従業員の幸せを、重視する経営者が増えています。アメリカでも、幸福をモデルにした価値転換が進んでいます。働き方改革や健康経営の重要性が叫ばれる中、幸福経営に注目が集まっているわけです。幸福度と従業員の創造性や生産性、そして欠勤率や離職率の研究も進んでいます。幸せな従業員は、会社や仕事への愛着や没頭の傾向が高いという結果も出ています。彼らは不幸せな従業員よりも、創造性が3倍も高く、生産性が30%も高いのです。経済成長は緩やかでも、心の豊かさを保ち続ければ、創造性や生産性の高い会社経営ができるようです。最近は、幸福の核心に近づく追求も行われてきています。幸福は、財産がたくさんあるとか、地位が高いとかでは測れないことが常識になりつつあります。幸福の条件は、悩みのないこと、感情が穏やかなこと、心身が自然な状態であるというものです。一方、幸福の要素には、ポジティブや感謝の要素も含まれているという説もあります。幸福な人たちは、家族との人間関係を大事にし、それを推進力としている光景があります。近年、この家族を大事にする環境が、徐々に整いつつあるようです。その一つは、企業になります。さらに、学校においても、それを推進する機運が生まれてきています。もちろん、先進的地方自治体にも、その動きが見られます。今回は、新しい機運を眺めてみました。
小売りやサービス業では、売上高減少の懸念から日曜や祝日を営業日とする企業が多くありました。これらは、当然のように日曜や祝日を営業日としてきました。でも、この営業形態は、子育て世帯には負担が大きいものでした。ここに来て、収入も大事だが、家族のきずなも大事だという人が増えてきています。いわゆるワークライフバランスを重視する人が、増えているのです。企業としても、今までのような営業形態を続けていくことに不安を感じるケースも出てきました。少子高齢化で、労働人口の減少は避けられない状況になっています。企業側も、人手不足の解消には従業員のライフスタイルに合わせた働き方を用意せざるをえない事情が生まれています。子育て社員を意識して、日曜祝日の休みを取り入れるなど、従業員のライフスタイルを充実させる環境づくりの支援を始めています。
山形日産は、2022年度に新車販売を手掛ける3社で、毎月第1日曜日と第1月曜日を定休日にしました。一般に、日曜日はお客さんとの接触が多くなる曜日になります。でも、あえて、その日曜日を休みにしたのです。その理由は、もちろんあります。山形日産は離職がとまらず、2022年度までは社員数は減少傾向でした。家庭を持つ中堅クラスの整備士が、日曜休業の製造業に多数流出していたのです。日曜日に、休園とする保育園は多くあります。子育てする共働き世帯には、日曜出勤が負担となっていました。日曜日に、家族が全員そろってくつろぐことは、家族の絆を強くします。企業側も、人手不足の解消には従業員のライフスタイルに合わせた働き方を準備したようです。山形日産自動車などで構成する山形日産グループは、2024年度から祝日4日間を休業日にするようです。人手不足が深刻になるなか、営業日のあり方を変え、人材をつなぎ留める対策になります。従業員の家族から見れば、家族の癒しの時間が増えることになります。このような対策をとった結果、新車販売の売上高や営業利益はむしろ上昇するという嬉しい流れが出来ました。
小売業やサービス業では、日曜日を定休日とすると、平日に働く購入希望者との接点が減る可能性があります。そのために、日曜出勤の企業も多くなります。そのような風潮の中で、三井不動産レジデンシャルは逆張りをしました。三井不動産は、オンラインで平日や土曜日に商談することで契約は減らないと見込んだのです。このような想定の元に、2021~22年度に7拠点で、日曜定休を試行しました。この7拠点では、オンライン商談の組み合わせを行ったわけです。テレワークやオンンライン商談の普及で、消費者の側も平日に時間をつくりやすくなっている状況が生まれていました。オンライン商談を組み合わせたことにより、契約実績は計画の80~130%の水準で推移したのです。2023年度が増加に転じたために、休業日をさらに増やすことにしました。三井不動産レジデンシャルは、2024年からマンションの販売拠点で日曜日に定休日を設けることにしました。さらに、日曜と月曜を店舗の定休日とする制度を導入し、実績を見ながら、全国へ拡大する計画のようです。
