世界中から採用される理想のデジタル教科書の要件 アイデア広場 その1787

 世界的にデジタル教科書の採用の有無が、話題になってきているようです。日本でも、デジタル教科書を正式に認め、小中学校などで、無償で配れるようにする法案が衆院を通過しています。これが参院で可決し成立すれば、2030年度にも全体または一部がデジタル媒体の教科書が登場することになります。デジタル教科書は、パソコンやタブレット端末で利用するものです。日本でも、そのデジタル教科書の実現が近づいています。もっとも、実現するのは、早くとも2030年度以降になるようです。デジタル教科書は、利点が多いとされています。文字の拡大やルビ振り、音声読み上げなどの機能があり、学習が難しい子どもに欠かせない機能になります。英語で正確な発音を聞いたり、その反復修正も可能になります。算数、数学では、図形やグラフを動かし効果的に学べます。さらに、これからの社会で必須のデジタル機器の健全な使い方を知ることにもつながります。でも、この有用なデジタル教科書の使用を制限する動きもあるのです。松本洋平文部科学相は当面、小学4年生以下では完全デジタルの教科書を認めない方針のようです。この制限する動きは、どのようなものか、今回は探ってみました。

 森と湖に囲まれ、人口約560万人が暮らすフィンランドは、世界幸福度ランキングで、年連続で1位を獲得する魅力にあふれる国になります。また、フィンランドは2000年代、国際学力テスト(PISA)で世界1位となり、欧州随一の教育大国としても知られてきました。そのフィンランドの地位が、危うい状態になっています。PISAのスコアは年々低下し、直近の2022年も振るわず、欧州でも首位の座を明け渡したのです。フィンランド教育庁は、同国の成績低下はデジタル化の影響とみています。学校の授業で、「デジタル教材を急進したことにある」とみているのです。フィンランドでは、10年ほど前から1人に一台のパソコンを配り、 授業で20時間以上も使ってきました。あるベテランは、授業中にパソコン画面を見る時間が長過ぎて、どうやって集中力を保っているのか心配していたと言います。デジタル教材の推進で、生徒の読解力や集中力が低下したと考えています。弊害が出れば、それを是正する処方箋が出されます。その処方箋が、2025年の改正基礎教育法とスマホ禁止令でした。基礎教育法で、「デジタル教科書」の見直しを行いました。デジタル教材を制限し、紙の教科書を授業に多く使用する対策をとりました。さらに、国内の全小中学校の校内で、スマホ使用を原則禁止にする法律も施行しました。全国の小中学校で原則、スマホ使用の禁止に踏み切ったのです。

 スマホ依存やゲーム依存は、世界的に問題になっています。一つの事例から、いくつかのヒントが読み取れます。ハーバード大学メディカルスクールの心理学部が、テトリスの実験を行いました。実験に参加する学生は、お金をもらってゲームができると大喜びでした。27人の実験協力者に報酬払って、1日に数時間3日間連続でテトリスをやり続けてもらったのです。実験のあとの数々協力者たちの何人かは、空からテトリスの形が降ってくる夢を見続けました。この世のすべてが、テトリスの4つの形でできているようにしか見えなくなるようになったそうです。テトリスをする若者たちは、どこを見てもテトリスの形が見える認識パターンができます。このパターン、いわゆるテトリス効果は、繰り返しゲームをすることによって起こる普通の生理的プロセスなのです。「テトリス効果」は、脳の中で起こるきわめて普通の生理的プロセスと説明されています。これを続ければ、日常生活に支障をきたすことになります。ある意味、狭い認識パターンができてしまうからです。より正しく言えば、支障をきたす人ときたさない人が出てきます。支障をきたさない人を、正のテトリス効果にとらわれた人とします。支障をきたす人を、負のテトリス効果とらわれた人とします。負のテトリス効果にとらわれているとき、狭いパターン認識のために、脳はチャンスを目にすることができません。逆に、脳が常にポジティブな面をスキャンしてテトリス効果に注目すると、恩恵を受けられます。心理学者は脳が幸運に対して常にオープンになっていることを「予測符号化」と呼びます。好ましい結果を予測していると、脳がそれを符号化するのです。幸運に対してオープンになっていると、チャンスに気づき易くなります。要は、ゲームにのめり込んでいる人には、チャンスが来ないということです。チャンスに気づくように脳を鍛えるには、ポジティブなことに注目する時間を持つことが不可欠です。この事例からわかることは、工夫次第でスマホやゲームをコントロールするスキルは身に付くということです。

