ストレス耐性を高め、幸福感を向上させる工夫 アイデア広場 その1736

 以前から、「病は気から」という気持ちの持ちようが言われてきました。ある意味、守りの姿勢が重視されていたようです。病気との関係では、ネガティブな感情に重きが置かれていたとも言えます。でも、最近は違う流れが出てきました。強さやしなやかさ、幸福感、といったポジテイプな感情に重きが置かれてきたようです。ポジティブな感情を強めることで、病気の予防や健康増進の手法が注目されているのです。ポジティブな感情を高めるものには、運動や笑いがあります。たとえば、笑うと自律神経へ良い影響を与えます。この影響で、活動時に高まる交感神経が活性化します。そして、笑った後はリラックス時に優位になる副交感神経に切り替わることが分かっています。交感神経がいつまでも活性化していることは、心身に悪い影響を与えます。同じように、副交感神経がいつまでも働いていることも、心身に悪い影響を与えます。適度に、交互に働くことが望ましいわけです。笑いは、この切り替えを行う有意義なツールになるわけです。運動にも、これと似たような働きがあります。運動や笑いが、ストレス耐性を向上させ、快の感情をもたらすことは経験則として知られていました。

 2023年版の「過労死等防止対策白書」では、うつ病についての言及がありました。人間の感情には、喜び、高揚、幸感、快感、悲しみ、落胆、恐怖、不安、怒りなどがあります。これらの中で悲しみや不安などの負の感情が多くなれば、「うつ」の状態になりやすくなります。一方、これらの負の感情を適度に発散することを行えば、より良い状態が保てるものです。この発散の一つに、ウオーキングなどの運動があるわけです。もちろん、運動だけでなく、趣味などの楽しいことも発散の選択肢になります。ある実験で、運動の重要性が明らかになりました。うつ病の患者に、薬のグループと運動処方のグループに分けて実験を4ヶ月間行ったのです。うつ病の患者は、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質が減少しています。これを、薬のグループは抗うつ剤で補うことにしました。この結果は、どちらもグループにも同程度の幸福感をもたらすという有意義な結果をもたらしました。この幸福度の改善は、運動が抗うつ剤と同じだけの効果があることを証明したわけです。さらに時間が過ぎるにつれて、運動の効果の優位性が浮かび上がってきました。抗うつ剤を飲んだグループは、6ヶ月後38%が再びうつ状態に戻っていたのです。運動療法をしたグループは、6ヶ月後の再発率はわずか9%でした。運動療法は、「うつ」の状態から90%以上を解放したことになります。運動の有効性が、一定程度、認められたわけです。

 科学は進歩していきます。理化学研究所(理研)の佐藤弥チームが、今年発表した研究成果脳科学者などの注目を集めました。理研は、まず約50人にアンケート調査を実施しました。このアンケートに、被験者は人生を振り返り、将来への期待も踏まえて幸福の度合いを8段階で回答しました。幸せな人も幸せと感じない人も、アンケートにより分かりました。アンケート調査の次に、被験者の脳を調べました。これは、脳の血流を調べる機能的磁気共鳴画像法(fMRI)でアンケートを行った50人を調べたわけです。そこで分かったことは、頭頂部と後頭部の間にある「楔前部(けつぜんぶ)」という部位が、幸福感の高低に関わるということでした。この楔前部は、自分を低く評価したり、将来の心配をしたりする時に活発に働く特徴がありました。一方、幸福感が高い人は楔前部の活動が穏やかだったのです。この部分の活動が穏やかな人は、心配や不幸への思考に陥りにくく、幸福度が高い可能性があるようです。なお、グーグルのAIによると、「楔前部は、大脳の内側後方にある脳の部位で、自己認識、記憶、感情統合、身体感覚などに関わり、特に「幸福感」を感じる際に活動が変化すると説明しています。京都大学の研究では、「幸福を感じる人ほど右脳の楔前部の体積が大きいこと、安静時の活動が低いほど幸福度が高いことが示され、幸せの神経基盤として注目されています」となります。脳科学の知見からは、この楔前部(けつぜんぶ)に幸せのヒントがあるようです。楔前部の活動を抑える運動や笑いを多用することで、不安や心配などのストレスが軽減できるのではないかという仮説が成り立つようです。また、この楔前部を大きくする運動や笑い、そして他の有効な工夫があれば、ストレスと抑制し、幸福感を高めることができるのではないかという仮説が浮かび上がります。

