競技力と学習能力の向上、そして利益上げる大学運動部  アイデア広場 その1394

 スポーツは、人格形成に貢献すると考えられています。学校体育で、スポーツを取り入れたことも、この前提に立っています。世界がこの考え方に賛同した理由に、イギリスのパブリックスクールのモデルがありました。貴族や中産階級の少年を一人前の男にする考えは、ヴィクトリア朝イングランドにおいて称賛されてきた特徴になります。当時のパブリックスクールでは、苦難を経験させ、少年を一人前の男にする教材としてラグビーなどのスポーツを使用しました。このイギリスの理念は、日本の大学スポーツにも影響を与えました。いわゆるアマチュアスポーツが、人格形成に役立つというもののです。でも、この理念と現実にはギャップが見られるようになりました。たとえば、アメリカの大学スポーツでは、新入生いじめや入部の儀式、選手や監督による性暴力などがときどきメディアで報道されます。アメリカンフットクボールの選手やボディビルの選手は、男女に限らず薬物使用に直面します。体操競技やフィギア競技などの選手は、体形の維持や身体操作のために薬物使用の問題に悩むことがあります。日本でも、このような事例が見られるようになりました。望ましいと考えられるスポーツでも、社会的ルールを逸脱する行為も頻繁に起きるようになってきたわけです。そこで、今回は、アメリカの学生スポーツに焦点を当てて、現状を眺めてみました。

 佐々木麟太郎選手は、甲子園の有名なホームランバッターです。彼は、岩手の花巻東高校を卒業後、米国へ留学することを決断しました。佐々木選手クラスの人材が、日本から留学するのは初のケースになるようです。この留学には、大学側から破格の良い条件が付与されています。このスカラシップにより、バイトの必要もなく、勉強する時間も十分にできます。アメリカの大学スポーツは、単なる勝ち負けではなく学業を優先した上での取り組みを行う建前になっています。留学生が直面する英語の習得は、困難が予想されます。最初の困難を乗り越えて、優秀な成績を収める留学生も少なくないとのことです。大学選手は、ビジネス感覚を養った上で社会へ出ていくことが一般的です。競技における成功だけでなく、卒業後のビジネスの成功も、選手たちには求められているのです。

 NBAは全米バスケットボール協会で、MLBはメジャーリーグベースボールになり、NCAAは全米大学体育協会のことです。このNCAAの1部校は、良いスタッフ、専用のスタジアムやアリーナなど充実していいます。米国では、学生スポーツは人気があります。大学フットボールやバスケットボールのテレビ放映権は、日本では考えられないような金額になっています。NCAA(全米大学体育協会)とトップアスリートを擁する大学は、プロに匹敵する稼ぎを生み出しているのです。たとえば、2019年のMLBの総収益は107億ドル(約1兆5700億円)でした。その2019年のNCAAの総収益は、MLB を上回る158億ドル(約2兆3200億円)でした。一方、選手側には不満もあるようでした。選手達は、莫大な利益を上げています。この意味でも、佐々木が認められたような年間1000万円を超える金額もNCAAでは驚くものはないようです。米国では、返済不要のスカラシップは当たり前です。

 NCAAでは、スポーツ漬けにはならないルールがあります。ここには、体調管理や学業への配慮で練習日数や練習時間を制限するルールがあるのです。NCAAで競技を続けるには、毎日継続的な勉強をやるしかない環境に放り込まれます。ある意味で、競技を続けるためには毎日継続的な勉強の習慣をつくることが不可欠です。スタンフォード大ほどの超名門でなくてもNCMのI部校なら、アスリートをサポートする環境が整っています。NCAAのI部校の環境は、トレーニング施設や学業のサポートを含めて豊富にそろえてあります。勉強との両立は大変との指摘がありますが、その大変さがプラスに転じる可能性のほうが高いと言われています。競技で好成績を残すアスリートは、個人差があります。でも総じて、彼らは集中力に優れています。好成績を残すアスリートは、自分で決めた毎日の課題を必ず遂行する意志の強さを持つものです。NCAAの生活とその支援体制は、高校の時に競技に没頭してきたことで発揮できなかった別の能力を引き出す仕組みがあります。NCAAの生活は、選手の別の能力を引き出すには最適な環境を用意しているとも言えます。

