お医者さんと患者が人間らしく暮らせる仕組みをつくる アイデア広場 その1386

 日本の医療は、非常に優れたものです。病気になれば、すぐに病院に運ばれ、お医者さんに治療を受けることができます。しかも、治療はリーズナブルな費用でできるのです。日本の医療は、イギリスなどに比べればとても早く治療をしてもらえます。イギリスでは、手術に何ケ月も待たなければならないというケースもあるのです。でも、日本の医療現場は、医療従事者に過酷な労働を強いているためか、すぐに治療を受けられます。文科省も認め始めましたが、大学の医局員は無給で医療行為をしていたのです。それも、組織的に行っていました。24時間診療ですので、シフトが敷かれています。そのシフトを連続で行う場合もあるようです。医師の過酷な労働条件は、医師の方にはもちろん、患者側に対しても悪影響を及ぼします。疲れたお医者さんに診てもらえば、思わぬ誤診など問題を起こすことになります。リスクない医療はありません。でも、リスクを最小限にするためには、医療関係者が余裕を持って仕事ができる環境整備が重要です。医療の質を落とさずに、患者の命を守るためには、医師の健康が大切になります。その配慮が、なくなりつつあるのです。もう一つの問題は、医療費の増加になります。そこで、今回は医療費の抑制とお医者さんの健康向上を同時に解決する仕組みを考えてみました。

 日本の保健医療支出は、国内総生産(GDP)の11.5%に達しています。日本の保健医療支出は、経済協力開発機構(OECD)平均の9.2%を上回り、38カ国中4位にまでなっています。もっとも、医療費のみではGDPの8%という水準になります。高齢化や医師不足(特に地方の医師不足)の問題を考えると、より効果的な医療政策が極めて重要な課題になっています。高齢化社会では、限られた医療資源を最大限有効活用する必要性があります。制度変更の影響を知るためには、データが果たす役割が大きくなります。日本には、このデータがある程度あります。でも、このデータには、足りないものがあるのです。そのために、国民の皆様が、悩む場面もでてきます。

 余談ですが、ある70代男性は20年12月に東京都内の大病院で心臓の手術を受けました。大病院で心臓弁の手術を受けたのですが、心機能が悪化して翌年2月に死亡してしまいました。この男性は、入院日の午前中も水泳をするなど元気だったので、家族は日本医療安全調査機構への報告を望みました。病院側は、「手術は標準的な水準の範囲内」などと判断して報告しませんでした。日本医療安全調査機構に報告するかどうかは、医療機関に委ねられているのです。医療機関が「予期した死亡だった」と判断すれば、報告をする対象から外れるわけです。この事例を、日本心臓血管外科学会会長を務めた東大名誉教授が診療記録や手術ビデオなどをチェックしました。この名誉教授は、「医療事故ではないという判断には大きな疑問がある」とする論文を2022年に特別寄稿しまた。特別寄稿の後、病院は一転して同機構に死亡事故として報告したのです。医療データには、十分に国民の目に触れない部分があることがわかります。「今回、高齢者の医療負担が、1割から3割に変化すると受診行動はどう変わるのか」とか、「負担割合の変化から受診行動の変化はどのように健康に影響を及ぼすのか」などを国民が理解することも、大切なことになってきているようです。

 心臓手術の事故に関してですが、国には患者の死亡事故の原因を究明する国の医療事故調査制度があります。医療事故の調査制度は、2015年10月から始まりました。厚生労働相の指定を受けた日本医療安全調査機構が、医療機関から死亡事故の報告を受ける仕組みです。報告があれば、医療機関から依頼を受けて調査し再発防止に向けた報告をまとめることになります。日本医療安全調査機構によると、2023年末までの8年3カ月で報告件数は計2909件に上ります。国の制度では、報告対象は「予期しなかった死亡事故」に限定しています。報告の多かった都道府県別では、宮崎県の5.2件で、三重、大分両県が4.9件、京都府が4.8となります。埼玉、山梨、和歌山、鹿児島を含めた5県が2件を下回っており、非常に少ないことに注目が集まります。