 一つのヒントが、社会的に孤独なシニアの行動にあります。1人暮らしのシニアには、フレイルになるケースが多くなっています。このフレイルとは、加齢による身体的・精神的・社会的な機能の低下が起こり、「健康」と「要介護」の中間の虚弱な状態を指す言葉になります。各自治体は、フレイルのシニアを増やさないように、さらにフレイルの人を元気にするように対策を練るようになりました。その活動の中で、スキンシツプが少ない人(対人関係の少ない人)は、オキシトシン(幸せホルモン)の量も少ないと報告されるようになりました。ちなみに、幸せホルモンと言われるものにはオキシトシンの他に、セロトニン、ドーパミンなどがあります。オキシトシンが人とのつながりや愛情による幸福感をもたらし、セロトニンが心の安定と健康の基盤を作り、ドーパミンが目標達成の喜びや意欲を高めます。もし、これらのホルモンが十分に分泌される生活パターンができていれば、シニアも若者も健康を享受できることになります。特に、元気に生活しているシニアを観察し、その良い行動パターンをモデルにすれば、ストレス抑制と幸福感の向上のヒントが得られるかもしれません。

 シニアだけでなく、現役で活躍する人たちの生活様式の中からも、ヒントが得られます。私たちは楽しいときやうれしいときに、表情が緩んで笑顔になります。家族や仲間と旅行に出かけるときも、笑顔になります。笑顔になり背筋を伸ばすと、気持ちが明るくなって前向きに考えるようになります。心の喜びは、笑顔や姿勢といった外から見える身体を変化させます。一方、姿勢からでも同じような変化が起きてきます。落ちこみがちのときに、表情筋を伸ばして表情を緩めると気持ちが前向きになることがあります。内から外への表現もありますが、外から内への変化による表現もあるようです。その具体例が、大リーガーの選手に見られます。かれらは、よくガムを噛んでいる映像が流れます。行儀のよくない姿ですが、理由があります。ガムを噛むことで脳を刺激し、中枢神経を覚醒し運動神経の働きを高める作用もあるのです。外の動きが、内の機能を刺激し高めているわけです。このような事例は、緊張したときの深呼吸などいくつかの有効な動作があるようです。自分なりに効果のある動作を、いくつか持っていると窮地を避けることができます。現役で活躍している人たちは、ルーティンワークによって、一定の行動レベルを保っているようです。

 余談になりますが、脳科学の知見から、うつ病の人の一部は、楔前部の働きが盛んだとされています。現在のストレスを起こしやすい環境が、「うつ」を引き起こしやすくなっています。うつという困った状況が生まれれば、それを解決する人たちが現れます。ある研究者たちは、効果が高いうつ病治療薬の開発をめざしています。彼らは、シロシビンがうつ病の治療へ応用を目指す研究を進めています。シロシビンは、幻覚症状を起こすために国内外では所持や使用を取り締る薬物になります。このシロシピンを与えると症状が改善すると突き止めたのです。うつ病を再現したマウスにシロシビンを与えることで、症状が改善すると突き止めました。キノコの一種に含まれる成分のシロシビンは、楔前部の活動を抑えました。この部分の活動が抑えられると、心配や不安が少なくなります。脳の奥深くを狙ってシロシビンを作用させれば、幻覚を起こさずに治療できる可能性が出てきています。依存性のない薬剤により、不安や心配が抑制されれば、幸福の道が開けるかもしれません。シロシビンとは違う物質が、発見されることもあるかもしれません。毒が薬になり、薬が使い方により有害になったりするケースがでてきます。より良い、薬剤の材料が出てくればハッピーです。

 最後は、筋肉が分泌するホルモンの「マイオカイン」のお話しになります。マイオカインは、筋肉を動かすことで筋肉から分泌されます。筋肉は、体重の3~4割を占める大きな器官になります。今では、「筋肉は人体最大の内分泌器官」と言われるまでになっているのです。マイオカインは、健康の維持増進に不可欠なホルモンになります。これは、運動によって分泌が増加します。笑いも、健康の維持増進や活動力の向上に貢献します。もし、運動と笑いが融合するようなサービスが生まれれば、より健康に貢献する状況が生まれるかもしれません。このことに挑戦する企業に、アシックスと吉本興業があります。アシックスには、スポーツ工学研究所があります。この研究所は、「スポーツで培った知的技術により、質の高いライフスタイルを創造する」というビジョンを具現化する部門になります。この研究所の知見を使って、アシックスは吉本と提携し、お笑い芸人がギャグを披露する際の動作を解析しました。具体的には、呼吸数、心拍数、運動負荷を測定し、その結果を解析したわけです。この結果、ギャグの動作が心身の状態が改善したことが明らかになりました。アシックスは、吉本芸人のギャグを盛り込んだ新しい体操を制作することになりました。もしこのような新しい発想のもとで開発された体操が普及すれば、「うつ」の症状を抑制し、ストレス耐性を高め、幸福感を高めるコンテンツが出来上がるかもしれません。

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