「早くしなさい」を内的動機の視点から少なくする アイデア広場 その1508

 小学校のお子さんに、朝「早く起きなさい」、ご飯の時に「早く食べなさい、学校に遅れるよ」、家庭学習の時に、「早く宿題をしなさい」、就寝の時に「早く寝なさい」などの言葉が、頻繁に発せられる光景があります。この「早くしなさい」の習慣が、なかなか改善されないことに、悩みを感じる保護者の方がいます。今回は、この「早くしなさい」を言わないうちに、行動をする子どもになる仕掛けを考えてみました。ダラダラした状態から、すぐに勉強に取り組む子どもは少ないものです。取り組むことにスムーズに入るには、コツがあるようです。取り組みはじめる時には、『活性エネルギー』と呼ぶ初期努力が必要なのです。このエネルギーは、物理学用語で反応を起こすために最初に必要なエネルギーのことをいいます。惰性を打ち破って、勉強に取り組みはじめるためには、一定量の活性エネルギーが必要になります。勉強しようと気持ちを決めてから、鉛筆を削ったり、ノートを出したり、教科書をだしたりすることには、活性エネルギーを多く使っていることになります。勉強をしようと決めて机に座ったときには、鉛筆もノートも、そして教科書など全て揃っていることが求められます。この状態が、活性エネルギーを少なく使うことになります。このエネルギーの使用が、少なければ少ないほど勉強にスムーズに入れます。何を勉強しようかと迷っていては「ダメ」なのです。その場で迷う、決める、探すなどの行為は、活性エネルギーの無駄遣いになるのです。机の前に座った時には、自然に勉強ができる状態にしておければ、「早くしなさい」の言葉は少なくなります。もっとも、机につくまでが難しいと嘆く保護者のために、もう一段上の工夫を考えてみました。

 そのヒントは、保護者の仕事の仕方にあります。仕事しやすくするには、選択肢やモノを減らすることがカギになります。仕事に向かうモチベーションを奪うものを排除することになります。やろうとした瞬間に電話やメールが入ることは、最悪の事態です。一度やろうとしたモチベーションを、もう一度同じレベルまで引き上げるためにはかなりの意志力を必要とします。残念ながら、人間が使える意志力は、1日の中で決められているようです。特に、午前中に良質な意志力は発揮されます。午前中に電話や会議で忙殺されれば、仕事にならないということです。仕事のできる方は、1日行う仕事の分量を決めているようです。仕事に集中できる時間は、人にもよるでしょうが、90分程度と言われています。90分を何コマに分けて、仕事を行っていくわけです。その中で、初期努力、中だるみ、終末努力というように、集中力に波が出てきます。90分に限りませんが、この時間内で一つの仕事を終了するように環境を整えておくわけです。大事な仕事の場合、電話などが入らないような処置を取ります。たとえば、バディを組んで、90分ごとに電話を取る順番を決めておくなどの工夫があります。勉強においても、集中できる時間には、邪魔が入らないようにしておくことになります。結果として、深夜が一番効率的という子どもも出てくるわけです。でも、深夜は、人間の体内時計という視点からはマイナス要因になります。

 このマイナス要因も、動機によって克服できるという研究成果は多いようです。そこで、この動機について、考えてみました。ウィスコンシン大学教授のハリー・ハローは、サルが自発的に楽しそうにパズルを解く姿の中に、内的動機を発見しました。夢中になっているサルに褒美を与えると、サルのパズルの回答率が下がるのです。お子さんが良い成績を上げた時、ゲーム機などのご褒美をあげると、成績が下がる現象があります。ご褒美をあげ続けないと、成績が低下する現象です。人間の内的動機は、本人の自発的善意に任せたほうが良い結果が出るということです。ゲーム機などの外的動機のような圧力をかけて、内的動機を低下させてしまっては、元の木阿弥です。もう一つの知見は、目標に近づくほどにモチベーションが強められ、行動が積極的になることでした。この目標に近づくほどにモチベーションが強められる特性は、「目標勾配」と呼ばれています。途中に多くの目標を設けることで、その途中の目標までの空間的時間的な距離は近くなります。次々に達成できる空間的時間的な目標設定をすれば、モチベーションが途切れることなく達成できることになります。

