コバルトを巡る経済安保の構築  アイデア広場 その 1393

 1991年12月、ソ連が崩壊し、東西冷戦が終わりました。この時期、世界中の人々は、大国間の協調が円滑になり世界が安定すると明るい気持ちになっていました。この時期から2000年代半ばまでの時代では、各国の経済協力が進展し、軍事力の役割は低下しました。でも、この平和は長く続きませんでした。米国のイラク・アフガニスタン戦争における失敗で、国際協調の時代が影を潜めていきます。日米欧の経済不振といった形で、米国の一極優位的な世界システムが動揺し始めます。2008年、アメリカの投資銀行 リーマン・ブラザーズの経営が破たんしました。 その影響はアメリカ国内にとどまらず、世界中の株価が急落する という事態を生み出しました。いわゆる世界経済危機が、起こったわけです。その一方で、2000年代後半から、中国は爆発的な経済成長遂げていきます。日米欧経済不振は、世界経済にパワーバランスの変化をもたらしました。ここに、石油や天然ガスの輸出収入をベースにしたロシアの復活で、国際協調の時代は幕を閉じることになります。中国やロシアを含む形で、国際協調を進めることが非常に難しくなったわけです。さらに、ロシアは2014年にクリミア半島を併合して米欧と決定的に対立するようになりました。2022年に始まったロシア・ウクライナ戦争などが象徴するように、各国の対立は珍しくない時代になりつつあります。今回は、各国の対立を少しでも抑制する仕組みや方法を考えてみました。

 日本国内であれば、個人や法人が契約に違反した場合、民事訴訟による強制力があります。でも、国際社会では、国家が「約束」を破ったとしても国内のように罰せられることはありません。強い国家は、相手国に理不尽な要求をしても、受け入れるケースも出てきます。相手国の要求は国力を勘案し、調整し、同意していくことが多くなります。アメリカが世界の警察だったころは、一つのルールがあり、理不尽な要求を出しにくい環境が整っていました。今現在、世界には以前のような超国家政府がないために、それぞれの国益は、相互依存の形で調整していくことになります。パワーと相互依存の形を体系的に考察したのが、ロバート・コヘインとジョセフ・ナイになります。彼らは、パワーと相互依存の関係を考察するために、2つの概念を提示しました。それが、「感受性」と「脆弱性」という2つの概念になります。感受性とは、相互依存関係が切断された場合に短期的に受ける影響を指します。脆弱性とは長期的に受ける影響になります。

 中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりした事件が、「感受性」と「脆弱性」の良い事例になります。2010年、尖閣諸島周辺の日本領海内で中国漁船が、日本上保安庁の巡視船に体当たりしました。中国船長を日本側が拘束した事案に際し、中国はレアアースの輸出を禁止しました。中国は、当時の日本の製造業が大きく依存していたレアアースの輸出を禁止したわけです。中国のレアアースに頼っていた日本にとって、輸出を禁止は、短期的には非常に大きな影響をもたらしました。レアアースの輸出を禁止は、相互依存の「感受性」が日本側に大きかった事例になります。でも、このレアアースの輸出を禁止は、「脆弱性」の点から見ると局面が変わってきます。この事件後、日本は中国のレアアースに依存しないですむような研究開発を進めることになります。レアアースの依存度を低下させれば、長期的には逆に中国の影響力を低下させることができます。現在では、レアアースの研究開発が、中国への依存度を根本的に低下させつつあるわけです。レアアースの輸出禁止は、「感受性」が大きかったために、日本が非常に強い圧力を中国から感じました。でも、時が立てば禁止の効果は、薄らで行く状況が生まれているわけです。

 中国が行ったレアアースの輸出禁止は、時が立つにつれて中国の弱点になりつつあります。中国では、いわゆる戦略物質と言われる資源を備蓄する動きが活発化しています。電気自動車(EV)の普及に力を入れている場合、リチウムイオン電池に使用するコバルトは不可欠な物質になります。世界で使われるコバルトの70%はアフリカのコンゴ民主共和国で産出されています。コバルト生産で世界最大のコンゴ民主共和国は、中国の支配を受けながら産出量を増やしています。コンゴの鉱山業界は中国企業がほぼ支配しており、その産出量が急増しています。ある意味、電気自動車(EV)向け電池に使うコバルトの供給は中国がほぼ独占してしいるとも言われています。中国は、E Vの普及に力を入れています。EVの生産を、テスラなどの欧米の企業をすでに追い抜くまでになっています。コンゴだけでなく、オーストラリアも中国から鉱物業界に対する投資を受けているほか、鉱物の加工でも連携していました。ここにきて、オーストラリアは、重要鉱物を巡り、中国依存の脱却を検討しています。自国の重要鉱物を、米欧に供給しようとする政策を掲げるようになってきたのです。

