全国の書店数は、この10年間で3割減っています。6月18日時点の全国の書店数は、1万667店になります。2014年6月に比べて、4607店(30.2%)も減っているのです。その理由は、雑誌や書籍の落ち込みによるものです。さらに、ネット書店の台頭が減少に拍車をかけています。残念なことですが、増加した都道府県はなく、東京も601店(34.2%)も減少しました。書店が1軒もない「無書店自治体」も、全体の約4分の1達しています。2023年の書籍の推定販売額は6194億円と、ピークの1996年に比べて43%減ったのです。雑誌は72%減となっており、雑誌の落ち込みが書店経営を大きく圧迫しています。東京、大阪に次いで3番目に書店が多い愛知県でも、29%の減少になっています。一方、書店の数は大きく減った半面、上質な読書空間を用意するといった試みが広がっています。読書を楽しみにしている人々は、根強く存在するようです。今回は、読書の諸相を概観してみまいした。
読書から離れていく人々が増えている中で、読書の楽しみに、お金をかけても良いという人々も増えているようです。喫茶文化が根付く名古屋で、コーヒーを飲みながら本を選べる入場料制の書店が4月に開業しました。面積は、約1200平方メールの大型店舗です。この有料エリアに置いている本は、約3万冊になります。この書斎風のスペースは、静かな空間になっており、読書に浸れる空間になります。朝は、トーストが無料で付きます。すでに、入場者は2万人を突破しました。この有料エリアの入場料は、90分750円になります。コーヒーなどを飲みながら、席に着いて本を選べる優雅な読書時間に浸れます。午前7時半の開店直後に、出社前のサラリーマンも多く訪れているようです。この読書空間のコンセプトは、「本と出会うための本屋」というものだそうです。本の検索機は、あえて置いていません。本を手に取り、その魅力を体験することで、ネットでの注文との差異化を狙っています。ネット通販でも手軽に本を買えるなか、手に取って本を見る本屋さんの利点を売りものにするお店も出てきています。
民間企業だけでなく、自治体が直接関与する形態も出てきています。青森県八戸市では、全国でも珍しい公営書店を運営しています。市は、2016年に公営の書店「八戸ブックセンター」を開きました。2022年度は書籍販売などで約2700万円の収入があったのですが、運営コストは9700万円でした。八戸市は、7000万円の赤字を補填しています。八戸市は、本によるまちづくりの拠点と位置づけ、住民の交流に生かす狙いを持っています。市は小学生約1万人に地元の書店で利用できるクーポンを、1人あたり年2000円を配布しています。八戸市は、2023年末には市民の要望を受けて、児童書や子育て関連の売り場を広げています。このクーポンを楽しみにする児童は多く、利用率は9割を超えています。
また、八戸工業高等専門学校では、図書館に入れる本を学生が八戸ブックセンターで選ぶ活動をしています。この活動は、学生が図書館の蔵書を自由に選ぶことで、本と触れ合う機会を増やすものです。八戸工業高等専門学校は、ブックセンターで「ブックハンティング」を定期的に開いています。課題は、ブックセンターの収益性になります。八戸市としては、赤字をさらに増やすわけにはいかない状況にあります。この課題を乗り越える工夫が、求められるところです。もし、乗り越えることができれば、未来の文化都市になる可能性を秘めることになります。
住民の読書活動を支援する市町村は、八戸市だけではありません。全国的に本屋さんは減っています。その中で、本屋さんの減少を最も抑えた県が和歌県になります。和歌山県は、民間企業の支援がありました。和歌山県の食品スーパーのオークワの関連会社が、店員を置かない24時間営業に切り替えました。オークワが、和歌山市内の書店を夜間は店員を置かない24時間営業に切り替えたのです。隣接する24時間営業のスーパーの来店者などに、この書店に気軽立ち寄ってもらう狙いがありました。もう一つの狙いは、人件費の抑制にもありました。また、岐阜県岐南町では、2023年ローソンと連携して書店併設型のコンビニを開業しました。日本出版販売は、書店が少ない地域でも本に親しめる環境づくりに取り組んでいます。ローソンと連携し、「LAWSONマチの本屋さん」と銘打った書店併設型コンビニを開業したのです。日本出版販売は「書店サービスの利便性を高め、来店する動機につなげる」としています。日本出版販売は企業や自治体と連携し、書店が少ない地域でも本に親しめる環境づくりを支援しています。
