シニアの知人との会話は、まず病気のことから入ることが多くなりました。「囲碁仲間の佐藤君が、突然倒れ、脳卒中と診断されたそうだ」などの話から、「そういえば、私の家系も脳卒中が多いのです。毎年、脳ドックを受けているのですが、いずれ佐藤君のようになるかもしれない」などの話題になります。そこで、今回は脳卒中の後遺症について考えてみました。脳卒中は、脳の血管が詰まったり、破裂したりして発症します。倒れる前までは元気でも、治療後は、言葉が不自由になったり、手足が自由に動かない後遺症が残ることがあります。突然発症することも多く、厄介な病気の一つです。これまでは、まひの程度が重いと回復は難しいとも言われていました。後遺症の重いある男性は、「少しでも手を動かせるようになりたい」一心で治療法やその施設を調べたそうです。その結果、分かったことが、後遺症で重度のまひとなった患者の機能を回復する訓練にロボットを活用施設の有効性だったそうです。
スタートアップ・ライフスタイプスは、脳波に合わせて手指を動かす医療機器を開発しました。手指にまひが残る脳卒中患者が、機能回復訓練のできるリハビリテリーションロボットを開発したのです。ヘッドホン型の装置を頭につけ、指を動かすロボットを腕に装着します。指を動かすロボットを腕に装着し、腕を持ち上げるイメージを思い浮かべます。この装置が脳波を検知し、正しくイメージできた時だけロボットは反応するのです。当初はイメージを描きづらく、ロボットはなかなか反応しなかったそうです。脳で腕を動かす指令がうまく作り出せず、筋肉に微弱な信号しか伝わらないのです。でも、慣れてくると、次第にロボットが手を広げる運動を補助するようになりました。手足を少しずつ動かすと、脳が新たな神経回路を作り出し、失った脳の機能を補うようになるのです。訓練を2週間続けると、それまでの治療では動かなかった手首が約10度動くようになったのです。
リハビリ治療を行うことにより、一定の回復が期待できます。リハビリは、個々人の患者の回復状況に合わせて適用する治療法が多様に変化していきます。脳卒中患者は、国内で110万人ほどいると見られています。リハビリに携わる理学療法士は19万人程度、作業療法士は9万人程度になります。現在の回復訓練は、各療法士が患者の手を取って曲げたり伸ばしたりする手法が一般的です。このやり方ですと、理学療法士と作業療法士は、患者数と比較して不足しているということになります。現状では、理学療法士と作業療法士が不足しているのです。これらの不足を、ロボットにより患者の治療機会拡大が期待されています。今後は、リハビリにロボットが導入されていく流れができていくと予想されます。でも現在は、ロボットの活用ノウハウを持った医療人材まだ不足しています。適切なタイミングでロボットを活用するには、高度な専門知識が求められます。これからは、ロボット活用人材の育成と、患者側がロボットと仲良くすることも必要になるようです。
余談ですが、医療の世界的な流れが、変わってきているようです。その分かりやすい事例が、リハビリテーション(リハビリ)になります。理学療法や作業療法、言語聴覚療法のみが、「リハビリテーション」との誤解があるようです。その誤解は、リハビリテーションが機能回復だけ目指せば良いという考え方です。リハビリの対象は、単に身体的な障害に限定しているわけではないのです。世界の流れは、機能回復だけでなく、人の人生全体の回復にかかわることを目指しています。これは、障害者を身体的、精神的、社会的、職業的、経済的にその有用性を回復させることになります。さらにリハビリは、本人と医療者、ときには家族との協働作業で実践していくことになります。リハビリは本人の心理と意向を大切にして、本人の強みを伸ばせるようなプログラムを提案することになります。障害のある人と実務者、研究者が討議し、意見を集約する形が、リハビリの世界基準になりつつあります。ある意味で、障害の討議をするときには障害のある人と実務者、研究者の3者の知恵を出し合うわけです。リハビリにおいて、本人を無視したプログラムは、評価されなくなっているのです。
