理数系の女子人材を育成する仕掛け アイデア広場 その1388

 日本政府は、大学を中心に毎年理数系の人材を26万人ずつ育成していく方向性を打ち出しました。AIの活用が進むデータ社会を勝ち抜くには、「第1に数学、第2に数学、そして第3に数学だ」ということになります。当然、文部科学省も理系分野を専攻する学生を増やす施策を進めています。特に、女性の能力を生かしたいとの意向があります。世界の研究現場では、多くの女性が活躍しています。チームワークやデジタルスキルでは、男性研究者を上回るとの評価もあります。文科省によると、女性の理工系分野の割合は7%にとどまっています。この数字は、経済協力開発機構(OECD) 平均の 15%を下回り、OECD諸国でも非常に低いのです。この他国とのギャップには、「女性は理系に向いていない」といった誤った認識が日本では根強いとされています。この心理的なハードルがあるため、女性の能力が開花していないとの指摘もされるようになりました。もっとも、この心理的障壁が取り除けられれば、女性にとっても、日本にとってもハッピーなことになります。今回は、このハッピー実現の道筋を考えてみました。

 経済協力開発機構(OECD) は、2022年に実施した学習到達度調査(PISA)の結果を公表しました。このPISAには、世界81カ国・地域の15歳69万人が参加しました。日本からは、全国の高校など約180校の1年生約6000人が参加しています。PISAは、15歳を対象に義務教育で学んだ知識や技能の実生活での実用力をみるものです。その結果、数学的応用力が5位(前回6位)になりました。科学的応用力が2位(前回5位)という成績で、世界トップクラスを維持していることになります。日本の数学的リテラシーの平均得点は536点で、科学的リテラシーの平均得点は547点になります。OECD平均は、平均得点の長期トレンドが下降しています。一方、日本は高水準で安定している傾向が読み取れる結果でした。

 PISAの数学の成績と国の経済成長や生産性は、正の相関性があるとされてきました。高校1年生まで日本の高校生は、数学リテラシーにおいてOECD加盟国でトップクラスにあります。でも、高校2~3年で文系選択の生徒が数学の授業を減らすために、高校の高学年から大学に進むにつれて、数学リテラシーが衰退していく実情があります。日本の子ども達は、高校の1年までは世界的な数学の頭脳を持っています。でも、生かし切れていないのです。この頭脳を生かせば、経済成長や生産性を高める可能性を持っているわけです。

 理数系の領域や空間認知能力において、課題遂行能力が男女で異なると言われています。そこで、ある実験が行われました。この実験は、数学の成績が同等な男性と女性を被験者にして、数学のテストを行ったのです。「テストには性差がない」と教示する条件と、一般的な教示をする条件を設定しました。その結果は、驚くべきものでした。「テストには性差がない」と教示した条件では、男女の成績に差はみられませんでした。一方、性差があると教示をした条件では、女性のほうの成績が低くなっていたのです。数学のテストにおいて、一般的な男女差の教示を与えるだけで、女性の受験者がステレオタイプの脅威が生じてしまうのです。この性差の実験は、女性の数学能力に対するステレオタイプの脅威生じさせる現象を示しました。一方、この実験は、男女の差を低減させるヒントが隠されていました。一般に、女性の数学不安については、男子よりも女子の方に高いことが示されています。小学校5年と6年生の調査では、女子は男子よりも、算数不安が高いことを示していました。さらに、女子は男子よりも算数の授業中にいやだと感じる場面が多いことも指摘されています。この不安や嫌悪の感情が、個人やクラス、そして集団や社会がステレオタイプとして備えてしまうことが日本にはあるようです。

 ステレオタイプに関しては、偏見やスティグマを形成することに関する実験があります。白人被験者に閾下(サプリミナル)で、黒人(攻撃的という映像や言葉)に関連する刺激を見せるという実験を行いました。ここでは、投影時間が数ミリ秒の短い時間で、画面に攻撃的文字や絵が映し出されます。何を見たかが判断できなくても、その言葉や映像が意識下で影響していくことが明らかになりました。投影時間が数ミリ秒といった短い時間では、人はそれが何であるのかは認識できません。にもかかわらず、攻撃性に関する内容の文字を閾下で見た被験者が、後に提示された人物を攻撃的と判断していくのです。蛇足ですが、スティグマは「負の熔印」とよばれています。スティグマがあると、勉強の機会を奪われるという不快な経験をすることがあります。否定的な社会的アイデンティティをもらす属性は、スティグマとよばれているわけです。女性には、数学が苦手というステレオタイプが形成され、それが偏見にまでなり、その苦手ということを女性が受け入れ、スティグマにまでなることがあります。