八戸市のブックセンターの収益性が、課題になっています。この課題を乗り越えるヒントが、ハンバーガーにあります。ハンバーガーは、単体だけでは利益が出ないとされます。利益率の高い商品とセットで販売をして利益をだすという仕組みでお店の運営をしています。これはハンバーガーだけでなく、飲食店やスーパーなどで行われている手法です。いくつかの分野は赤字だが、他の分野がそれを補うという仕組みです。食事を規則的に取り、運動をし、本を読んだり、趣味を持っている人は、健康寿命が長いことが報告されています。多様な活動を適度に行うことは、健康の維持増進に望ましいことです。ある自治体では、家に閉じこもる高齢者が認知症になる割合が高いという数字を基に、積極的に外出を奨励しています。図書館に行くとポイント1、公民館の学習活動に参加するとポイント2、温水プールに行くとポイント3というようにポイント制を導入しているのです。ポイントが100になると、図書券2000円を配付するそうです。大変な出費のように見えますが、医療費+介護費と図書券の費用対効果は、図書券に軍配が上がるそうです。少しのお金で、地域の人々の健康水準を高めたいと誰しも願っています。この願いをかなえる一つの仕組みが、本屋さんと図書館のコラボにあるようです。この関係が、地域の知的水準を高め、医療費や介護費を節約し、地域の活性化を促すことになるかもしれません。
余談になりますが、認知症は、どの国にとっても懸案になっています。既に世界で5000万人を超える人がこの病を患っています。2050年には、この数が1億5000万人以上になるとされているのです。この病について、数々の研究が行われています。その中で明らかになってきた知見は、認知症を防ぐには健康管理だけでは足りないということでした。その中で、面白いエビデンスが出てきました。「日本人は、認知症にならずに長生きする」いう意外なニュースが、2022年春、世界に流れました。ニュースの震源地となったのは、米スタンフォオード大学や東京大学がまとめた研究とその推計でした。米国の65歳以上の認知症有病率は、2000年には12.2%でした。それが、2016年に8.5%に減少したというのです。さらに、東京大学の推計は、日本人に希望を与えるものでした。60歳以上が暮らす日本で認知症の人は、2025年に503万人から2034年には490万人に減るというものです。認知症が減少すると分析する場合、コンピュータを使います。もちろん、そのプログラミングは、人間が行います。プログラミングには、近年の研究論文を反映させる内容を取り入れて作られます。健康や教育歴、職業や所得なの項目は当然に取り入れられます。従来の認知症に関する理解は、加齢が進めば進むほど、認知症の発症が増えるというものでした。でも、コンピュータの分析は、教育歴の高い層には、認知症が少ないという結果が出ていたのです。日本人の認知症が減少するという推計から、高い教育水準が認知症を抑えられるという希望です。そして、この希望をより現実的にするものは、学習環境の整備になります。この学習環境の整備に、街の本屋さんの活動が深く関与しているようです。
最後になりますが、新しい試みをする本屋さんも現れました。東京郊外の「街の本屋さん」が、公共図書館の本を貸し出すサービスを始めたのです。図書館と本屋さんの垣根を越えた連携強化が、街の本屋さんから始まっているのです。久美堂は、町田市立図書館全8館の書籍を対象に、店頭で受け渡しするサービスを始めました。この久美堂は1945年創業で、町田市内を中心に6店舗を展関する地域密着型の書店になります。受取場所に同店を指定すると、約3日後から、店内レジカウンターで借りられます。利用者は事前にネットなどで予約し、返却は専用ポストに入れるだけになります。手に取って見ることができる本屋さんの強みを生かしたうえで、全国でも珍しい「書店での公共図書館本の受け渡し」を実現したわけです。紙の出版市場が縮小する中、地域の読書文化維持への危機感がご主人にはありました。そして、「地域の読書文化を守りたい」との思いが強かったようです。この新しい試みは、順調に流れているようです。今年6月の貸し出し利用者数は、約200人、8月は約300人と順調に増加しています。このサービス導入は、市民の皆さんへの利便性の向上だけでなく、書店経営にもメリットが生じています。久美堂はでは6月以降、学習参考書や児童書などの売り上げが前年同月比1~ 2割増えています。図書館では扱わない小学生の勉強ドリルを、「ついで買い」している親子が増えているのです。子どもが何度でも読みたがる名作の読み物を、「ついで買い」しているようです。図書館で予約待ちが続く人気作家の本を、本屋さんで紹介することで、待てずに買ってしまうお客さんもいるとのことです。人が集まれば、そこにビジネスチャンスが潜んでいるものです。