学びと仕事を幸せの中で行う知恵   アイデア広場 その1748

 がん治療薬は、患者の生存期間といった投薬の効果と安全性が重視されます。碁の仲間に100歳になる方がいます。彼は、不幸にもがんになりました。でも、抗がん剤による治療を拒否しました。毛が抜けることを嫌がったのです。治療に伴う副作用で、過度に生活の質を落とすことを嫌ったようです。治療で苦しんでしまっては、人生が幸福とはいえないという考えも、高齢者を中心に出てきているようです。一般に、医者の立場からは、治療薬の効果としてどのくらい患者の生存期を延ばせたかという指標を重視します。一方、患者は、痛みを避けることと、「生活の質」を重視します。がんの治療には、患者の幸福度やウェルビーイングといった視点も必要になりつつあるようです。100歳の囲碁愛好家は、現在も碁会所に日参し、囲碁に明け暮れています。

 このような流れを受けて、ウェルビーイング(Well-being)に対する社会的な関心が高まっています。ウェルビーイングは、幸福とか幸福感と訳され人生の満足度や充実感、ポジティブな感情を意味すると理解されていまます。最近の診断技術は進歩し、個人の幸福度をかなり正確に測れる自己診断の手法が確立されています。この手法を使う企業が、社員の幸福感を高めて、業績を上げるケースも増えているのです。社員が束の間の幸福感を味わうたびに、ポジティブ感情が生じて、創造性と革新性が高まり、それが業績に結びつくという好循環が生まれるケースも多々あります。企業や経営者がハッピーで上機嫌な職場をつくれば、病欠も減り医療費も減少することも分かってきました。幸福度や楽しさの溢れる家庭や学校、そして、職場や地域社会が実現できれば、ハッピーになれます。

 幸福度の高い人は、幸せホルモンと言われるオキシトシン、セロトニン、ドーパミンなどの分泌が適度に保たれています。幸福度を高めたいのであれば、これらのホルモンの分泌を促す仕組みを工夫すれば良いことになります。たとえば、オキシトシンは、愛情を感じたときに多く分泌されるホルモンです。このオキシトシンの分泌を促進するためには、受動的な刺激あるいは能動的な刺激が必要になります。好ましい母子のやり取りや良い人間関係、そしてペットの触れ合いも、能動的刺激を促すことになります。また、セロトニンが心の安定と健康の基盤を作り、ドーパミンが目標達成の喜びや意欲を高めます。これらのホルモンの分泌を促す仕組みを理解し、その工夫をすることができれば、幸せを手に入れる可能性が出てきます。たとえば、セロトニンの分泌を増やすことができれば、ストレス耐性を高めることができ、不安な精神を克服することができます。簡単に考えれば、セロトニンの分泌を促す食事をすれば良いことになります。セロトニンの原料は、必須アミノ酸の「トリプトファン」です。この必須アミノ酸は、体内で必要量が生成できないため、食事からとる必要があります。トリプトファンを多く含んでいるのは、肉、魚、豆類といった食材です。これらの食材をバランスよく摂取して、適度の運動と睡眠を取れば、セロトニンは安定的に分泌されることになります。

 この幸福を、脳科学の知見から、調べた研究チーム(理化学研究所)があります。チームは、まず約50人にアンケート調査を実施しました。このアンケートに、被験者は人生を振り返り、将来への期待も踏まえて幸福の度合いを8段階で回答しました。このアンケートには、幸せな人も幸せと感じない人も出てきました。アンケート調査の次に、被験者の脳を調べました。これは、脳の血流を調べる機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で対象の50人を調べました。そこで分かったことは、頭頂部と後頭部の間にある「楔前部(けつぜんぶ)」という部位が、幸福感の高低に関わるということでした。楔前部は自分を低く評価したり、将来の心配をしたりする時に活発に働く特徴がありました。一方、幸福感が高い人は楔前部の活動が穏やかでした。この部分の活動が穏やかな人は、心配や不幸への思考に陥りにくく、幸福感が高い可能性があるようです。また京都大学の研究では、幸福を感じる人ほど右脳の楔前部の体積が大きいこと、安静時の活動が低いほど幸福度が高いことが示されています。この部位が、幸せの神経基盤として注目されています。脳科学の知見からは、この楔前部(けつぜんぶ)の活動を抑えたり、この部位を大きくしたりすることで、幸福度が高まると考えられています。であれば、活動を抑えるスキルやこの部位を大きくする手法の開発は、大きなビジネスチャンスになるかもしれません。

 幸せな生活を過ごしたいのであれば、幸せホルモンの分泌を促すスキルや脳における楔前部の活動抑制のスキルを、若いうちから訓練を積み重ねて身に付けておくことになります。この訓練は、脳の特性を理解することから始まります。脳は、楽しいことが大好きです。面白いと思えることには、挑戦してみることです。面白いことを感じるには、ドーパミンの分泌が多ければ良いことになります。ドーパミンを効率的に増やす方法は、小さな達成感を数多く味わうことになります。少しずつうまくなれば、その達成感を味わうことができます。もちろん、仕事でその達成感を味わうことができれば、ハッピーです。仕事や余暇の中に、脳が楽しくなる仕掛けを仕込んでおくことも、一つの知恵になります。職場では、自分とその場にいる人やモノやコトを最大限に活かしていくことが求められます。そのような中で、異質の人材を集めたチームによる特異な生産性が、注目されています。チームには、個人にはない発想や知識があります。個々人がお互いの情報を共有して、ともに生産性を高めるような合理化や効率化を推進することが可能になります。このような理念のもとに、多くの企業が優秀な人材を集めてチームを立ち上げたのです。でも、せっかく優秀な人材を集めて編成したチームが、思うような成績を上げないケースも出てきています。そのような中で、オキシトシン、セロトニン、ドーパミンなどの分泌が保たれている人たちのチーム、そして楔前部の活動を抑えるスキルを持つチームが、生産性を向上させ、ハッピーな職場になることが当たり前のようになるかもしれません。100歳の囲碁愛好家は、囲碁仲間との交流でオキシトシンの分泌を促し、囲碁という勝負でセロトニンの分泌を促し、良い碁を打つことによりドーパミンの分泌を促しているという推測を私は持っています。

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