 教師が「この子はできない」と否定的な仮説をもつと、子どもの学業が伸びないことが知られています。この逆は、ピグマリン効果として知られています。ある権威者から、「この子は伸びますよ」とある教師に告げたのです。この教師が、その言葉を信じて、子どもを見ているとその子供は実際に伸びたのです。このピグマリオン効果は、教師の期待が子どもの成績を直接伸ばすものではありません。この魔法の現象は、教師が子どもの学習や活動対して、丁寧に応答することによって実現していたのです。教師が子どもの成長を信じ、期待することは、教師と子どもとのやりとりの量と質を変えるのです。低い社会的地位の子どもたちに対して教師が「この子はできない」と否定的な仮説をもつと、成績が低下する傾向があります。子どもが教師の予想どおり悪い成績をとってしまうと、誤って抱かれていた周囲からの否定的評価が本当の能力を反映したものになってしまうのです。本来は、性差や人種によって能力差がないにも関わらず、あたかも性差があるというステレオタイプが生まれます。負のステレオタイプやスティグマがあると「勉強ができないに違いない」などと友人や教師から否定的に扱われるようになります。この扱いは、個人だけでなく、集団にも波及します。集団に所属するためには、成員は共有されている規範を守る必要があります。集団の規範を守ない者は、最終的には仲間から排除されてしまいます。勉強しないことが規範となった場合、集団の成員は勉強を軽視するようになります。勉強しないことが規範となった場合、熱心に勉強することは適切とはみなされません。さらに、学業が自分の価値に関わらないと考えると、自己を高めるために勉強しようとしなくなります。「女性は数学が苦手」というステレオタイプや偏見に一致するような集団行動が、構造として本当に生まれることになります。

 負の局面があれば、その局面を改善しようとする人たちや組織があります。日本においても、女子大学が理工系学部を新設する動きを加速しています。文科省も、この動きを支援しています。現時点では、10の女子大学が支援対象になっています。女子大学に対する期待は、大きいものがあります。その一つに、大妻女子大学があります。大妻女子大学は、「学び働き続ける自立自存の女性の育成」を使命として掲げています。この大学は、経済と経営分野の専門性も併せ持つ文理融合の人材を育成しています。ここに加えて、2025年4月にデータサイエンス学部(仮称)を開設する予定です。データサイエンス学部では、基礎から応用まで学ぶほか、プログラミングの習得を目指します。教員は、統計学や人工知能(AI)、そして、経済と経営などの知識が豊富な有識者を招へいします。データサイエンス学部の定員は、90人で、教員は14人と少人数教育に取り組みます。大妻女子大学は、男女格差の解消につなげる突破口にもしたいとしているようです。

 最後になりますが、女子の中学生や高校生には、理系に進む場合に心理的なハードルがあるとされています。女性が自ら、「女性は、数学が苦手である」との先入観をもつことが問題になります。この苦手意識は、ある意味で、小学校、中学校、高校の授業の中で形成されてきたものです。幼少期から形成された文化的ステレオタイプを変化させることは、なかなか大変なことになります。大変なことですが、解決の仕組みがないわけではありません。性差がないという数学の実験で明らかなように、同じ能力であれば、同等の成績を収めることができます。でも、そこに負のステレオタイプが入ると成績が低下します。一般に、平等主義的価値観を持っている場合、負のステレオタイプ化が起きないとされています。この価値観を維持しながら、4つの要素を加味しながら学習を続けることが求められます。①小集団で協同的に相互依存させること。②生徒間の相互作用を頻繁にすること。③地位を対等にすること。④(教師が運営して)制度的支持を受けていることを意識させること。平等主義的な個人的信念で、時間や努力をすれば意識的にステレオタイプ化を回避できます。でも、制度的な支援があれば、よりスムーズに負のステレオタイプ化乗り越え、ピグマリオン効果が、多くの女子にいきわたる社会になるかもしれません。

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