ペットと避難生活をするケースが、災害の起こる度に報道されるようになりました。異常気象や地震、その他の災害で自宅にいられなくなり、ペットと避難生活を余儀なくされる状況が出ています。災害時のペット対応が注目される契機となったのは、2011年3月に発生した東日本大震災になります。この大震災では、避難所で同伴を拒まれた被災者が行き場を失うなどの問題が相次ました。避難所へのペット同行を拒まれた被災者が、車中泊を続けて体調を悪化させるケースもありました。この震災の教訓を踏まえ、環境省は2013年、犬や猫などペットの災害対応に関する指針を策定しました。この指針は、災害時の同行避難を原則と位置づけたうえで、自治体に対し態勢整備やルール作りを促すものでした。指針ができた後も、大規模災害が発生するたび、ペットの扱いが課題となってきた経緯があります。ペットは、家族の一員であるという意識が一般的になりつつあります。この意識の高まりに伴って、災害時にペットを伴う「同行避難」に備える動きが広がっています一部自治体では、学校の体育館を利用して、ペット同伴の防災訓練を行っています。そこには、ペットと人が同じスペースに避難するための屋内用テントが用意されていました。このテントには、段ボールベッドやケージが備えられており、参加者はこれだけ環境が整っていればペットとの避難も選択肢の一つになると評価を得たようです。
ペットによる癒しの効果は、経験則から分かっていました。近年はその理由が、明確になりつつあります。恋愛相手や、自分の子や、親しい友人と、自分にとって大切な存在になります。自分にとって大切な存在である人の目を見たり、触れるとき、オキシトシンが生成されます。オキシトシンは、愛着、愛情、つながりをつかさどるホルモンになります。新生児を抱いたとき、親のオキシトシンの量は上昇し、同じ行動を繰り返し行います。触れ合う行動を繰り返す中で、オキシトシンの放出が続き、子と親の絆が強められます。オキシトシンは、生まれたばかりの子と親が絆を形成するために重要な役割を果たしています。この新生児を抱いたときと同様の現象が、イヌとの関係でも起こるのです。人間もイヌも、見つめ合ったり、遊んだり、話したりするとオキシトシンが急上昇するのです。イヌの名前を呼んだときに、イヌが駆け寄ってきたりすると、飼い主の体はオキシトシンを放出することが分かっています。イヌは子どものようにボールを追いかけたり、ぬいぐるみを家中に運んだりして遊び、幼児のように行動します。そんな様子を見るだけで、人の体はオキシトシンを放出するのです。イヌには、2~3歳児並みの認知能力があるという研究もあります。
人がペットのイヌに、人間の幼児に対すると同じような愛情を抱くのかを調べる実験をハーバード大学の研究者たちが行いました。この実験は、2歳から10歳までの子どもが少なくとも1人いて、イヌを1匹、2年以上飼っている母親を対象に行いました。MRIを使用し、母親の脳の活動を観察するものでした。まず、自分のイヌと子どもを含むさまざまなイヌと子どもの写真を見せることから始まりました。すると、自分の子どもやイヌの写真を見たときに、報酬を促す脳の「扁桃体」が活発になったのです。母親たちも、自分の子どもとイヌの写真を見たときに、同等の喜びと高揚感を覚えたと報告しています。活発になる効果が、記憶、社会認知、視覚と顔の処理に関わる「海馬」「視床」「紡錘状回」でも見られました。子どもとの関係とイヌとの関係で、母親が体験する感情の大部分が重なり合っていたのです。ただ、報酬に関係している中脳の一部の領域の反応に違いがありました。中脳の一部の領域の反応では、イヌよりも人間の子の写真を見たときに活発に反応していたのです。いくら愛情深い関係でも、イヌは別の種であることを人間の脳が認識していたようです。
