文部科学省が、2024年度に実施した小中学生の全国学力・学習状況調査(全国学カテスト)が、7月に公表されました。この学力テストで、小中学生の学力調査で得点の低下が見られたのです。特に中学校英語が最も大きく低下し、小学・中学の国語、小学校算数も前回2021年度調査からスコアが下がりました。この結果は、見方によって大きな問題を含んでいます。その一つは、小学校6年と中学3年の時点における得点しか調べていない点にあります。この調査は、点数の高い人と低い人を比べて、その特徴を述べているだけになります。得点が下がった理由を、精密に調べることができないテストでもあったのです。精密に調べる方法は、子ども達一人一人を小学校1年から高校3年まで連続して追跡するパネル調査になります。今回の学力テストでは、テストの得点と学校外での勉強時間の相関関係は見えても因果関係は分かりません。得点とスマホ使用時間の間に相関関係は見えても因果関係はわかりません。パネル調査をしないままだと、子ども達一人一人をどう支援すればよいのかという見通しも立たない状況にあります。でも、打開するツールと工夫が官と民から開発されつつあります。今回は、この明るい話題を深めてみました。
日本の学校では、6時間(こま)授業と7時間(こま)授業を行うことはよく知られています。学習指導要領では、年間35週で授業(1015こま)や学校行事を行うことになります。年1015こまの授業をやる場合、学校行事などのぞくと週29で、この1015こまを行うことが普通の子ども達の授業時間になります。週29こまを消化すには、平日5日間で6こま授業が4日、5こま授業が1日の計算になります。この時間が確保されているどうかの調査が、2025年度に全国の公立小中学校全ての約2万7500校で行われました。理想は、1015こまの授業で、子ども達が授業の内容を理解すれば、ハッピーになります。でも、理解できない子ども達がいる場合、学校は授業を増やして、理解を支援する学校も現実にあるわけです。でも、授業を増やして支援していた小中学校が、2024年度より小学校が15.9ポイント、中学校が12.7ポイントそれぞれ減少したと報告されています。具体的には、年1086こま以上の割合は、2024年度よりそれぞれ15.9ポイント減、12.7ポイン減となったというわけです。日本の教育現場は、この1015こまの授業で、世界最高の水準を確保していたことになります。蛇足ですが、年1086こまだと週5日は7時間(こま)授業が必要になり、子ども達の負担も、教師の負担もが大きくなります。興味深い結果が、この報告から読み取れます。都市部の学校では、1015こまが守られているのです。一方で、1015こま以上の授業で子ども達を支援する学校が、地方にはあるということでした。
都市部の学校が、1015こまで学力を維持している理由には学習塾の存在があります。この学習塾も教え方に進化が見られます。学習塾や予備校が、人工知能(AI)を使ったカリキュムの導入を急いでいます。学習塾大手の英進館(福岡市)は、数年前に中学生向けのAI教材を導入しました。中学生向けのコースでのAI教材は、数学と英語の授業でタブレットを活用しています。このAI教材は、生徒の習熟度に合わせて提示する問題を柔軟に切り替え、きめ細かく指導できることが特徴になります。子ども達が問題を解いていくと、AIが理解度や苦手分野を把握します。AIが理解度や苦手分野を把握して、自動的にカリキュラムを切り替えていくわけです。A1教材は、自宅でも自分の理解度に合わせた学習ができます。子ども達は、AIが個々人向けに作成した教材を使って自宅学習に取り組むことが可能です。最近のAIは、子ども達の理解度や進度の状況把握に加え、子ども達の集中度を解析することができるようです。塾の講師は、集中度や倦怠感の状況に合わせて、いつ、どんな声かけをすれば効果的かもタブレトを通じて支援することが可能になりつつあります。
学校は、理解度に応じた宿題や補習を提供することで授業が分からず取り残される子どもをなくすことに努めています。世界の流れとして、子どもの学習履歴を用いて、生徒個々人に最適化された学びを提供するための実践が始まりつつあります。デンマークでは、国の統計省が、国内の公立学校についての授業を公開しています。この国は、どの先生にどの授業を何時に受けたかがわかるパネルデータを公開し始めたのです。どのクラスでどの先生にどの授業を何時に受けたかがすべてわかる仕組みです。日本の教育は、世界的に高い水準を誇ってきました。でも、個々人の子ども達が、どのように学習して、どのように成果を上げてきたのかを調べてこなかったのです。テストの点数が上がったとか下がったとかは、大きく取り上げられました。でも、その理由を深く掘り下げることはしてこなかったのです。