 フィンランドは、「デジタル教科書」の見直しによる紙の教科書を授業に多く使用する対策、それに加えて全小中学校の校内でのスマホ使用を原則禁止の対策を推し進めました。この急激な政府の対策に国民は、どのように反応したのでしょうか。政府対策の根拠は、国民への大規模な調査結果によるものだったのです。生徒、保護者、教師を対象にしたアンケート結果は、政府の方針を後押しするものでした。フィンランドの生徒の4割が、デジタル機器の使用が数学の授業の妨げになると回答しました。保護者の約7割が、「デジタル教材より、紙の教科書を望む」と答えたのです。もちろん、教師もデジタル教科書のデメリットを日々感じていました。でも、このアンケートだけでは、エビデンスの視点からは不十分です。これを明確にするには、パネルデータによる検証も必要になるでしょう。たとえば、デンマークでは、国の統計省が、国内の公立学校についての授業を公開しています。この国は、どの先生にどの授業を何時に受けたかがわかるパネルデータを公開し始めたのです。どのクラスでどの先生にどの授業を何時に受けたかがすべてわかる仕組みです。近年のデジタル技術の発展は、個々人のパネルデータを蓄積することが可能になっています。このデータを分析し、デジタル教科書のメリットやデメリットを見極める作業も必要になるようです。

 余談になりますが、すでに脳科学に基づいて、消費者の深層心理を分析し、マーケティングに生かす動きがあります。脳科学に基づいて深層心理を分析するマーケティングは、飲料や化粧品大手も採用するようになっています。あるインドの市場調査会社は、表情や声のトーンといった生体データを分析して消費者の感情を解析しています。この解析を元に、消費者のニーズに合った商品を開発しているのです。この手法は、へルスケアや教育といった分野での利用が見込まれています。顔の表情や身体のしぐさから、感情を評価するシステムが開発されてきました。学習塾や予備校が、人工知能(AI)を使ったカリキュムの導入を急いでいます。学習塾大手の英進館(福岡市)は、数年前に中学生向けのAI教材を導入しました。中学生向けのコースでのAI教材は、数学と英語の授業でタブレットを活用しています。このAI教材は、生徒の習熟度に合わせて提示する問題を柔軟に切り替え、きめ細かく指導できることが特徴になります。子ども達が問題を解いていくと、AIが理解度や苦手分野を把握します。AIが理解度や苦手分野を把握して、自動的にカリキュラムを切り替えていくわけです。AI教材は、自宅でも自分の理解度に合わせた学習ができます。子ども達は、AIが個々人向けに作成した教材を使って自宅学習に取り組むことが可能です。最近のAIは、子ども達の理解度や進度の状況把握に加え、子ども達の集中度を解析することができるようです。塾の講師は、集中度や倦怠感の状況に合わせて、いつ、どんな声かけをすれば効果的かもタブレトを通じて支援することが可能になりつつあります。デジタル教科書は、教材の提示だけでなく、モチベーションを高める支援の可能性も秘めているようです。

 デジタル教科書を大胆に取り入れてきた先進国が、紙の教科書への回帰を急ぐ傾向が見られます。この傾向は、フィンランドだけでなく、スウェーデンでもオーストラリアなどに見られる傾向です。これからの社会は、一方でデジタルやSNS、AIと共存し、他方で距離を置くケースが出てくるようです。この相矛盾するケース解は、現在問題になっているSNS規制強化と裁判所による和解にあるようです。米国では、米メタなどのSNS企業を相手取った訴訟の公判がカリフォルニア州で始まっています。訴訟を起こした原告は、米カリフォルニア州在住の20歳の女性になります。彼女は、メタと米グーグルなどを相手取って提訴しました。その理由は、幼い頃、ユーチューブなどに依存し、うつ病になったとして、損害賠償などを求めているのです。彼女は「企業は利用者が中毒になるように意図的にSNSのアルゴリズムを設計している点を強調しています。この裁判で、「TikTok」は、原告側との和解の道を選びました。TikTokは、刺激的な動画を次々と表示して、動画の閲覧を続けたいという衝動を利用者に与えるアルゴリズムを設計していました。依存性の高いデザインを設計したと問題視し、設計変更し更など是正を求めました。さらに、未成年のSNS利用が過剰にならないよう設計への見直しも要求ました。具体的には、SNS利用が過剰にならないように保護者がより管理しやすい設計への見直しを求めたわけです。このような点で、和解が成立したと言われています。この教訓から得られることは、デジタル教科書が、学習能力を高める教材の構造を持ち、モチベーションを高め、なおかつ好奇心(拡散型好奇心と追求型好奇心)発揮を支援できるものであれば、世界中から採用されることになるでしょう。

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