イヌに対する深い愛情の起源は、人類がイヌを飼い始めた頃まで遡ると主張する専門家もいるようです。オオカミを祖先とするイヌ犬の家畜化は、約15,000年以上前に始まったと推定されています。この頃から、人間は、穏やか性質のイヌを選んできたようです。昔のイヌは、長い鼻にとがった頭蓋骨を持っていました。それが、徐々に丸い頭に大きな目、膨らんだ頬を持つ体形になってきます。眉の内側辺りの筋肉も人間の悲しみや好奇心、喜びに似た表情を作れるようになりました。指示を仰ぐために人間の目や顔によく注意を払うイヌに対して、祖先は報酬を与えてきました。人間は視覚志向型のために、顔の表情に強い感情的反応を持ちます。祖先は、視覚的な合図やどう振る舞うべきかといった指示に従うイヌに対し、報酬を与えてきました。外見も行動も、人間に似た特徴を持つイヌが好まれるようになります。イヌも人間も、イヌと人間の表情に対して同じように反応するようになってきたとも言えるようです。災害時において、ペットを伴う「同行避難」は、長い歴史の中で培われてきたものなのかもしれません。
余談になりますが、ペットの健康を人間と同じように考える人たちが増えれば、そこにビジネスチャンスが生まれます。事実、健康や栄養に配慮した高品質ペットフードやサプリメントの需要が伸びています。イヌやネコにも、人と同水準の食を求める価値観が広がっています。ユニ・チャームは、これまでにカルビーや森永製菓とペットフードを共同開発してきました。共同開発した同様のコンセプトの商品群の売り上げは、過去5年で約4倍に伸びています。カルビーや森永製菓などが活躍する国内菓子市場は、人口減で大きな伸びが見込みにくい状況が生まれています。でも、ペットの存在が、この状況を変えるかもしれません。2024年は、国内のイヌとネコの飼育頭数(約1600万頭)が人の子ども数(約1400万人) より多い状況になりました。市場では、少子化や単身世帯の増加を背景にペットの家族化が進んでいます。ペットの家族化を大胆に取り入れる愛好家を対象にした商品の開発が、森永製菓から始まりました。ペットを家族の一員とみなす飼い主をターゲットに、人とイヌがー緒に食べられるおやつを開発したのです。おやつの時間に愛犬と食卓を囲んで分け合って食べる場面などとして提案しています。人とペットが一緒に食べることを前提にした食品は、日本国内では珍しい試みです。人とペットの共有食が一般的になれば、災害時の食料調達は楽になるかもしれません。
最後は、愛犬と衣食住を豊かにする工夫になります。ペットに、服を着せて散歩する愛犬家が増えています。以前は、イヌ小屋に入れていたものが、人間と同じ家の中で暮らすイヌが増えています。そして、食事も質の高いドッグフードが当たり前のように用意されるようになりました。結果として、イヌの寿命は、大幅に伸びています。課題は、人間と同じように、健康寿命になります。愛犬の健康寿命を延ばす仕組みが、いろいろな方面から提案されるようになりました。健康は、食事と運動のバランスから生まれます。まず、食事についてです。肥満の犬が増加しているため、減量用フードもいろいろ開発されています。減量フードの注意点は、低カロリーだけでなく、タンパク質を一定量含むものでなくければいけません。いわゆる、低カロリーバランス栄養という条件を満たすものが望ましいといえます。最近、ドッグフードを定額購入できるサービスも出てきています。この食品サービスは、添加物が少ないとか栄養に配慮された商品30種類の中から自由な組合せで、宅配が可能というものです。もう一段上の留意点は、栄養のバランスが取れているから良いというよりも、愛犬が好んで食べてバランスが良いというものを飼い主が見つけ出していくことです。売り手の側も、30種類の中で、個々のペットにあった良い組合せの情報を提供することになります。相互のやり取りを通じて、より良い食品の開発が進みます。このような過程を通して、個々のペットに最適な食事や運動の仕方を処方箋として提供することも、これからのペットビジネスの選択肢になるかもしれません。
