1兆円の政府半導体支援を授業料として活用 アイデア広場 その1426

 以前、日本企業は、半導体事業で世界最先端を走っていました。でも、現在は遅れを取っています。これまで、経済産業省は「日の丸半導体」の復活にこだわり続けました。その栄光を追って、経済産業省は国内メーカーの再編統合や共同開発の音頭をとってきました。でも、多くが不調に終わりました。経済産業省は日の丸の呪縛から脱して、外資の誘致に軸足を変えた事業が台湾積体電路製造(TSMC)の誘致でした。TSMCは、先端半導体の量産技術で世界の先頭を走る企業になります。このTSMCが、熊本県菊陽町に工場を建設します。約1兆円を投じて量産拠点をつくり、2024年末には初出荷する計画なのです。新工場を運営するのはTSMCの子会社で、ソニーもマイナー出資する「JASM」になります。半導体は足が早く、出荷のタイミング次第で価格が大きく変動します。最先端のビジネスは、商機を捉えるには即断即決の俊敏さが欠かせません。日本の半導体が衰えた原因は、経営の速度が世界の標準から遅れていたためです。世界最先端の企業を近くで直視し、世界の即断即決の経営を学習することも必要です。1兆円は、世界最先端の企業を学習する授業料ということになります。そこで、この1兆円の授業を賢く学習し、意識改革や地域経済のへの波及効果、そして他の分野に生かす仕組みを考えてみました。

 すでに、1兆円の授業料は、いろいろな波及効果をもたらしています。菊陽町に建設されるTSMC工場は、鹿島建設が請け負っています。鹿島の社長さんによると、この工場建設は普通なら10年近くかかる工期を2年に縮めなければならないということです。建設現場には、ナイター設備も完備しています。その理由は、工場建設が24時間体制の工程になり、工程の間隔をできるだけ圧縮する体制になっているためです。工程だけでなく、その工程を支える技術者などの作業密度も過酷(合理的)になっています。建設現場の近くにあるホテルは、建設を請け負う鹿島が今春から丸ごと借り受けています。丸ごと借り受けたホテルに、技術者や作業員が宿泊しています。ホテルでは、朝食を6時から提供していたのですが、ほとんどの人が食べずに作業現場に向かったそうです。このホテルは、急きょ食事を5時に切り替えて、食べてもらうようになったそうです。鹿島の関係者は、鹿島の歴史でも例のない高速工事になったと述べています。TSMCの最速の経営が、半導体企業はもちろん、建設会社やホテルの時間軸も変えているのです。世界の先端技術を享受するためには、今までの日本の基準を乗り越える意識改革が求められるようです。

 地域経済にも、いろいろな波及効果が出ているようです。熊本県菊陽町に進出したTSMCは、車載用チップなどを生産することになります。2024年末には、車載用チップなどを生産する第1工場が本格稼働する予定です。TSMCの従業員が家族を含めて750人程度が、すでに台湾から熊本に移住しています。この移住者は、国内外の関係会社を含めると数千人規模に達するとの見方もでています。波及効果の一つが、この方たちの消費行動になります。熊本市の鶴屋百貨店地下1階のワイン売り場には、地方には珍しい高級品がずらりと並んでいます。これらの高級品を、外国人とおぼしき客が次々に訪れて、買っていくのです。中には、10万~20万円のワインを数十本単位で複数回購入する方もいます。10万~20万円のワインを数十本単位で複数の回購入は、九州消費市場にとっても大きな衝撃になるそうです。これらの購入者は、台湾積体電路製造(TSMC)と関係会社の幹部の方たちです。地方都市では、ありえなかった高級品のまとめ買いが、外国からの定住者の方たちによって行われているのです。もちろん、この要望に応えるように、地元の百貨店も、早急に対策を立てています。対策の一つは、半導体関連企業を担当する専属外商員の設置です。彼らは、「移住する従業員のために家電や布団などをまとめて発注するケースが増えた」と喜びの声を上げています。4人の営業担当が、熊本に進出した半導体関連の60社を連日回ります。

 半導体特需に潤う熊本の百貨店は、日本の一断面に過ぎません。百貨店売上高に占める地方都市の割合は、縮小している現実があります。全国の百貨店数は2024年3月時点で177店になります。この数字は、10年前から比べると65店も減っています。さらに、この5年前と比べても39店減っているのです。直近では、島根県で唯一だった一畑(いちばた)百貨店が閉店し創業65年余りの歴史に幕を下ろしました。地方の百貨店は、「地方における都会そのものだった」と感じる方も多かったです。閉店日に来店した30代女性は、「非日常感を味わえるところが好きだった」と惜しんでいました。一畑がなくなり、島根は全国3番目の百貨店ゼロ県となりました。7月に岐阜高島屋が閉店し、岐阜が山形と徳島、島根続き4番目の百貨店ゼロ県となります。駅前や中心街に巨艦店を構えるやり方は、地方では営業的に難しくなっている実情があります。もっとも、半導体特需のようなことが起きれば、回復は可能かもしれません。

