEUに住むイスラム教徒は、この国に強い関心を持っています。欧米には、右翼の台頭や宗教的対立があり、移民に対して厳しい規制や排斥が顕在化しつつあります。一方、マレーシアには、宗教対立もなく、生活しやすいインフラが整っています。イスラム教、仏教、ヒンズー教徒の多民族国家でありながら、数十年にわたり平和が保たれ、経済は順調に発展している国でもあります。欧米の政府に失望した人々が、マレーシアに移住を考えているようです。特に、子どもを持つ家族を中心に、より宗教的価値観を尊重できる環境を求める人々には、条件の整った国との評価が高いようです。彼らはただ、平和と幸せ太陽、そしてすてきな人たちを求めているだけなのだと語っています。
移住を希望する人々にも、変化がみられるようです。特に、イスラム教徒の方に、その変化が見られます。過去十数年の経緯を見ると、欧米やカナダからイスラム教徒の家族が来ることはまれでした。その後の変化としては、新型コロナウイルスの流行後には、若いイスラム教徒の家族が移住を望むことはあったようです。その後、欧米のイスラム教徒の移住希望が急増するようになります。欧米の右翼台頭による他民族排斥が、その背景にあるようです。さらに、パレスチナで戦争が始まってからの2年間で、その加速が早まりました。欧米から、イスラム教徒の家族が今では急増している状況があります。子どもを持つ家族を中心に、極右勢力の台頭への懸念があるようです。この直近2年ほどで英国、米国、カナダに住む人からマレーシアへの移住の関心が高まっています。世界情勢が不安定となる中、マレーシアの持つ円滑な宗教環境、そしてお互いを尊重する文化的背景が、移住の増加を実現しているようです。
最近、イスラムとムスリムの理解が曖昧になることがあります。ここでは、イスラムは7世紀にムハンマドが創始したアッラーを唯一神とする宗教(教え)そのものであり、ムスリムは、その教えを信じ、日々の礼拝や断食、ハラール食などを実践する信者ということでお話を進めていきます。ムスリム社会では、アラーとの約束であるイスラムの教えを守ることが信用の基本になります。信仰心の厚いムスリムは、人間は騙せても神様を騙すことができないと堅く信じています。信仰の厚いムスリムは、決して嘘をつくことも、礼拝や断食を忘れることはありません。これらの行為は、最終的には本人が決めなければなりません。個人の決定は、クルアーンやハディースを読んで、自分の責任で判断し行動することになります。個々のラーメンやカレーがハラームかどうかは、個人がその都度判断すればよいのです。疑わしい食品経営者の店であれば、いかなければよいというだけです。日々の生活で食品を買ったりする場合、ムスリムなら自分が信頼する店に行きます。ヒジャブを着るとか着ないは、本人に任すのがイスラムの基本的なルールです。ヒジャブを着たいと思う人は着れば良いし、着なくても良い人は着なくとも良いのです。このように見ていくと、イスラム教は柔軟な面を持つ宗教のように見えます。
一方で、過激なイスラム教徒もいます。ビンラディンをリーダーに、2001年9月11日に同時多発テロ事件を起こします。イスラム過激派は、ジハードを標ぼうし、テロを行います。このテロの発端は、女性の世俗化の進行でした。イスラム過激派は、イスラム世界の女性の地位にまつわる慣習の変化に危機感を持っていました。アフガニスタン戦争において、米国とソ連の接触を通じて、イスラム世界の内部には、大きな動揺が生じていました。それは、人口構造の変化を受けて、「女性解放」に関して、伝統主義者と世俗主義者との争いです。伝統主義者(アルカイダやタリバンなど)は、女性が世俗化を求めるのは米国のせいだと主張しました。その結果、2001年9月11日に同時多発テロ事件に行きつきます。ジハードは、信仰を深める個人の内面の戦いを重視しています。武器を手にした戦いは奨励されていないのです。蛇足になりますが、インドネシアでは、過激派を穏健な思想に転換させるプログラムを行っています。そのプログラムが、効果をあげています。彼らから、ジハード精神を放棄させることはできませんでした。でも爆弾の使用を、辞めさせることはできたのです。ジハードの精神に無抵抗の人々を殺すことは、『アラーが望んでいない』ことを理解させました。このプログラムのポイントは、『理解させた人』にあります。カウンセリングで言えば、臨床心理士となります。神様を信じ、嘘をつくことも、礼拝や断食を忘れることのない誠実な人が、このプログラムに関わったのです。信仰の厚い人々が、過激な思想を沈静化させたわけです。過激的思想を持つ人も、信仰の厚い人の言葉と行動には理解を示すようです。
ここで、マレーシアへの移住のお話しに戻ります。ムスリムであるサイラ・ハヤティさんは、英国に住んでいました。サイラさんは、英国で自身の会社と不動産を所有しながら安定した生活を送っていました。ムスリムである彼女は、長年にわたりハラールに配慮した環境に移住することを検討してきたそうです。サイラさんはマレーシア移住を実現し、多くのイスラム教徒にマレーシアへの移住のメリットを発信します。彼女は、英国の住宅の仲介業者からSNSのインフルエンサーに転身したのです。最初のころは、マレーシアの移住に関す問い合わせは、当初は月1~2件だったそうです。転機となったのは、2023年月のパレスチナ自治区ガザでの戦争でした。マレーシアへの移住に関する問い合わせは、すぐに毎週届くようになりました。ガザでの戦争で、イスラエルに対する欧米の姿勢に不信感をもつムスリムが行動を起こしたのです。もっとも、移住の条件を汪慮しなければなりません。条件は、社会的な安定と十分なインフラが不可欠になります。ハヤティさんが移住の過程や現地の様子を発信すると関心を持つ人から次々と連絡が入るようになりました。やがて、マレーシアでの生活について知るために海外から訪れた人と、モスクで交流するようになっています。
最後は、イスラム社会における伝統主義者と世俗主義者との争いの行方です。タリバンが支配するアフガニスタンでは、家族と社会の一貫性を保つために、女性を厳しく律しなければならないという宗教観によって統治されています。それは、第一に、家庭は女の聖域であり、家庭外の生活は男性の領分であることです。第二に、性は家族内、家庭内にとどめられるべきものであることです。婚姻外、家庭外のセックスは許されないとなります。第三に、女性の主な務めは,出産と次世代の養育であることです。社会に進出する女性は、家庭の外にいるというだけで婚外交渉を促しているとされてしまうのです。この伝統主義者の宗教観が、米国流の自由主義や女性の社会進出を否定的に捉えていました。この伝統主義は、世俗主義に溝をあけられているようです。その事例は、ムスリムのハラールに対する許容差に見られます。ハラールの認証があれば、ムスリムの方が全て安心と思うわけではないようです。ハラール認証マークは、あくまで間接的な確認にすぎません。このマークは、専門機関による確認が済んだことをムスリムに確認させることになります。最終的に、ハラール食品を食べるかどうかは、本人の自己責任になります。地域が違えば、ムスリム個人の判断で、多少のことなら許容する場合もあるわけです。イスラム社会では、マレーシアのムスリムが、ハラールに厳格であることが知られています。一方、イスラム社会でもハラールに許容差があります。最大のムスリム人口を抱えるインドネシアでは、都市部においてアルコール飲料を受容する動きもあるようです。旅行の際には、豚骨ラーメンでさえ許容するムスリム出てきています。イスラムの社会の規制が、時代と共に世俗化の方向に流れはゆるぎないようです。一方で、禁欲的伝統主義も消えることなく生き続けることも現実のようです。