家族への配慮は、企業だけなく学校においても見られるようになりつつあります。その現れは、ラーケーョンの導入に見られます。ラーケーションは、(学び)とバケーション(休暇)を組み合わせた造語になります。欠席扱いにならずに、学校を数日休める新制度のラーケーョンが、一部の地域で始まっています。小中学校や高等学校の一部で、欠席扱いにならず学校を数日休める新制度が始まっているのです。ラーケーションは、自宅で勉強しても良く、目的があれば自由に過ごすことができる制度です。この制度は学校を休んで、家族や友人とテーマパークに行っても良いというものです。愛知県や大分県別府市で、2023年度の2学期から導入され、始まっています。もっとも、わずか年3日まで休むことが可能になったというものです。導入する自治体は、ラーケーションによる学習の遅れは、家庭学習で補うことを基本としています。世界の流れは、子ども達の自主性を重視する方向になりつつあります。子どもが、自己調整しながら学習を進めていくことは大切なことです。休む日を自分で決めることは、主体的に自分の学習スケジューレを組み立てる訓練にもなります。学校を卒業し、働き始めてからも、リスキリングなどの学び直しが求められる時代になっています。社会人が自ら進んで、学び続ける状態を実現するためには、小さい頃からの訓練も必要です。ラーケーションは、この社会人に「主体的な学び」が求められているのに呼応した動きなのかもしれません。
ラーケーションの導入は、学校の問題だけではありません。このラーケーションを導入する自治体の問題意識にあるのは、日本の有給休暇取得率の少なさになります。日本の有給休暇取得率は平均60%であり、この数字はドイツの93%に比べ非常に低いのです。土曜日に働いている人は45%、日曜日は30%になります。この45%と30%存在は、親子の休みがなかなか合わない原因になっています。このすれ違いが、「どうせ子どもは休めないから」と有給を取らない人が増える悪循環を生み出しています。ラーケーションで子どもの休日を事前に計画できれば、親が子どもに合わせて休みを取るができます。この意味で、ラーケーションは経済的にも効果を生み出す可能性があるのです。観光需要が平日に分散すれば、観光地の飲食店やホテルはビジネスチャンスになります。観光需要の分散にもつながるため、地域経済の活性化にも貢献できます。平日は旅行料金や宿泊費が安くなります。安くなれば、ファミリー層の旅の機会が増えます。ラーケーションを導入している愛知県は、平日や閑散期の旅行者向けに宿泊費の割引など特典を付与するキャンペーンを行う計画のようです。新しい制度を多角的に利用する工夫は、これからの市町村に求められ才覚になります。
幸せや幸福への言及は、現在いろいろなされるようになりました。それらは千差万別で、一定の説があるわけではありません。でも、大枠はある程度分かるようになりました。幸福の条件には、悩みのないこと、感情が穏やかなこと、心身が自然な状態であることが含まれているようです。親が変な顔をしてみせると、赤ちゃんが自然にまねをする光景はほほえましいものです。親がほほ笑むと、赤ちゃんも微笑み返します。微笑みは、お互いに伝染するものです。幸福には、このように広がる性質もあるようです。感謝を常に忘れない人たちは、うつ的になりにくく、不安や孤独も感じにくいといいます。人間というのは、理性的に判断をするものだと信じられてきました。でも、一人の人間の理性だけでは、幸福を捕まえることをできないようです。幸福だと感じている人たちは、友人、同僚、家族との人間関係を大事にしており、それを推進力としているようです。これらの推進力を働く場に仕掛けておけば、楽しい職場になります。その推進力一つに、家族が一緒に休める日の存在があるように思えます。