マグロもかば焼きも好きなだけ食べられる時代  アイデア広場 その1742

 高級魚とされるマグロは、国際規制も緩やかになり、庶民の食卓に加わるようになりました。マグロの歴史をたどると、江戸初期には高級な魚ではありませんでした。江戸中期ごろ、定置網漁が発達し、マグロが本格的に漁獲されるようになります。現在は、青森県大間のマグロが有名です。でも、江戸時代には、関東付近の海で獲れたのです。縄文時代の気候は温暖で、江戸時代中期の気候は寒冷でした。ふつう小氷期は、1550年から1850年までの300年間とされているようです。江戸の後期になると、海温の影響でマグロが大量に漁獲されるようになるのです。天保の末期には、大漁にとれたマグロが売れ残ったので、捨て場に困ったほどだと言われています。この困ったマグロを、馬喰町の恵比寿ずしが、すしダネに使ったところ流行に至ったとされています。江戸時代の後半に、江戸の四大名物食の蕎麦きり、てんぷら、うなぎ、握りずしが生まれました。この庶民の食べ物、特にうなぎや魚(以前は誰でもが食べられたマグロ、タコ、イクラなど)の価格が、手の届かなくなりつつあります。今回は、このうなぎや魚をいつでも適正な価格で食べられるマーケットの構築について考えてみました。

 近畿大学(近大)は、日本の水産研究の中核として活躍しています。特に、完全養殖の分野では、フロントランナーの立場を固めています。この完全養殖とは、稚魚を親まで育て、その親からまた卵をとり、次の世代を生み出す方法になります。近大が、数々の完全養殖を達成できる背景には、開発費を自ら稼ぐ仕組みにあります。一般に、民間企業や研究所は、数年で研究成果が出なければ縮小や撤退のケースもでてきます。あきらめないで続けられる研究体制が、近大の力になっていると言われています。その中には、いろいろな工夫があります。育ちが早い稚魚を選んで親にし、成長速度を引き上げ、生産効率を高めることなどもその1つです。給餌や病気への対策といった飼育技術にも、工夫が見られます。このよう工夫を積み重ねて、量産と養殖コストの引き下げを実現しています。完全養殖で成長や食味に優れる稚魚を生み出し、全国の養殖業者に販売して利益をあげています。この近大は「マグロ大」の印象が強いのですが、本当の稼ぎ手は「マダイ」になります。稚魚販売額は年間20~30憶円で、1位がマダイで金額の6~7割を占めています。マダイの収益を、次の魚の研究に当てて、研究と量産と販売のサイクルを上手に回しているようです。

 ここ何年かは、「土用丑の日」のかば焼きの高騰が続いていました。天然ウナギの稚魚が不漁になっているためでした。でも、嬉しいニュースも出てきています。2023年に、近畿大学は、大学として初のウナギの完全養殖に成功したのです。現在、シンボルである「近大マグ口」に続く次世代のエース補として技術を磨いています。和歌山県にある近大の研究所では、数万匹のウナギが悠々と泳いでいます。ふかしたての幼生から5歳の親まで、すべてここで生まれ育った「近大ウナギ」になります。親から採卵しふ化させ、稚魚まで飼育する技術は日々向上し、ある程度安定生産できるようになっています。でも、まだ商業化を目指す段階にはないようです。量産技術が確立すればウナギの安定供給が進み、価格の安定につながると大学の関係者は述べています。研究は、ここで止まりません。近畿大学は、食品添加物の三栄エフ・エフ・アイ」(大阪府豊中市)と共同で開発した餌の特許を申請しました。これまで幼生の成長には、タンパク質が豊富な鶏卵などが必要とされてきました。餌の特許は、新たな餌は鶏卵を含まない独自のものでした。さらに、大きくなったらカスタードクリーム状にと食べやすく与え成長を促す工夫もあるようです。

 蛇足になりますが、養殖の費用は、多くが餌の費用になります。一般に、養殖に使われる中心的な飼料である魚粉には、カタクチイワシなどが使われています。カタクチイワシは、ペルー沖などから捕獲され、世界各国の養魚場に供給されます。でも、この供給が、不安定になりやすいのです。カタクチイワシの不漁の場合、当然のようにこの飼料の価格が高騰します。価格変動の大きい魚粉に頼るよりも、別のたんぱく源のエサを開発する動きも出ています。近年、魚のエサには安定した量の供給と低コストを実現できる代替原料へのニーズがあるわけです。その一つの代表的な飼料として、大豆ミールがあります。大豆の生産も天候に左右される面があり、価格の変動が激しいという弱点もあります。このような中で、昆虫が注目されるようになりました。もし、昆虫由来の飼料が安定して調達できれば、将来的なコスト高の影響を最小限に抑えることができます。魚粉に使うイワシなどと比べて安定調達できる昆虫を、代替飼料として活用することが考えられるわけです。現状では、昆虫由来の飼料のコストは魚粉に比べて割高になる見通しです。でも、昆虫飼料の市場が大きくなれば、食糧資源の減少や価格高騰を回避する解決策となります。さらに、昆虫飼料が、魚粉などの既存の飼料と価格、そして品質などを凌駕する昆虫飼料が開発されれば、養殖業にとってハッピーなことになります。