 それでは、この内的動機を使えるようにするには、どうすれば良いのでしょうか。「外的動機づけは、成績が良かったら、『小遣いを上げますよ』とか、『ゲームソフトを買ってあげますよ』などというものです。内的動機づけは、報酬など関係なしに、常に喜んで勉強や家の仕事に取り組むようになることになります。心理学の分野では、外的動機づけから内的動機づけに高めて行くモデルが提示されるようになりました。それを簡単に図式化すると、外的調整→取り入れ的調整→同一化調整→統合的調整→内的調整→内的動機づけというモデルになります。外的調整は、『先生がうるさく言うから勉強する』というような外的刺激が中心になります。取り入れ的調整は、『不安だから勉強する』などの外的刺激ではなく、個人の内面から出てきているものになります。同一化調整は、自分にとって重要だから勉強する段階で、勉強することに喜びを感じる段階になります。統合的調整は、勉強することに価値があることだと感じ、勉強に喜びを見いだす段階といえます。内的調整は、内的動機づけの最終段階になります。常に喜んで取り組むようになる段階です。もちろん報酬など関係なく、勉強すること自体が楽しい、知ることが楽しいという感情が優先する段階です。このような段階になると、「早くしなさい」の呪縛から解放されるのかもしれません。

 人間は我儘な動物ですので、難しいことも出てきます。良いことを良いこととして受け入れないこともあるのです。もし、もっと良い生活を希望するのであれば、食事は一定の栄養を満たし、なおかつ楽しい食事が理想になります。もちろん、運動も一定の量を確保しながら、楽しいものにしたいものです。そして、睡眠は、疲れを取ることはもちろん、成長ホルモンを多量に分泌するような睡眠にしたいものです。さらに、運動や食事の部分最適ではなく、生活の満足という全体最適を実現できれば、望外の幸せという領域に入ります。良いことを押しつけられると、かえって健康を害するという事例もあるのです。フィンランドの上級公務員に、健康に良い節制を求めた調査がありました。40~45歳の公務員に定期検診、栄養学的チェック、タバコや酒の抑制を求めるものでした。もちろん、拒否できる自由はありました。そこで抑制を守ったグループと無頓着なグループの結果は、驚くべきものでした。健康管理に無頓着な集団が、循環器系、高血圧、死亡、自殺のいずれも、健康に配慮したグループより少なかったのです。良いからと言って、やらされる仕組みには効果の面で疑問があるようです。

 余談ですが、三井物産で面白い試みを始めました。この会社が目指すのは、オフィスを起点にした企業文化の変革になります。生産性が高い特定の部署の行動傾向を分析し、他の部署に役立ててもらう構想があるようです。3600人超の行動データ収集し。個人情報を伏せ、部署や役職の属性から分析するのです。天井に2500個の電波受発信器を設けスマホのアプリと連携して、位置情報を収集し分析していきます。社員の動きをデータで可視化することで、より効率的な連携手法を探る仕組みを作るわけです。この仕組みは、オフィス内での人の移動や在宅時のチャットなどの履歴データを組み合わせて解析します。在宅勤務の増加も考慮し、社員のメールやチャットの履歴データも判断材料にしていく大きな構想です。生産性の高い部署の人間関係、上司のリーダーシップ、空間の配置、他の部署との接触など、生産性に関するデータの蓄積や分析が可能になります。これからは、ソシオメトリーと生産性を組み合わせた数値化が可能になるようです。近年、ウエラブルの健康機器を身に付けて、身体状況を把握するサービスが増えています。体重や運動の量や時間、栄養状態、そして睡眠などの情報が得やすくなっています。さらに、顔の表情や身体のしぐさから、感情を評価するシステムが開発されてきました。ポジティブとかネガティブなどの表情やしぐさから、評価していくものです。「早くしなさい」の言葉に、子どもがどのように反応するかによって、保護者の対応が状況に応じられるコンテンツを用意できるかもしれない時代になっているようです。

 最後は、楽しく効果的な学習のお話しになります。学習の各家庭によって、習い事のある日やない日、そして土曜日曜の休日があります。パターンごとに、やるべきことをボードに書いておくことも見える化という点で面白いものです。Aパターンの日は、家での勉強は無理だから、他の日に集中的に行うこと、Bパターンの日は、宿題を集中して行うこと、などを見える化をしておくのです。個々のパターンをプレート型の磁石に書いて、貼りやすいように工夫している子どももいるようです。初期努力をできるだけ少なく配慮し、中だるみを上手に乗り切り、終末努力で達成感を味わうわけです。達成感が味わうことができれば、内的動機の維持に貢献します。達成感を味わう子どもを見て、保護者の方の「早くしなさい」の言葉が少なくなっていくことを希望しています。

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