 八村塁選手は、NBAで活躍しています。彼は当初、バスケットにすべてを懸けようと強い思いで海を渡ったわけではないようです。八村塁の練習は、早朝から授業、宿題、チーム練習、個人練習で1日が終わりました。授業を理解するには、英語を理解しなければいけないのに、その英語が分からなかったのです。何度も逃げたくなったそうですが、「でも、その逃げ場が用意されていませんでした。彼は、勉強とバスケットに集中せざるを得なかったのです。バスケットに打ち込むことで、積極性やコミュニケーション能力が向上していきました。必要なコミュニケーションの中で、英語を聞き取れるようになり、話せるようになっていきました。八村塁は、最終的にはバスケットが逃げ場となり、そこで彼の能力が覚醒した。米国留学で勉強や語学習得に苦しみながらも、バスケットに自分の存在意義を見いだしたということのようです。

 莫大な利益を上げている選手たちに対する対価は、授業料や寮費など必要最低限に抑えられていました。奨学金などにしても、学生アスリーへの還元は18.2% (2019年)に抑えられていたのです。優れた能力を持つ選手たちは、インターンシップの収入にも制限がかかっていることはおかしいと主張すしてきました。これに対して、NCAAはアマチュアリズムを盾として利益の分配を拒否してきました。でも、時代はアマチュアリズムを変えつつあります。2000年代の後半から、かつてのアスリートらが訴えを起こすと、立て続けにNCAAが敗訴する事態になりました。肖像の利用によって、利益を得ることを阻止してはならないという法律が成立しました。学生アスリートが、肖像などを活用して利益を得ることが認められていることになったわけです。報酬を得ることは、NAMEしIMAGE、LIKENESSの頭文字を取ってNIL法と呼ばれています。アメリカでは、2021年7月からアスリート個人が企業などと契約し、報酬を得ることが可能なったわけです。ある事例では、ルイジアナ州立大4年の女子体操選手の契約総額は、350万ドル(約5億1500万円)にもなります。NIL法による契約総額を発表しているサイトによれば、19人が100万ドル以上の契約しているようです。将来のプロ入りが有力視されるアスリートは、NIL法を利用します。NCAAの統計によると、2022年には利用者が155人と右肩土がりになっています。SNSのフオロワー数が多いわゆるインフルエンサーらが、次々に企業と契約を結ぶケースが増えています。日本では、2021年から箱根駅伝に出場するチームのユニホームに広告を入れられるようになりました。このような流れは、日本でも現れてくるように思われます。

 最後になりますが、選手の第二の人生をスポーツ経営の関連から考えてみました。 2023年度(令和5年度)の高校野球の部員数は約13万人になります。ほぼ各学年4万人が活動しています。そこで甲子園に出て、プロに入る選手は毎年100人程度です。プロ野球選手の平均引退年齢は29歳です。13万人いる野球部員が、すべてプロに進めるわけではありません。進めない部員は、大学や企業に進んで、新しい進路を開拓することになります。問題は、新しい進路に適応できない優秀な選手が出てきていることなのです。この対策を比較的上手にやっている国が、アメリカになります。アメリカで人気のあるアメリカンフットボールの選手は、高校で100万人、大学では5万6千人、さらにプロではわずかに250人になります。でも、この250人だけがアメリカ社会における勝者ではないのです。アメリカの大学スポーツでは、文武両道を義務づけられており、いかなる分野においても活躍できる人材を育成しています。試験で一定の点数を取らなければ、部活動を行うことができないルールが守られています。練習時間も決められています。これは、大学スポーツはすべて公平な練習時間の中で闘うことを目指しているからです。100万人の選手が、最終的には全員が成功者になるように、大学やクラブの指導者が支援していることになります。佐々木選手が成功すれば、高校球児も米国の大学のコーチ陣が注目する可能性があります。米国の大学のコーチ陣が、サッカーなど日本のレベルが高い高校スポーツに注目するようになります。ここで練習や学習をした日本の選手が日本に戻り、アメリカ流の部活動と学習のスタイルを普及させることも面白いかもしれません。

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