 欧州では、昆虫が豚や鳥などの畜産用の飼料やエビの養殖用飼料としての市場が広がりつつあります。その中でも、オランダのプロディックスやフランスのイノーバフィードは、ミールワーム飼料の生産量で先行しています。これらの企業には、弱点もあるようです。イノーバフィードは気温の低い欧州に工場があるため、暖房設備に電力を使っているのです。同じように、プロディックスは気温の低い欧州に工場があるため。暖房設備に電力を使っています。温暖化に、逆行する工場になります。これらの先行企業に追いつくべく、住友商事は、出資するシンガポールのスタートアップから日本での独占販売権を取得しました。気候が温暖なアジア地域に工場を持っているため、昆虫育成時に暖房設備を必要としないという特徴があります。日本でも、ミールワームを飼料として、実際に使用している事例があります。愛媛県におけるマダイは、海面養殖量が日本一になります。ここの養殖場では、「ミールワーム」を粉末状にして混ぜた飼料を与えて、マダイを育てています。「ミールワーム」は、カブトムシなどの仲間にあたる甲虫の一種の幼虫になります。愛媛県の企業は、愛媛大学との連携による取り組みで、昆虫飼料を与えて育てています。この飼料は、昆虫由来の飼料などを混ぜることで魚粉を約30%に節約できるようになりました。将来は、魚粉を20%までに抑える飼料の開発を狙っているようです。2023年には第1弾となる「えひめ鯛」を8000尾ほど出荷し、連携先企業の社員食堂などへ提供しています。2024年には、約1万3000尾のマダイ「えひめ鯛」が出荷される見込みです。魚養殖のアキレス腱になっている魚粉の価格が、「昆虫」の代替で、安定した出荷が見込めるかもしれないと期待を集めています。

 余談になりますが、野生動植物の過剰取引を規制するワシントン条約の締約国会議が、ウズベキスタンで開かれました。ご存じの通り、欧州各国は長年、ウナギの減少を指摘してきました。欧州は、規制を強める方向で、会議を進めました。日本は資源管理を透明にする取り組みを示し、二ホンウナギの資源量が回復傾向にあるというミデータを示しました。厳しい議論の応酬後の採決で、日本に有利になるウナギの国際取引の規制案の否決を獲得しました。賛成は欧州などの35票にとどまる一方、反対はアジアやアフリカを中心に100票に達したのです。日本の勝利には、2つの伏線があったようです。2025年はアアフリカ開発会議(TICAD)が開かれ、各国の高官が続々と来日した年でした。石破茂首相や岩屋毅外相らが各国の高官と会談する際、毎回ウナギの項目を盛り込みました。会談で話が終盤に入ったころ食文化の異なる高官に脈絡のないウナギの話を切り出したそうです。日本の隠れた要望を、アフリカの高官が理解して、日本を支持する票を入れたことが1つです。2つ目は、援助の在り方にあったようです。開発の遅れたアフリカの支援は、欧米の援助が多くを占めていました。欧米の支援は伝統的に「チャリティー(慈善)」を争う傾向がありました。社会システムが不十分な途上国に、資金を無償提供するやり方が主流でした。これを比較して、金額は少ないのですが、日本の途上国支援はユニークなものがあります。日本は、現地の人材や産業を育てて、自立した成長を目指す支援を行ってきました。日本は、その国に自立したシステムを植え付ける方が経済成長に結び付くと考えて支援してきました。途上国は、日本のユニークな支援に好感を持ったことが今回の成果に繋がったようです。

 最後になりますが、完全養殖の進捗状況になります。ウナギ完全養殖で世界最先端が水産庁所管の研究機関、水産研究・教育機構(横浜市)になります。水産庁とこの機構は、完全養殖の普及を促進するプロジェクトチームを2024年11月に発足しました。餌は三菱商事グループの日本農産工業の水産技術セノター(静岡県袋井市) と不二製油になります。水質管理はシナネンゼオミック(名古屋市)と近畿大学が担当し、稚魚の量産水槽はヤンマーホールディンスという分担です。神港テクノス (大阪府箕面市)と 山田水産(大分県)、そして武州ガス(埼玉県)は、量産技術を普及させるための再現性の検証を担うということになりました。すでに、親にすることを繰り返し、ふ化から稚魚になるまでの平均期間は2008年の200日から、現在は150日までの25%短縮しています。人工稚魚の生産費は2016年. の1匹4万円でしたが、2024年には1800円と20分の1にまでなっています。現在、養殖に使う稚魚は100%が天然ものです。2025年の稚魚相場は1キロ130万円でしたが、不漁の年には200万~300万円まで高騰します。完全養殖ウナギが、安定供給されるようになれば、養殖業者の経営の安定に繋がります。2028年には完全養殖ウナギのうな井が、食卓に届くようにしたいと研究開発チームは意欲的です。

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