子どもの才能を伸ばす教師のパフォーマンス  アイデア広場 その1776

 子どもの才能を伸ばす工夫は、教育の世界ではいろいろ考案されてきました。その一つに、ピグマリオン効果があります。この効果の研究が、幼稚園児と小学校1~5年生に対して知能検査の形式で実施されました。大学の責任者が、担任の教師に「ハーバード大学習能力予測検査」を実施したという偽りの情報を与えるところから始まります。ランダムの選んだ数人の子ども達を担任に「これらの子どもたちは、将来能力が伸びる子どもたちです」と偽りの情報を告げたのです。半年後、同じ子どもたちに対して知能検査を実施したのです。驚くべきことに、伸びると教師が信じ込まされた子どもたちは、実際に知能指数が伸びていたのです。このピグマリオン効果の実験の結果が発表されるやいなや、心理学界、教育学会には大きな衝撃が走ったそうです。教師の期待だけで、子どもが伸びるという事実に驚きが起きたのです。でも、さすがに専門家は、結果だけでなくその経過も把握していました。専門家は、担任の教師を観察していたのです。対象の教師は期待の高い子どもに対して、称賛する割合が高く、叱責する割合が低い傾向がありした。期待の高い子どもに、多くのほほえみやうなずきを与え視線を向ける傾向がありました。暗黙のうちに行う期待に基づいた教師の行動が、子どものモチベーションを高めることに影響を及ぼしたことがわかりました。一方、期待の低い子どもに対しては、友好的なやりとりをしない傾向が指摘されています。これらの子どもに対しては、授業中に指名することも少なく、成功してもほめる回数はすくなかったのです。期待の大きさと少なさが、教育効果に影響を及ぼすことを示したことで、一つのエポックになった実験でもありました。この期待の効果は、何も子どもに限ってみられるものではありません。大人の研究からも、期待が有能感の形成に影響を及ぼすことがわかっています。

 現実の学校でも、先生によって子ども達が伸びるとか伸びないという状況が生れます。子ども才能を上手に育てることのできる先生とできない先生の違いは、どこにあるのでしょうか。それは、子どもを見る物差しの違いにあるようです。下手な先生は、子どもを見るときに、「これしかできない」とか「これができない」という二者択一的見方や断定的見方になりがちです。上手な先生は、子どもの心をよく踏まえて個々の子どもに応じた物差しを持っています。できない状況を、ここまではできているので、こうすればできるようになるという段階的な指導方法を持っています。指導方法を物差しの視点から見ると、分かりやすいかもしれません。下手な先生の物差しの目盛りは、とても粗いことが特徴になります。個々の子どもの成長やできることが、目盛りと目盛りの間に抜け落ちてしまうのです。一方、上手な先生は、ある子どもは目盛りがミリ単位、別なある子どもには2センチ単位という物差しを持っています。細かな物差しを駆使して、どの子の小さな成長も見逃さない教え方ができるわけです。こんなスキルが、子どもの親にも備わっていると楽しいことになります。

 学力を高めるためには、教師側にそれなりのスキルが求められます。小学校に入る子どもたちの学力は、「あいうえお」を書けないケースや1年レベルの漢字をスラスラ書けるケースまで様々です。この実態を捉えて、教師は個々の子供たちの進度に合わせて、授業を行うことになります。授業の結果、子ども達が目標を達成したかを評価します。届かない子どもには、どうすれば達成できるかなどの工夫しながら、補習や支援、そしてプリント学習を通じて、目標に近づけていくわけです。早々と目標を超えている子どもには、それなりの難度の高い課題を出して、子どもの認知能力を高めていくことになります。個々の子ども達のつまずきや進捗状況を把握し、その状況に合わせて、目標を達成するための教材選択や教え方を工夫していくことになります。この工夫に、一つの要素が加わることになりました。今までは、教育の効果を測る指標として、学力や学歴、そして知能が重視されてきました。いわゆる認知能力が、重視されてきたわけです。学力や学歴を重視した結果、教育格差が生じ、所得格差が生じ始めました。所得格差が、なぜ起こるかを分析すると、「学歴の違い」が大きく浮かび上がってきました。さらに調べていくと、学歴の中でも非認知能力の高い子どもが、社会的成功に貢献していることが明らかになってきたのです。これは、欧米の専門家の中では、ほぼ常識になっている学説です。忍耐力、協調性、自制心、やる気といった非認知能力の要素を、認知能力と同じように伸ばすことが求められるようになったわけです。