デンマークのように、授業で何をしてどの先生が何をしたか、その結果はどうなったのかを知る仕組みはなかったと言えます。近年のデジタル技術の発展は、個々人のパネルデータを蓄積することが可能になっています。たとえば、顔や服装は、ショッピングモールから街角に設置された無数の監視カメラで記憶されたデータがあります。どれだけの支払能力があるかも、クレジットカード会社によって把握にされています。何百万人もの個人の行動についての情報が、データとして提供されています。複数のサーバーに保存された情報は、相互対照できるようになっているようです。この相互対照の記録のデータベースの利用を助けるツールが、強力なコンピュータになります。過去数年で、相互対照の記録のデータベースはさまざまな種類の研究所で活用されています。コンピュータ科学者も、物理学者も、数学者も、社会学者も、心理学者も、これらのデータベースを利用して研究が行われています。個々人の学習データの蓄積は、以前よりはるかに低コストで可能になりつつあります。
子ども達の集中度や倦怠感の解析は、ゲーム産業の分野で進歩しています。スイスのOvomind (オボマインド)は、腕時計型端末からプレーヤーの感情を分析するAIを開発しました。腕時計型のウェアラブルは、心拍数や発汗、皮膚の温度といった生体データを読み取ることができます。発汗や心拍数といった生体情報を分析して、AIが「興奮」「ストレス」「退屈」など8分野の感情を抽出します。生体情報を分析して、ゲームの展開にリアルタイムで反映し、プレーの没入感を高めるのです。8分野の感情を抽出の結果は、リアルタイムでスマホに表示されます。スマホに表示され、感情に応じてBGMやセリフ、字幕といったゲーム内容が変わるのです。たとえば、ゲームに没入した子どもは、どの場面で「興奮」し、どの時間帯で「退屈」したのかを、データとして蓄積していくことも可能になりました。どの場面でどんな反応があったかを確かめ、次のゲーム開発にも生かせるようになってきました。これを学習に応用できれば、一定の集中力を維持する教材の提供や学習支援が可能になるかもしれません。
余談になりますが、ネット上で行き交う短い文面から、その先の相手がどんな人かを確かめたいという研究は、世界各地で行われていました。情報通信研究機構の研究は、数百という少ないデータでも、AIを賢く用いることで、新たな手法の開発したことに高い評価を得ました。この実験では、AIがツイッターの情報から人々の内面を表す23種類の特徴を推定しています。知能や性格のほか、統合失調症やうつ病の精神状態、飲酒や喫煙の生活習慣も読み取っています。たとえば、「いいね」をされた頻度が多いと「漢字の読み書きの能力が高い」とか、毎回のつぶやきで文字数のばらつきが大きいほど「統合失調症の傾向がある」とかの特徴があかります。誰もがつぶやけるSNSは、今では社会参加のインフラになっています。そのインフラから、人の内面や健康状態を探り出す技術が開発されつつあるわけです。これを深化させれば、学習状況におけるポジティブ感情やネガティブ感情の把握は容易になります。その把握に基づいて、学習支援が可能になるかもしれません。
最後に、九州大学では、教育データの活用に取り組んできました。19000人の学生と8000人の教員に、学習管理や教材配信システムが提供されています。現在開講中の4800科目で、データの活用が可能になっています。教育のデジタル化は、学生の質疑の応答や教材へのアクセス記録を容易に収集蓄積し、活用できる環境を整備しつつあります。将来的には、小学校から大学、そして社会人教育までの教育データを本人の同意のもとに蓄積する構想をもっているようです。デジタル教育の導入により、学習履歴をデータベースとして蓄積が可能になり、そのデータを利用する仕組みができるわけです。客観的な教育効果のデータが得られ、生徒や学生だけでなく、教員の客観的な指導力の評価も可能になるというものです。このような教育データの蓄積が本格的になされるならば、日本においても学力のパネル調査の実現が夢ではなくなります。パネル調査の重要性は、海外では広く知られています。海外では、学力調査もパネル調査として実施されていることが珍しくありません。米国や英国は学力調査の先進国になりますが、韓国や中国も学力テストのパネル調査を行っています。学力調査に関して、日本は完全に後進国になっています。パネル調査の追跡で、勉強時間の増減とテストの点数の変化が連動しているかどうかを確認できます。同じ子どもを20歳、30歳と追跡していけば、教育実践の効果が分かります。パネル調査があれば、テストの点と社会人になった時の仕事の因果関係が現在の相関関係より深く把握できます。少子化が悲観されていますが、少数精鋭の子ども達が高い開発能力を獲得すれば、日本の未来も明るいものになります。
