世界のどんな場所でも、生活ができ、仕事ができ、そして幸福を求められる環境が、工夫次第で実現できるようになりつつあります。個人だけでなく、企業も働きやすい環境を工夫次第で提供するようになりつつあります。京都にある佰食屋では、「売れた数」を労働の区切りにしているのです。「1日100食」とステーキ丼の売上の上限を決めて、商いを行っています。自分たちの収入にも、上限を決めたわけです。所得の上限が決まると、自由時間が増えて、余裕のある生活ができるようになります。もちろん、自分たちが、食べていける範囲の仕事を作り出しています。このお店は、飲食業にありがちな労働時間の延長などない優良企業です。退勤時間は、夕方5時台で、食品ロスがほぼゼロ化の営業を行っています。このお店は人気があり、朝9時半から整理券を配りはじめます。11時に開店になるのですが、早い時には3時前に終わります。100食が完売すると、そこで営業が終わります。整理券方式を取り、予約は行っていません。顔を合わせるというひと手間をお客様にお願いすることで、無断キャンセルの防止をしています。このお店を信頼するお客さんが多くなることが、お店の利益とお客さんの食の満足を両立させているようです。売り切れを許容する社会へ変わっていくことが、余裕のある豊かな生活の第一歩になるようです。もちろん、売り切れる商品や質の高いサービスを提供する工夫のないお店は淘汰されていきます。
売り切れる商売を実践し、利益を一定程度上げて、家族と豊かな生活を実現している方がいます。Cさんは、長野県でカレー店を経営しています。 彼は、ゆとりを重視し、週に4日のランチ営業で「最低限稼ぐ」経営を実践しています。豊田さんのカレーの特徴は、香辛料にあります。なります。この香辛料が評判を呼び、県内外からがお客が訪れています。カレーの種類は少なくしてありますが、経営は順調で、店の収入で生活をほぼまかなえています。2022年10月からは、週の営業を3日しています。営業は週3日でランチのみで、残る4日は家族と過ごしたり、カレーの教室を開催したりしています。彼の生活スタイルには、周囲の期待に応えすぎないというものです。評判が良ければ、毎日作ればお客さんも増え、収入も増えます。でも、それによって失うものも大きいことを経験しているのです。普通の企業では、上司や同僚から寄せられる期待は、仕事で成果をあげる原動力になるものです。一方で、期待に応えようとするあまり、本当に自分がやりたかったことを見失うことも生じることがあります。一生懸命やることにのめり込み、自分の時間をなくしてしまう危険性もあります。「余裕があるからこそ、やりたい活動に取り組める」と彼は笑顔で話をしていました。
余裕をもって、家族で楽しい生活を実践する方もいます。Aさんは、妻と息子と、年50日は旅に出ることを人生のポリシーにしています。日々のスケジュールは、家族を中心にそえて、仕事を決めていきます。Aさんは、大学卒業後に電子機器大手に入社し、休日出勤もいとわず「モーレツ」に働く日々を過ごしていました。売るためにはどうすれば良いか、どうすれば人を動かすことができるのかを、先輩や同僚から学んで営業を実践していました。数年たつと、社内でもトプレベルの営業成績を上げるようになっていました。そんな余裕を持った時、周囲には給料は低くても、幸せそうな表情の人がたくさんいることに気が付きました。「このままの働き方でいいのか」という迷いが出たそうです。Aさんは、一度、会社を辞めようと決心し、全く畑違いのウェディング会社へと転職しました。新しい職場では、相手の気持ちをくんだ結婚式をつくり上げ、喜んでもらう日々は、充実感に満たされていました。給料は、前の職場の4分の1まで落ちましたが、生活は落ち着いたものになりました。ウェディング会社は、「感情は切り捨てて、ロジックがすべて」という働き方とは異なっていました。顧客に寄り添う結婚式が評判を呼び、ウェディング会社への新規注文が急増しました。