 余談ですが、神風を頼るだけでは、福の神はやってきません。地元にある資源、人的資源も含めて活用する工夫も必要になります。島根県松江市にあった唯一の「一畑百貨店」がなくなると、幸運なことが起きます。松江市の旧市街に新たな「百貨店」が開業したのです。この店頭には中元用のギフトや高級食器、高級家電などが所狭し、と並んでいます。このお店は、「ギフトサロン松江」になります。この演出者は、中国地方地盤の食品スーパー「マルイ」になります。「マルイ」が核の商業施設に、「ギフトサロン松江」が出店する形で成立しています。この「ギフトサロン松江」は、百貨店大手のー角を占める「高島屋」のブランドを冠した島根初の店になります。隣県の「JU米子高島屋」(鳥取県米子市)が、越県してきた出張所のような位置付けになります。松江市の旧市街に新たな百貨店には、一畑元外商員も所属し顧客を引き継ぐ形で営業活動を始めています。「またお会いできてうれしいです」。ギフトサロン松江では開業以降こんな会話が交わされています。配属された10人の社員中9人が、一畑の元従業員になります。県をまたぎ、小売りの業態の垣根も越えて百貨店を実質的に残した山陰のモデルということです。この百貨店を実質的に残した山陰のモデルは、他地域にも参考になるかもしれません。

 ベテランデパート従業員の活躍のヒントが、インドにありました。成長するインドにおいて、ビズネスチャンスを求める人が多くなっています。有名な所では、牛肉を食べないインドで、焼肉を食べる韓国料理が人気になっていることです。韓国人が、始めた焼き肉店が繁盛しているのです。対象は、初期においては韓国のビジネスマン相手のお店でした。それが、旅行者にまで広がっていく流れを作ったのです。日本からも、進出する人もいます。進出を決める場合、一般的には、経済成長が高めの国が狙い目になります。さらに、人口増加率が高く、生産年齢人口が多い国が、ターゲットになるようです。インドは、それらの条件に該当する国になります。日本の一流デパートで販売を担当していた女性は、インドを選びました。日本のデパートで勤めていても、人並み以上の所得も生活も可能な人材でした。でも、可能性を確認したかったのでしょう。この方がインドを選んだ理由は、英語が堪能だったことと、この国にはサービスの需要があると見抜いたからです。インドでは、従来型の「売ってやる」式の販売サービスからの脱皮が求められていたのです。教育水準は製造業の方が高く、サービス業は低い水準で推移していました。質の高いサービスが、提供できない実態があったのです。日本のデパートおけるサービスやマナーは、世界最高と言われています。そこで養ったスキルは、インドの大型小売店で引っ張りだこになったのです。日本のデパートには、有形無形の資産があります。その一つに人的資産です。デパートには外商部があり、この人材の持つノウハウは得難いものがあります。

 デパートの人材を生かす仕組みは、地産地消の中にあるようです。地方の人々は、循環型の仕組みを持ちたいと願っています。でも、なかなか実現できません。人材が、乏しく難しい面もあるのです。この課題に貢献できる人材は、地域の事情に詳しくネットワークを持つ人になります。まさに、デパートにおける質の高いサービスを提供できる人材と外商部の人材ということになります。次に、地域課題を客観的データで分析できる人材です。さらには広域経済圏域という空間的につながりを持ち、時に応じて人や産業の多様性を組み合わせることのできる人材ということになります。TSMCの幹部の方たちによる高級品のまとめ買いが、外国からの定住者の方たちによって行われています。もちろん、この定住者の要望に応えるように、地元の百貨店も、対策を立てています。その対策の中に、各地域の経済を地域内できちんと回していくことが求められます。地域内の消費は、地域内生産物への需要につながります。地域のマネーが、地域内で循環する仕組みを作るわけです。たとえば、地域内で1万円を使ったとします。すると、1巡目は、1万円のうち、80%の8000円が残ります。2巡目は、8000円のうちの80%、6400円が残ります。80%を掛け合わせながらどんどん足していくと、最終的な合計金額は約5万円になるという計算もあります。地元でお金をまわすことは、想像以上に地域を豊かにすることが分かります。さらに、インバウンドで入ってきたお金が、そのまま地域で循環することになれば、地域は以前より循環するお金が増えて、裕福になるわけです。TSMCの幹部の方たちは、地域に定住する方たちです。この方たちの消費を地域内で循環する仕組みを作れば、マネーが増えてハッピーというわけです。政府1兆円支援の10分の1でも、地域で循環することができれば、授業料を払った価値があると評価されるかもしれません。

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