 オーストラリアの政策変更は、アメリカの影響があります。その一つが、インフレ抑制法(IRA)になります。このIRA)は、過度なインフレ(物価の上昇)を抑制すると同時に、エネルギー安全保障や気候変動対策を迅速に進めることを目的とした法律になります。2022~2031年度に、法人税の最低税率の設定などで財政赤字を約7370億ドル減らします。これを原資として、エネルギー安全保障と気候変動対策につながる産業を対象に、税控除や補助金などを通じて3690億ドルを投じるというものです。中でも、自由貿易協定を結んだ国の鉱物を使う電池を搭載したEVを税額控除の対象にする項目があります。豪州など米国と自由貿易協定を結んだ国の鉱物を、税額控除の対象にする予定です。長期的には鉱山業者も税控除を受けられるようになれば新たな事業の機会が広がります。誰もが、IRAの承認を欲しがっているわけです。オーストラリアの企業も、例外ではありません。米国の脱炭素に関する優遇税制のインフレ抑制法(IRA)が追い風になるとみているわけです。問題は、

 IRAの中にある「懸念される外国の事業体(FEOC)」の規則が全面適用されることです。2025年1月以降、電池の一部でもFEOCと関係していれば優遇税制の対象外となのです。中国と関連する供給綱の鉱物を使ったEVは、補助金を受けられなくなる可能性があるのです。もちろん、中国は、IRAの規則が「差別的で公平な競争を著しくゆがめる」と主張しています。米国の関連規則に関連し、中国は世界貿易機関(WTO)に先月提訴しています。

 余談ですが、ここにきて、コバルトやニッケル、リチクムなどEVに必要な鉱物が供給過剰になりつつあります。コバルトについては、少なくとも20288年まで供給過剰の状態が続くとの見方も出ています。EV需要が、伸び悩んでいる問題も浮上しています。それにもかかわらず、豪コバルト・ブルーは電池に利用できるコバルトの生産をめざしているのです。コバルト・ブルーは、西部パース近郊の鉱山で電池に利用できるコバルトの生産をめざしています。このコバルトは、中国の事業者より生産コストは高い悩みがあります。「豪州にとって短期的な痛みはあるが、長期的にみれば可能性が広がる」とこの事業を捉えています。コバルト・ブルーの事業は、世界で鉱物の供給網を新しく作るために必要なものです。この事業は、鉱物業界にとって安定した供給網の構築に寄与するとの確信があるようです。

 コバルト・ブルーの確信を、支援する動きも出ています。アメリカの「懸念される外国の事業体(FEOC)」もその一つですが、EUにもその動きがあります。欧州理事会は、2024年3月に、重要原材料法(CRMA)を採択しました。CRMAは、EU内でそれぞれの鉱物の年間消費量が特定の国に65%以上依存しないとする法案になります。65%以上依存しないとする一方で、同じような目標を持つ国々と協力する計画も盛り込まれています。要は、中国による鉱物の独占を抑止する対応策になります。重要鉱物の調達は、環境・社会・企業統治(ESG)の最高基準を守ることに取り組むという主旨になります。重要鉱物を、倫理的に調達できるようにすることを求めているわけです。EUは、豪政府と2024年4月に会談しました。そこでは、両者が重要鉱物に関連して戦略的な提携をめざすと発表したのです。コバルト・ブルーは、この提携の延長線上に、欧州市場を視野に入れた活動をすることになります。EUと豪州は、クリーンエネルギーへの移行に向け、重要鉱物の持続可能な供給網を構築しようとしているわけです。中国は、輸入品を一方的に禁止する場合もあります。その実例は、以前のフィリピンのバナナや現在のオーストラリアの牛肉や穀物です。中国の政策に異を唱える国に対しては、常にこれらの手段を使う国でもあります。暴徒化でも不買運動でも、中国国内では自由にできることを意味しています。中国からレアアースが絶たれても、マスクが絶たれても、ある程度耐える生産体制を整えておくことを西側諸国は学習しました。戦略物質が絶たれても、それに対応した行動を取れるように備え(制度や法律)を固めているようです。

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