 この非認知能力に関しては、マシュマロ実験と呼ばれる面白い研究があります。この実験は、スタンフォード大学で、1960年代後半から1970年代前半にかけて行われたものです。この実験は、幼児を対象に実施されました。「マシュマロはあげるけれど15分間、我慢できたら、マシュマロをもう一つあげるよ」、「でも、私がいない間にそれを食べたら、もう一つはあげないよ」といって責任者が離れます。子どもたちは、今すぐにおいしいマシュマロを、口にしたいという衝動にも駆られます。結果として、最後まで我慢して、めでたく二つ目のマシュマロを手に入れた子どもは、3分の1ほどだったのです。この実験から20年後に、これらの子ども達がどうなったかを調べた追跡調査があります。我慢した子どもたちは、多種多様な高いパフオーマンスを示すことがわかったのです。これらの子どもたちは、大学適性検査の成績や対人関係の良好さ、ストレスに適切な対処する能力、肥満の少なさなどの特徴を示していました。このような非認知能力は、どのようにして育てていけばよいのでしょうか。

 認知能力と非認知能力に恵まれた成功事例を見ていくと、3つの点が挙げられます。1つは、良い体験の多さです。泣いたらお母さんがおむつを替えてくれた。お父さんに「高い、高い」をしてもらった。家族とのスキンシップにおける「うれしい」とか、「温かい」と思えることが、すべて良い体験になります。2つ目は、心のエネルギーの蓄積です。家庭が子どもにとって安全基地であること、自分が十分に愛されているという実感が心の安らぎになります。安全地帯から少し離れて、友達たちを一緒にする体験の多さも蓄積になります。そして、親や友達などに認められる体験もエネルギーの蓄積になります。3つ目が、社会生活の技術になります。状況を正しく判断する技術、問題を解決する技術、自分の気持ちを伝える技術、自分をコントロールする技術、人とうまくやっていく技術、人を思いやる技術などを、辛抱強く時間をかけて積み重ねていくことになります。これらの技術は、発達に応じて「しつけ」の中でなどで伝えていくものになります。蛇足になりますが、心のエネルギーを蓄えるヒントが、フィンランドの教育に見ることができます。フィンランドでは授業の時間内で一律に一定のレベルまで到達することを要求しません。小学校では社会で必要な知識を教え、自分で使えるようにすることに重点が置かれています。子ども自ら、個人あるいは、グループで協同して知識や技能を構成していくという学習に原点が置かれています。フィンランドの教育は、あの手この手で若者を現実の生活と何とか結びつけようとしています。フィンランドでは暗記する知識よりも生きるための知恵を重視します。変化の激しい社会では、学ぶ力とか学び続ける力の方が確実な支えになるという確信です。認知能力だけでなく、非認知能力は、現実の世界で得ることができると確信しているようです。

 余談になりますが、オーストリアのある児童養護施設には、エピソードがあります。1930年代に、オーストリア人医師がある児童養護施設を訪間しました。この施設の子ども達は、ほとんど無感動で、発育も不十分だったのです。服も身ぎれいで、食べ物も与えられていたのですが、人との触れ合いに欠けていました。スタッフの数が足りないために、親がするようなスキンシップができなかったのです。驚くべきことに、それらの子どもたちの中に、1人だけ溌剌と順調に成長している子がいたのです。この施設では、子どもたちが寝ている間に清掃スタッフが部屋の掃除をしていました。夜中に施設内を観察していた医師は、ある光景を目撃します。この清掃スタッフが、ベッドの下の段に寝ているあの溌剌とした子を抱き上げては抱きしめたりなでたりしていたのです。抱き上げては、抱きしめたりなでたりしていたのはほんの一瞬でした。でもこのスキンシップは、毎晩、続けられたのです。幸か不幸か、清掃スタッフは抱き上げることにもっとも短時間でスキンシップできる入り口の下の段に寝ていたこの子だけに素敵な行為をしました。このベッドに寝ていたおかげで、その子は順調に成長することができたのです。親子のスキンシップ、父親や母親と相談できる子ども関係なども重要性を暗示す事例になります。この事例は、良い体験とそれが継続することの大切さを暗示しているようです。

 最後は、社会生活の技術のお話しになります。認知心理学の分野では、「メ夕認知」の能力を高めることが学力向上に役立つと言われています。メタとは、「何々をする方法」という意味になります。確かに、自分の学力を上げるためには何をすればよいかを知っている人は、大体成績が良い傾向があります。できる子どもは、自分が何をすべきかを知っているようです。逆に、何をすれば成績を高められるかを知らない子どもは、なかなか成果を得られない傾向があるのです。ここで言うメタ認知能力は、非認知能力の中の1つになります。この非認知能力は、一般的な知能指数や受験学力とは異なり、 意欲、協調性、粘り強さ、忍耐力、計画性、自制心、創造性、コミュニケーションなどの測定しにくいものになります。より具体的には、ストレスへの耐性、道徳心、自己肯定感、行動力、好奇心、探究心、我慢強さ、失敗を恐れずに失敗から学ぶ姿勢などになります。 勉強が本当にできる子どもは、生活の中で、そして学校生活の中で数多くの非認知スキルを獲得していると言われています。良い体験、心のエネルギー、社会生活の技術これらの知見を持つ教師が、個々の子ども達の行動から、細かな物差しで成長を支え、見守ることができれば、ハッピーな社会が形成されることでしょう。

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