 日本医療安全調査機構よると、100万人当たりでは年2.8件になります。ここに、少しだけ疑問がでてきます。国の医療事故調査の報告では、都道府県の報告件数に5倍超の格差があるのです。最も少ないのは、福井県で1.0件です。最多の宮崎県と5倍以上の開きがあります。日本医療安全調査機構も、「報告件数の地域差が5倍という事実は深刻な問題と認めています。ベッドの数が500床以上の大病院(388病院)のうち、「報告ゼロ」は約3割の111病院に及ぶのです。制度開始の2015年から23年末までに、「報告ゼロ」が約3割になっています。正直に見れば、この数字は優れた医療施設ということになります。でも、ある大学病院幹部は、8年余りで報告ゼロはあり得ないと首をかしげます。大病院では、難易度が高い手術を多く実施しており、8年間で報告ゼロ(事故ゼロ)はあり得ないというわけです。報告件数が少ない県は、報告すべき事故を報告していない可能性があるようです。このような状況を見ると、霧に包まれた個々の医師単位での診療行動を解明するデータは必要になるという意見が出てきます。

 医療データの問題を見る一つの視点は、レセプトになります。レセプトには、患者の情報や保険負担、公費負担の情報、傷病名、診療開始日の情報の記録、保険の点数、診療の結果といった情報が記録されています。レセプトには、1つ1つの診療や公費負担の情報が記録されているわけです。近年、医療保険のレセプト(診療報酬明細書)のデータを研究者も利用できるようになりつつあります。この膨大なレセプトで、患者や医療機関の単位で分析することができるようになり、保険負担や診療の結果などの検証が可能になります。レセプトデータを使うことにより、医療費の窓口負担割合が与える影響を計測することもできるようになります。負担が増えても、病気になる人が減少すれば、結果として医療費の総額は減少します。一方、負担が増えたにも関わらず、病気が増えて、医療費が増えるということになれば、どこに問題があるのかいう原因究明も容易になります。1割から3割の負担割合の変化から、統計的な検証が可能になるとも言えます。検証が可能な理由は、レセプトに診療の詳細な情報が含まれるためです。

 しかし、このレセプトには、難しい問題があります。極めて重要なこのレセプトには、含まれない情報があるのです。日本のレセプトには含まれない情報は、医師のID番号になります。どの医療機関の診療かはわかるが、どの医師の診療かは知るができないのです。先ほど、大病院で心臓弁の手術を受けた男性の事例を挙げました。レセプトからは、この病院の名前は分かります。でも、どの医師が行ったかはわからないということになります。医師のID番号ないために、診療がどのような結果を生んだかを知るデータがないのです。現状では、外科医の手術執刀数や成功確率をデータとして得ることができないわけです。今のレセプトでは、合併症を繰り返すような治療をする医師を見つけることができません。医師のID番号ないために、医師の治療が、どのように医療費に影響を与えているかを知るデータがないことになります。日本の現状では、治療と医師のデータが結びつかないという抜け道があります。

 米国では、レセプトに医師IDが含まれています。この結果、レセプトの分析から面白い事実が浮かび上がります。米国の研究では、同じ傷病の患者に対する診療や医療費が、個々の医師によって異なることが分かっています。同じ風邪でも、診療や医療費が違ってくるというわけです。内科入院に関しては、医療費のばらつきが病院間よりも同じ病院内の医師間の方が大きいという事例もあります。心臓病専門医の医療費の地城間格差は、その半分以上が、周囲の医師など環境要因の影響によることが分かっています。心臓病の専門家が多ければ多いほど、医療費は安くなっているのです。医師のIDがレセプトに含まれれば、各医師が提供する医療の質を知ることができるようです。レセプトに医師IDを含むことは、直接的に診療の質を改善することにもつながっています。医師のIDがレセプトに含まれれば、医療費に与える影響を知ることができるようです。医師のIDがレセプトに含まれれば、医療政策を改善する基礎データができるようです。医師のID番号とレセプトデータで、個々の医師がどのような質の診療を行ったか分かります。このようなデータが集積されれば、一生懸命に患者に寄り添う医師の負担を軽減するシフトを、病院内で構築することが可能になります。蛇足ですが、レセプトへの医師ID情報の追加は技術的には容易にできることです。

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