このような流れを、いち早くつかんで、リハビリロボットを開発した企業があります。医療機器の東北医工(盛岡市)は、機能回復訓練ができるリハビリロボットを開発しました。この東北医工は、2022年の設立で、車載コンピューターの検査装置メーカーが母体になっています。この企業の戦略は、生活を重視したものでした。脳の機能障害のリハビリロボットは、世界の流れとして、下肢(足と脚)向けが多かったのです。患者の移動(自立歩行、椅子使用)が優先され、手指機能は後回しされる傾向がありました。脳の機能障害のリハビリロボット制作では、上肢(手と腕) 向けは少ないという状況がありました。でも、よく考えると、実生活では食事をとったり、ものを書いたりといった手指を使う動作が多いのです。東北医工は、手や指のリハビリに重点を置きました。このリハビリロボットは、患者が自分で手指の訓練をできる仕様にしたのです。患者は両手を装置に入れ、それぞれの手で装置内のグリップを握ります。画面上に映し出された飛来物を、画面上の手でタイミング良くつかむ動作を繰り返すわけです。飛来物を画面上の手でタイミング良くつかむことで、楽しみながら訓練を続けられるという優れものです。この開発したロボットは、患者が自律的に訓練できるものになっています。
指の機能を高めるロボットは、障害者用だけでなく、音楽の世界でも使用されています。時代は進み、演奏家の脳活動を調べる研究は1990年代から盛んになりました。脳活動を調べる研究は、演奏の向上にその成果を生かそうとする取り組みを引き出しています。ソニーコンピュータサイエンス研究所は、2020年から10代のピアニストの教育を始めました。ここでは、「ミュージック・エクセレンス・アカデミー」を始めたのです。アカデミーで学んだ生徒は、内外のコンクールで優秀な成績を残しています。アカデミーの指導が、軌道に乗ってきたと言われています。ピアノでは、人さし指と薬指、中指と小指の2本ずつの指を交互に上下させる運動が難しい動作になります。ミュージック・エクセレンス・アカデミーでは、音楽研究の歴史や楽器演奏に関わる関節や筋肉などの医学的な知識を講義で学びます。楽器演奏に関わる関節や筋肉などの講義で学んだ生徒は、練習の習得度もより深まるというわけです。この理論の上に、ロボットなど最先端の科学技術を駆使して演奏の上達を目指す試みになります。ピアノ演奏では、指の動かし方を訓練できる外骨格ロボットを導入しています。指を自在に動かす練習では、独自開発した手に装着するタイプのロボットが活躍しています。プログラムしたロボットを装着して練習すると、未体験の指の動かし方を自然に学べるのです。自分だけでは難しい複雑な動きをロボットが伝え、身体と脳の潜在的な能力を引き出す仕組みです。ロボットを外しても、前より速く指を動かせるようになるという優れものです。指の機能を高めるロボットが、これからも次々開発されてくることが予想されます。
最後は、ロボットが障害者の方に福音をもたらすお話しになります。浦安ロボケアセンター(千葉県浦安市)には、高齢者など月に70人程度が訪れます。ここでは、ではロボットを用いた歩行訓練で身体機能を高めているのです。訪れた人たちは、サイバーダインのロボットスーツ「HAL」を使った運動訓練を行います。HALは、神経から筋肉に伝わる電気信号をセンサーで捉えて、腕や膝の関節を動かします。このロボットの利用は、病気などで衰えた身体機能を高めるために使います。施設では腰に装着する機種を活用し、休憩を挟みながら1時間程度歩行トレーニングをします。脳卒中で車いす生活をしていた60代女性が、週1回の歩行訓練を3年程度続けました。3年程度続けたところ、筋力や体力が高まり、杖を用いて自力で歩けるようになりました。別の70代女性は、フレイルで衰えた足腰を鍛え、排便や排尿にも効果が出たと話しています。さらに、念願だった孫との旅行にも行けるようになったと喜んでいました。他の利用者からは「着替えがやりやすくなった」との声もあがっています。ロボットの利用は、加齢で身体が衰えるフレイルや介護の予防にもつながっています。機能回復の先に、やってみたいこと、生活が楽しくなること、趣味を深めたいなどの目標があると、より良いリハビリができるようになるようです。