ところが、思わぬ落とし穴がありました。「禍福は糾える縄の如し」ということわざがあります。急増に対応するために、2カ月問休みなく毎日20時間の勤務を続けた結果、心身のバランスを崩してしまったのです。それを契機に、ウェディング会社を退職し、フィンテック企業や飲食店の運営会社などを渡り歩くことになります。Aさんは、自分にとっての最適な働き方はなんなのか、様々な会社を試してみることにしました。正社員をしながら、副業で12社を掛け持ちしたこともあったようです。多様な業種を経て、気づいたことがありました。会社勤めでいる限り、仕事の時間や量は決められないという現実に気づいたわけです。どの会社でも、最終的な判断は自分ではなく上司が決定するということです。Aさんは、人生の主導権を会社から自分に取り戻し、ライフスタイルを大切にする生き方にたどり着くことになったわけです。お金は必要だが、家族や健康は何ものにも代えられません。それならば、独立する道が良いという決断でした。いろいろなスキルを身に付けたAさんは、沖縄に住んでいます。彼の収入源は、宿泊事業、投資や賃貸業などになります。ネット環境があれば、仕事はどこでもできる状況が生まれています。ネットで会議にも参加でき、旅を楽しみながら仕事をこなせます。旅好きの奥様からも、この働き方のスタイルは好評のようです。今年も、8月は家族で南アフリカ、ナミビア、タンザニアを1カ月かけて旅行し、ポリシーを実践しています。
再度、Cさんのお話しに戻ります。彼とカレーのカレーとの出合いは、学生代に遡ります。旅先のペルーで、食べた日本のレトルトカレーに感動しました。「おいしいカレーを世界に広めたい」と 2003年にハウス食品に入社しました。彼は、周囲の期待に応えようと懸命に働き、成果を出していきました。成果を出せば、上から評価され、さらに仕事を任されるようになります。終電で帰宅することもありましたが、別に辛く感じることはありませんでした。評価されることが、やりがいにつながったのです。ハウス食品のスパイスを数多く、並べてもらおうと商談を重ねる日々の中で成果を上げていきました。スパイスを良く知ろうと、スパイスの知識や調理法などを問う社内資格で、難関のスパイスマスターにも挑戦しました。この挑戦にも合格しました。合格すると、一般向けのスパイス講座などを任され、消費者の反応を直接見ることができるチャンスを得ました。商品のメインユーザーである主婦の実態を、肌感覚で把握することができたのです。
でも、ここでAさんのような危機が忍び寄ります。Cさんは、2009年に社内で知り合った妻と結婚し、翌年に長男が生まれました。彼は、「温かい家庭をつくろう」と一生懸命働きます。成果もあげ、上司からも評価されます。でも、懸命に働いたために家庭がなおざりになったことに気がつき始めます。2018年に次女が生まれると、思い切って1年間の育休を取得したのです。この育休中は、家事育児の大部分を担いました。そして、育休期間を活用して長野県に短期滞在すると、自然や育環境が気に入り、やがて移住を決めたのです。2018年当時、長期の育休を取った男性は周りにはあまりいないので驚かれたようです。2019年3月、住んでいた川崎市から長野県に引っ越しました。育休を終えると、平日は東京で働き、週末に長野争に帰る二拠点生活が始目ました。彼は、育休を取った分、働いて成果を出さなければと思い詰めると異変が起きたのです。月曜朝、東京行きの高速バスの中で震えが止まらなくなり、軽いうつ状態と診断されました。Aさんと同じように、仕事のプレッシャーが襲ってきたようです。
最後になりますが、愛知県に住むあるウェブクリエーターの方は、軽自動車で旅をしながら生活と仕事をしています。この方は、以前は東京で観光プロモーションを手掛ける会社員として国内外を行き来していました。現在は、地元の愛知県に戻って、以前から興味のあったバンライフを始めたのです。ちなみに、車を拠点に生活するライフスタイルのことを、バンライフといいます。バンライフを始めるため、約100万円かけて軽自動車を購入し、車内を整備したそうです。車には布団や机、ポータブルバッテリーなどを積み込み、車中泊にもテレワークにも対応できるようにしたのです。地方で仕事の依頼があれば、自宅を出て愛車の軽自動車で1週間程度ゆっくり過ごす優雅な生活と仕事を満喫しているとのことです。一生懸命働いている方の中には、ある時、本当に自分のやりたいは何なのかが分からくなる時があります。Cさんの場合、本当にやりたいことは自然豊かな場所で家族とゆったりすることだったと気つかされたと言います。こそで、このまま会社の仕事を続けられないと判断し、退職を選ぶことになりました。再び会社勤めをすれば、家族との時間がとれなくなると考え、起業を決めました。その起業が、カレー店でした。彼には、起業するための下地が整っていました。これまで培った予算管理やマーケティングなどの知見がありました。さらに香料に関する知識は、プロと言えるものでした。ゆとりがあり、知識やスキルがあり、そして家族のきずながあれば、世界のどの地域でも豊かな生活ができる時代になってきたようです。
